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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 太陽が頂点へと昇り、そして、傾き始めた頃。晴天だった空は曇り始め、暗雲が立ち籠め始めた。漂い始めた雨の香りが互いの嗅覚に届き始める。湿気を帯びた空気は少し纏わりつくような重ささえ感じさせた。切り立った大小の岩山が無数に点在する一角から徐々に岩山が無くなっていく。


 探り合いから本格的な殺し合いへと移行した彼等の戦いの余波が、一つまた一つと円柱を思わせる岩山を消しとばしていくのである。雷撃を何度か受けたエルフレッドは回復魔法を唱える暇がない程に戦闘が継続したこともあって、全身の至る所の血管が内部で破裂し内出血を起こしているような状態である。方やアルドゼイレンは傲慢の風を受け続けた結果、何枚かの鱗が剝げて多少の出血が見られるようになっていた。


 しかし、互いに決定的なダメージには至っていない。多くは掠り傷のようなもので戦いに即影響を与えるようなものでもない。圧倒的な破壊力、そして、動きに変化は一切無かった。


 元々、破壊されれば消えるような足場であることもあって戦いは徐々に空中戦の様相を呈してきた。ウインドフェザーの翼で飛び上がったエルフレッドは悠々と空高く舞い、天候を操作しているアルドゼイレンへと大剣を構え飛びかかる。勢いのまま突きを放ち、避けられれば鳶が空をグルグルと回るように旋回ーー魔力が纏われた大剣による鋭い斬撃と衝撃波で攻め立てながら、十全の暴風の巨龍さえも分断して見せた大気操作による一撃を見舞うチャンスを伺う。


 戦い始めて既に半日の時が経過している。相対し戦い続けた結果、互いが理解したことは生半可な攻撃では相手にダメージと呼べる程のダメージを与えることが出来ないということだ。当然、ある程度の状態は想像していたが魔法、剣術、体術ーー魔力を纏い底上げした攻撃力を持ってしても大きなダメージには至らない。相手の魔力を減らし、防御面が大きく損なわれなければまるで意味を成さないのである。


 その結果、大技合戦のような状態になっていったの言うまでもない。


 アルドゼイレンは魔法の雷撃よりも強力な威力を誇る自然の雷鳴を発生させる為に積乱雲を操作ーー音速を遥かに上回る速度で穿つ雷鳴を自身より上空を飛ぶエルフレッドに向けて放つ。副産物のように雨が降り、時に冷却されて雹や雪が大地に降り注ぎ、眼下を白に染め上げていった。


 風の魔力とウインドフェザーの速度上昇に加え、リミットブレイクの強化、覚醒にてフルに高まった目で雷の軌道を見極めて障壁で逸らしながら空中を移動ーー大気操作によって発生した大型の竜巻にてアルドゼイレンの動きを封じ、高圧縮のプラズマで消し飛ばさんとした。


 アルドゼイレンは巻き上がる竜巻の中を雷の障壁で防ぎながら飛翔ーーエルフレッドへ向けてブレスを放った。


 高圧縮された雷撃が極太のレーザーを思わせる波動となって竜巻を貫き、轟音を轟かせた。間一髪で避けたエルフレッドの横を通り過ぎていったブレスは天へ天へと伸びていき、黒々とした雲を消しとばして青の空を覗かせた。


 そんな攻防によってエルフレッドの体は大きな火傷を追いケロイドの箇所が複数見られる状態になり、アルドゼイレンの体は竜巻の中を無理に進んだ結果、翼の一部を欠損、爪が剥がれ、肉が露出する様相である。二人は戦いに支障が出る部位だけ回復すると再度、衝突するかのように互いに目掛けて飛翔する。


 十分防御は削ったと言わんばかりの肉弾戦によるぶつかり合いは苛烈の一途を辿っていく。


 荒ぶる魔力が纏われた大剣と爪がうち合わさる度に爆発を起こし周辺の地形を変えていき、不毛の大地は徐々に更地へと変わっていった。ガンガンッ‼︎とした硬質な音はやがて火薬を爆発させたような破裂音になり、遂には天に轟く音の波となって遠く辺境に住む聖国の人々に微かに聞こえる程の物になっていく。そんな中で血を流し、大地へと血の雨を滴らせていたアルドゼイレンは激闘に愉悦ーー好戦的な笑みを浮かべながら高々と叫ぶ。


「ああ‼︎我はこのような戦いを求めていた‼︎空が泣き‼︎山が絶え‼︎大地が許しを乞う‼︎何人たりとも近づけぬ‼︎我等だけが許された神々の戦いに匹敵する伝説に残る戦いだ‼︎惜しむらくは伝える詩人が居ないことか‼︎語り部とて近づけまい‼︎」


 大剣が脇腹を裂き血の赤を吹き出した。鮮血を口から吐き出したアルドゼイレンはそれでも尚、この戦いを楽しんでいるようであった。


「語り部など......この戦いの勝者がすれば良い。生きて帰れば後世に残すことが出来よう。だが、俺には伝説などとは言えるまい」


 決意は幾らでも固めた。何度だって戦うしかない。説得は無意味だと理解に努めようとし続けた。しかし、状況が変わり、心が弱り、友人達が離れ、そんな時に友情を深めた異種族との殺し合いが彼にとって伝説となる訳が無い。名も無き悲劇の戦いに如何に美談が語れようかとーー。


 先のアルドゼイレンの傷と同じように爪撃がエルフレッドの脇を裂き、彼もまた同じように鮮血を吐き出した。ニヤリと笑う友の顔に大剣を叩き込みながら「何がそんなに楽しいと言うんだ?」と頭に浮かぶ疑問を投げ掛ける。操る者が居なくなった空が狂ったように雪を降らせる。視界が白と変わる中、突如眼前に姿を現したアルドゼイレンの巨体に押し込まれるエルフレッドは彼を大地に叩きつけ命を終わらせんとする友の楽しげな声を耳にする。


「強き者故に孤独、そして、使命無き故に無価値ーーそれ程、虚しいものはなかった。しかし、こうして対等に戦える存在が現れ、切磋琢磨し、異種族と交流を深め、大いに意味を持った。これ程、喜ばしいことがあるだろうか?頂点に生まれ、怠惰に生き、頂点に死に、また生まれる‼︎それだけの巨龍という存在に別の価値がある‼︎これ程素晴らしい事がこの世にあるのだろうか‼︎」


 叩きつけられれば待つのは死だけーーエルフレッドは持てる全ての力を総動員して巨龍の巨体を押し返さんとする。風の吹き上げる力を徐々に上げ、勢いを殺し、拮抗して押し上げんと力を込めた。


「意味とは自身で作るものだろう?人はそうして生きている。何故か?生きる意味とは人に与えられるものではないからだ。生きていればいくらだって意味は生まれる。いや、作れる‼︎そうやって生きて生きて喜怒哀楽を分かち合い歩んで行くものだ‼︎何故、最後の時に意味を求めるのだ‼︎」


 如何に微細な操作を可能とするエルフレッドとて自由落下に等しい速度でグングン地面に迫る自身の体の位置を完璧に把握出来る訳ではない。そして、力加減とて完璧ではない。その完璧ではない力加減とアルドゼイレンの巨体に挟まれ、全身の至る部分が悲鳴を上げている。折れて、潰れて、見るも無残な様相になっていく。しかしーーしかしだ。確かに大地への接近は徐々に緩まり、遅くなり、やがて拮抗していく。


「おお‼︎これさえも止めるか‼︎我が友よ‼︎そうさな......その問いに答えるならば出会う時期と答えておこう‼︎遅かったのだ‼︎全てが‼︎後二百年早ければ違う考えもあっただろう‼︎しかし、既に巨龍の輪廻は始まっている‼︎十全の時も衰退するのみだ‼︎時は等しく進むのだ‼︎エルフレッド‼︎しかし終焉とは限らん‼︎」


 ギリギリと押し合いへし合う中でアルドゼイレンが噛み付いた。肩口に強烈な痛みが走り絶叫の声を噛み殺したエルフレッドに牙を食い込ませながら巨龍は言うのだ。


「我が友を食い殺すかもしれんからなーー」


  障壁と魔力で何とか進行を食い止めた彼はその横っ面を大剣で叩くようにして殴った。肩の一部が持ってかれたが、拘束が弱まった内に魔力を込めた足で蹴り飛ばして距離を作って回復魔法を唱えた。

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