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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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申し訳ありません、術後の喉が不調で先日は更新出来ませんでした。今日はなるべく多く更新して明日からは通常通り更新するように致します。

 バチリ、バチリと魔力が睨み合う二人の間で音を鳴らす。アルドゼイレンが言う通り、魔力が極微量の血液とするならば色と攻撃性を持った水蒸気同士のぶつかりあいと言っても過言ではない。


 今は互いの間合いを探るかのように重なり合い、時に音を立てて衝突しているものの、それが直接的な攻撃となる訳ではない。近しいのは有利な場所取りや威嚇射撃による前哨戦のような段階だ。


 圧倒的に余裕があるエルフレッドに対して、イムジャンヌは表情こそ余裕があるものの重くのしかかる重圧に内心彼との力量の差を痛感する。


 才能が劣っている故に慢心はないと彼は常々言っているが、ならば埋まらぬ差は何から生まれたものなのか、と彼女は間合いを詰めながら考える。不動のエルフレッドと躙りよるイムジャンヌ。この行動の差はやはり実力差あってこそのものであるとーー。


 反対にエルフレッドはこの短期間でここ迄差が縮まるものなのかと驚嘆した。無論、それを顔に出すことはしないが才能とは階段を一段も二段も飛ばして来るのだなと胸中は複雑であった。


 間合いが十分に詰まった瞬間にイムジャンヌの姿がぶれた。巨獣が地を踏み鳴らすかのような爆発的な踏み込みと鋭く重い太刀筋は目の慣れぬ者には消えたように見えたのかもしれない。


 流す為に合わせた大剣越しに受けた手がピリピリと痺れるような感覚にノノワールの言う破壊神という言葉が頭を過ぎった。身体強化の精度が異常なまでに高まった全身から繰り出された一撃は受け切るには重すぎる。


 ーーが、痺れとは裏腹に流しは完璧に決まった。あまりにも正々堂々とした太刀筋はエルフレッドには解り易すぎる。あれを流すのかと驚くイムジャンヌの表情に対して、これ位はと言わんばかりのエルフレッド。


 流しで生まれた叩きつける力を円の形に利用して、お返しと言わんばかりの振り下ろしを御見舞いする。


 ガンッ!!と鈍い音がして大剣が止まった。ガチガチと音を立てて鍔迫り合う大剣と刀ーー。回転の乗った最上段からの振り下ろしを受け流すのではなく受け止める等、どんな鍛え方をしているのかと言いたくなる。


 一歩間違えれば腕の腱なんて直ぐに持っていかれてしまうだろう。相変わらずの見た目詐欺だ。


 ギリギリと喰い縛られた口元と睨みつけるような鋭い視線が上から見下ろすエルフレッドを見詰めている。完全に勢いが止まった状態で幾ら体重を掛けても仕方が無いとエルフレッドは距離を取る為に足を出す。見え透いた攻撃なので当然障壁で受け止められるが想定通りに距離が開いた。


「躊躇なく足出すね?」


 崩し掛けた態勢を直しながら苦笑するイムジャンヌに「戦いになればな。それに騎士でも無いから正攻法ばかりでも無い......辞めるなら今の内だぞ?」と大剣の切っ先を向けたエルフレッド。


「ご冗談。辞めるなんてありえない」


 彼女は刀を正眼へと構え直して眼光を強めた。面白くなってきたと言わんばかりの彼女を眺めながら「だろうな」と彼も笑みを浮かべるのだった。元の力量に差があるせいもあって拮抗とはならない。攻勢を維持したいイムジャンヌに対してエルフレッドの行動は言うなれば詰将棋のようなもので、自身の行動から相手の行動を誘導しては予測し可能性を徐々に潰していく。そして、自身に有利な戦況に持っていくのである。


 徐々に選択肢を絞られて窮屈さを感じ始めたイムジャンヌがあからさまに行動が苦しくなってきたところで攻勢に転じて追い詰めていく。万とあった可能性が千となり百となり十となるのは彼の経験値の高さが成せる技であった。どの攻撃に対してどの行動を取るか、ということを予め決めているわけではないが先に体が動くのである。謂わば条件反射のようなものであり、彼が意思を持って攻撃するよりも早く動くことが出来る。


 無論、そればかりでは相手に癖を気取られて一本打たれてしまうので相手の状態を見ては最適な行動に変えるなどバリエーションは非常に豊かであるが、最短で飛んでくる攻撃にイムジャンヌが苦戦するのは当たり前の事と言えた。


 エルフレッドはそうして有利を取り続け、終了までのプロセスをある程度組み立てて精神的な余裕が出来たところで彼女の様子をより深く伺う。小さな傷が重なり始め、息も荒く余裕は大分無くなってきた。しかし、その瞳に諦めの色が一切浮かばない。苛立ちもなければ悲嘆もない。正々堂々とした騎士らしい戦い方をしながら何が何でも自身の意思を貫くという強い意志の元で刀を振るい、攻勢の一手を待つのである。


 破れかぶれの袈裟斬りを大剣で弾いて、左袈裟を返せば彼女は間一髪といった様相ながら体を捻って、それを交わした。追撃に右袈裟、地面を転がって避ける彼女を追い立てるように突きを繰り出し、風の刃で後を追う。頬を裂きながらなんとか立ち上がったイムジャンヌが攻勢に転じる前に風の魔力で間合いを詰めて、横払い、右袈裟、左袈裟、最上段からの真っ向斬りで追い立てれば、辛々それを受け止めたイムジャンヌは歯を喰いしばって押し返さんとする。


 先程からこの攻防の形の繰り返しである。エルフレッドとしては降参してくれれば幸いなのだが、彼女の様子を見る限り、絶対に降参することはないだろう。どころか回復すれば、その度に止めにかかって来るであろうと想像するに容易い状態だ。だから、何らかの形でイムジャンヌを行動不能にして行動可能になる前にアルドゼイレンの所へと向かう必要があった。


 その為、今のように攻め立て続けて体力を奪い、物理的に行動不能にすることも一瞬の隙を突いて意識を奪い行動不能にすることも正解である。もし、彼女がその事に気付いていないのならばエルフレッドとしてはこのままの攻防を続けるだけで問題ないのだが彼女の状態を見る限り気付いていないということはないだろう。


 確かに不利な状況が続いている為に疲労の色は隠せないのだが、強い意思を持った瞳に変わりはない。更に言えば頻りに瞳を動かしては状況をよく見ている。その状態で焦る様子もないのである。となれば、想像しうる中で最も可能性が高いのは彼女にはまだ()()()()()()が残っているということだ。


 今までのイムジャンヌを想像するにこれ程まで極まった身体強化と実戦によって高まった刀術以上の何かがあるようには思えなかったが、もし、何もなく、ただ追い詰められているだけならば、今の段階で余裕など一切無いハズだ。焦りの一つでも見せる所である。しかし、彼女にはそれが無い。幾度となく追い詰められていようと強い意思を持った瞳でこちらの隙を伺っては今か今かと隠し玉を見せるタイミングを伺っているのである。


 そうした状況ながらエルフレッド思考はこの後の戦いに向いていた。何が起きたとて対処出来る自信からの意識ではあったが、アルドゼイレンとの戦いは必ず自身にとって余裕がないものになることは明白だった。イムジャンヌの思いを打ち払っての行動であるから説得には最善を尽くすつもりであり、今のこの戦いよりも重要視せざるを得ない物であった。


 隙もなければ慢心も無い。このまま時が経てばエルフレッドの望む形で戦いは終わりを告げる。ーーだからだろう。


 その隠し玉がエルフレッドの想像を超えた所にあった為に彼は苦戦を強いられる事となる。魔法が苦手なイムジャンヌがまさか、上級魔法を習得しているとは彼の想定の中には有りはしなかったのだ。





「”ホールドユグドラシル”」




 イムジャンヌの声に呼応するように全ての力を与えるユグドラシルの苗木が生まれた。驚愕するエルフレッドの大剣を弾き返しながら彼女は刀を突き出した。

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