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遠距離からの牽制合戦ーーそして、隙をついては大剣と刀が打ち合わされる状況中で先に体力的に疲弊し始めたのはやはりイムジャンヌの方だった。地の利を取られた状況で戦い続けることに精神的な疲労を感じているのだろう。そして、怪力という自身のアドバンテージを潰されていることにも苛立ちが隠せない。
無論、エルフレッドが飛べることは理解していたが結局意識を奪うとなれば強烈な魔法を使わず接近戦をしなくてはならない。宙空にいるとはいえ近付かなくてはならないのならば、その時にどうにか最大の一撃を当てることが出来れば勝機が見えて来るハズだと考えていた彼女からすれば、実際に戦うまで解らなかった距離感や高低差の厄介さは想像以上の物だったのだ。
結局だが彼女が考えている以上に空中にいる相手のとの戦いは難しかった。そして、その経験値が圧倒的に足りなかった。そもそも、空中に居る相手と戦うことなど早々無く、経験が乏しいのはある意味で当たり前と言えた。ーー結果、エルフレッド有利の状況が続き、ダメージは体力差という形で徐々に顕著になっていくのだった。
それでも尚、致命的な攻撃を避け、苗木を守り、最大の一撃を狙う隙を伺い続ける彼女にエルフレッドは敵ながら感心していた。彼女のその姿勢もあって彼はこうして安全策を取り続けなくてはならないのだが、その事実に彼女は気づいているのだろうか?彼女が思う程、圧倒的な実力差はもう無いのである。無論、そんな様子は噯にも出さないが最大の一手に掛ける彼女の直向きさに彼の集中力は最大限に高まっていた。
生半可な行動では自身が足を掬われる可能性は大いに感じている。故に慢心は一切無かった。花弁と風の刃が打ち合わさり相殺される。その影から半透明の傲慢な風が彼女へと襲い掛かる。隠し放たれた連撃を防ぎそこなってイムジャンヌが跳ね飛ばされた。
その隙にエルフレッドは苗木を攻撃ーーイムジャンヌが立ち上がるまでに破壊することは叶わなかったが大きなダメージを与えることが出来た。最優先とも言える苗木の守護の為にイムジャンヌが斬り掛かってくるのを体を捻るようにして上手く躱したエルフレッドは再度、空中を旋回ーー距離を取って遠距離からの牽制合戦へと持っていくのである。
「ああもう‼︎」と珍しく声を荒げたイムジャンヌは苛立たしげに闘技場の床を踏み壊した。ビキビキと皹が走り、足を中心に出来たクレーターの中から大き目の破片を見つけてはエルフレッドに向かって蹴り飛ばす。ビュンビュンと風を切りながら迫ってくる破片を避けながら「あんまり壊すと後が大変だぞ?」と苦笑しながら風の刃を返すのだ。
「エルフレッドが空中に逃げるせいだからエルフレッドに請求がくるようにしてもらう」
「そんな馬鹿な......と言いたい所だが強ち間違いでもないから実際に俺に請求がきそうだな」
闘技場の使用は無料だが、修理費は当然請求される。無論、武闘大会のようなイベント毎で有れば話は別だがこのような個人的な使用については折半、若しくは非がある方が払うというのが一般的だ。
「魔力を節約出来る。精神ダメージにもなる。一杯壊そうかな」
次なる破片を蹴り飛ばしながら呟くイムジャンヌに「そういう理由で壊すのは勘弁願いたいな」とエルフレッドは破片を打ち壊しながら遂に勝負に出ようと決めて距離を詰めた。半分は嫌がらせだろうが破片を蹴って遠距離攻撃にしている事からイムジャンヌの魔力が切れ掛かっているのは明白だった。上手く障壁を出させるように攻撃して隙を見ながら苗木を破壊ーー急所への一撃で行動不能にするという道筋が見えた。
急に距離を詰めてきたエルフレッドにイムジャンヌは狙いを察したようではあったが、距離が近づけばチャンスがあるのは彼女も同じことーーしっかりと刀を正眼に構えて集中力を高めた彼女は掛かって来いと言わんばかりにエルフレッドを迎え打つ。
空を舞うエルフレッド有利な状況に変化は無い。しかし、決死の一撃が決まればあわやのチャンスがあるイムジャンヌにも勝機がある。ガンガンッ‼︎と思い一撃同士がかち合い音を鳴らし合う攻防は打ち合い続けて十分は続いた。互いの体力がゴッソリと無くなっていく中で辛そうな表情を浮かべるイムジャンヌ。足の踏ん張りが効かなくなっていき、手足に疲労からの震えがきている。
遂にはエルフレッドの攻撃を弾いたものの膝を着き、刀の支えが無くては立てないような状況になっていた。その状況を冷静に見ていたエルフレッドは勝機と言わんばかりに高速で降下ーー立ち上がらんとするイムジャンヌの意識を刈り取らん一撃を狙う。
刹那、イムジャンヌはカッと目を見開き弓を絞るが如く刀を引いた。
狙っていた態勢、そして、距離ーー。自身最大威力を誇る名も無き”突き”。全身のバネをフルに使い突き出す一撃は多くの生命体を葬り去るに余りある威力を誇っている。そして、その突きをホールドユグドラシルの加護を受けた状態で放つのだ。
それは正に必殺の一撃。それを持ってしてもエルフレッドならば致命傷を避けるだろうと信じたが故に放つ最大の一撃は風を切り裂き、中空から襲い来るエルフレッドへと向かっていく。音が置いていかれるような錯覚と最大限の集中力の中で二人の一撃が交錯した。
大地を揺らす轟音に踏み壊された闘技場の床ーーパラパラと噴き出す鮮烈の赤。中空から舞い落ちたそれが闘技場の床を染め上げ、一つの戦いが幕を下ろしたのだった。
○●○●
天空の巨龍アルドゼイレンは憂いを帯びた表情で天を見上げていた。空は黒に覆われ砂糖を振りまいたかの如く散りばめられた銀色の星々がゆっくりと空を渡っていく。風は未だ冷たい。無論、アルドゼイレンがその冷たさを感じ、冷えるようなことは有り得ないが、何故だか今日は酷く凍えているような気がした。
「君よ、さよなーー「何を黄昏ている」
足音に振り返らずに尻尾を一振りして気付いていると反応したアルドゼイレンは天を見上げたままーー。
「......来たか」
ノシノシと身体ごと後ろへと振り返り、自身の住処へと訪れた来客者へと声を掛けるのだ。
「さて、万全の状態ならば、このまま決着をーーと言いたいところだが珍しいことに手痛くやられているようだな?ーーエルフレッドよ」
首に包帯を巻いて疲れた表情を見せる来客者ーーエルフレッドは溜息を漏らすと苦笑しながら自身の首元に手をやった。
「お前の事を強く想う女性に襲われてな。死んで欲しくないそうだ。俺とて気持ちは同じだが理由次第では納得も有りえるという部分が気に食わなかったらしい」
「はっはっは、そうかそうか。ということは我はどうやら上手く隠せていなかったようだな。あれ程、酷く振ったのだがーー大失敗だな」
「振った、という事実を初めて知ったが、あの様子を見る限りでは諦めたという訳ではなさそうだぞ?」
自身と相対した時の様子を思い出しながらエルフレッドが告げればアルドゼイレンは苦笑した。
「実は名残惜しさと辛さが出て帰り際に一瞬そういった表情を浮かべてしまったのだ。直ぐに戻した故に見られていないと考えていたが、彼女の目線はどうやらそれを捉えていたようだな。全く、我もこれだけ長く生きていながら情けないことをした。ーー機会があれば謝るとしよう」




