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重傷の傷は回復したものの恐ろしく消耗した体力に荒い息を漏らすエルフレッドと起き上がり、自身に回復魔法を掛けて再度相対する姿勢を見せたアルドゼイレンーー。向かい合い、方や笑み、方や怒りの表情で向き合った一人と一体は大地を蹴り再び空へと飛び立った。
エルフレッドの魔力によって突如発生した高、低の気圧が自然現象としてはあり得ないような超然的な風の流れを生み、アルドゼイレンの身体を分断しようとする。普段の飛行から風の流れを読んだアルドゼイレンはその流れに上手く乗って天空へと飛翔ーー積乱雲まで舞い上がり、分子の操作にて水分を大量に生成、地上目掛けて吹き付ける大型の風の塊を放出した。
即ち、ダウンバーストが発生しエルフレッドが飛行する辺り一帯を風の塊で叩き潰した。
局所的に地震が発生したかのように大地が揺れてクレーターを形成。僅かばかり見えていた草木を中心とした生命の息吹を粉塵の如く叩き潰した。風圧に叩き付けられはしたものの風を操るエルフレッドには今一つ効果的ではなかったようだ。
彼は喉に引っ掛かった血反吐を唾と共に吐き出すと回復魔法を唱えて天空を舞うアルドゼイレン目掛けて飛翔した。
空が暮れ始め、夕闇と変わる頃。二人に操られ様々な天候を巻き起こした空は雲一つ無い程に晴れ上がった。月が照らし星々が瞬き乱舞する中で二人の姿は月に映る影絵の様に見えた。互いの得物で打ち合って一撃でも多く当てた方が勝ちだと証明するかの如く、急所を守る最低限の防御以外を捨てて斬り合い、蹴り合い、ぶつかり合う。
魔力の消費があるだけ魔法面はエルフレッドが不利だが、巨体を翼で飛ばし続ける分だけ体力面はアルドゼイレンの方が不利である。時に隙を見ては魔力回復薬を煽り戦っている事もあって状況は優劣つけ難い状態で推移している。
暗い闇の中でさえ黄金の如く輝くアルドゼイレンの姿は闇に紛れることはない。天空を轟く雷は時に闇夜の中でさえ閃光を閃かせながら突き進む。その周りをグルグルと舞うエルフレッドは光を求める鳥類の如くーー巨龍と比べれば遥かに小さき存在ながら、その存在感は輝く巨龍にも劣らない。
大きな月の周りを周り踊るかの如く戦い続ける巨龍と人。互いの持てる技を尽くし、出し切り命の炎を燃やし散らすかの如く、鮮やかな赤を大地へと散らし続けた。
「まだだ‼︎まだだ‼︎エルフレッド‼︎この程度では我の命を奪うことは出来んぞ‼︎我が命を惜しめば帰りを待つ者が悲しみ悲嘆に暮れよう‼︎それで良いのか‼︎我が友よ‼︎」
ボロボロの様相で有りながら未だ楽しげであり、しかし、衰えぬ闘志で爪を繰り出す巨龍が叫んだ。自身に分があると言わんばかりに猛々しく、煽るかの如く荒々しくーー。
「馬鹿を言うな!さして状況は変わるまい!こうなれば何方かが命果てるまで戦い続けるのみ!最高の武闘を踊ってやろうではないか‼︎」
怒りはあったが遂に決意が固まった。こうなれば死への餞は最高の戦いだ。そう言わんばかりのエルフレッドの言葉にアルドゼイレンは最大の喜びを持って答える。
「それでこそ我が友‼︎人族の英雄エルフレッドよ‼︎さあ、見せてみよ‼︎龍殺しの名は真に相応しいか証明して見せよ‼︎」
空を舞う星々の輝きが強まり、二人の動きに刺激されたかの如く空を流れ舞い始めた。数十年に一回の星々の群れが空を流れ二人の戦いを彩る。まるで星々が大地に降り注いでいるかのように見える中で鳴り響いていた轟音は徐々に小さくなり、辺りに響かぬ程度の物になって、そして、ガンガンッとした極一般的な戦いが行われている程度の物に変わっていった。
遂には天空の名を持つ巨龍も風の大翼を持って空を舞った英雄も大地へと降り立った。観客として興奮の坩堝ににあった星々は寝静まり、空が白みを帯び、やがて青へと変わっていく。太陽に照らされて映し出された二人の姿は正に満身創痍の様相であった。
天空の巨龍は翼を捥がれ、もう空を飛ぶことは出来まい。頬が削げ露出した牙が折れて口から絶えず血が滴っている。所々剥がれた鱗の中には肉が削げ、骨に到達しているものさえあった。
エルフレッドとて片目が潰れ、頬が落ち、脇腹の傷は内臓に達している。巨龍と同じように口から血を滴らせ、息も絶え絶えであった。
それでも尚、接近し攻撃の手を緩めることはない。結末は何方かの命が尽きるまでーーそれ以外の終わりはもう存在しないのだ。
斬撃が、牙が、魔法が、足が繰り出される中で最早互いに掛ける言葉は無かった。全てに死力を尽くした中で残る物など気力のみ。ただ強く願い戦った者が勝つ。シンプルな消耗戦である。
故にーー。
エルフレッドが袈裟斬りと共に放った咆哮。アルドゼイレンの肩口を捉え、大きく裂いた一撃は生への執着を持たなかった巨龍の最後を告げるに相応しいものだった。
瞳を虚ろにしながらも険が取れた笑みを浮かべ、暫し、時が止まったように立ち尽くしていたアルドゼイレンはーー。
「......見事だ......我が友よ......」
崩れ落ち、大地を揺らしながら身を横たえた。
「ーーアルドゼイレンッ‼︎」
完璧な手応え故にエルフレッドに迷いは無い。よろけ倒れながらも駆け寄り、擡げる首を抱き上げて悲痛な声を上げた。
「勝者が......そのような顔を......してはならん......誇れ......頂点を得たのだぞ......」
頂点を得た。その言葉は嘗ての自分が望んだものだった。しかし、実際に手に入れた今となってはあまりにも虚しく、余りにも悲しい。自身の胸に残ったのは勝利の美酒でもなければ、努力の先に輝く感動の息吹ではなくーー。
友の願いの為に友を手に掛けたという事実。それに伴う後悔だけだった。
「俺が望んだのは......俺が望んだものは‼︎こんなに虚しいものでは無かった‼︎こんなに......悲嘆にくれるものでは......無かったーー」
言葉にならず涙を流すエルフレッドを慰めるようにアルドゼイレンは自身に残る最後の魔力を使って回復魔法を唱えた。仄かに輝くそれは巨龍から見れば小さき存在でしか気休め程度に回復出来ないものであったが、エルフレッドの冷えた体に確かに暖かく降り注いだ。
「空は......美しいな......我は......巨龍としての役目を終えたのだ......願い叶い......また会う......時が来なくとも......」
力を失い熱を失っていくアルドゼイレンの瞳は光を失いーー。
「エルフレッド......我が......ただ一人......この世で認めた友よ......せめて最後は......その胸の中で......」
「アルドゼイレェェン‼︎」
涙が溢れ嗄れるまで泣き続けたエルフレッドはフラフラとする頭の隅で思うのだ。
(......どこかで聞いた事がある台詞の気がーー)
アルドゼイレンとの約束の為にエリクサーを飲んだ後に限界を迎え意識を失った彼だったが、何時ものように生を望むような事はしなかった。
どんな理由があったにせよ、友をこの手で殺めたことに代わりはない。このまま吹き曝され命落とす事になったとして、それは罪を清算させようとする神が望んだ事であろう。約束を破るつもりはないが後は神に任せよう、と彼の深く傷付いた心は、そのまま深い深い深みへと潜っていくのだった。




