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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 人は何故、同じ思想を持っていても争わなくてはならないのか?共に目指す物が同じにも関わらず戦わなくてはならないのかーー。


 その答えはそう難しいものでも無い。人の思想は千差万別であるからであり全く一緒ということがあり得ないからだろう。近しい考えであったとして微妙に違う差異がある。


 時にその微妙な差異が当人達にとって大きな問題である場合があるのだ。今回の場合は特にそれが顕著であったのかもしれない。


 出来る事ならば戦いを避けたいエルフレッド。


 絶対に戦いを阻止したいイムジャンヌ。


 一見してアルドゼイレンとの戦いを回避したい二人の考えは一致しているように思えた。しかし、理由が納得出来れば友人の願望に協力するという考えを持つエルフレッドに対して、どんな理由であれアルドゼイレンとの戦いを辞めてほしいというイムジャンヌの考えは似ていて異なる。


 そして、エルフレッドは果し状を貰ったことで、アードヤードの未来を考えれば何にせよ、アルドゼイレンの前へと姿を現さなくてはならない。それに比べればイムジャンヌの考えは独善的で我儘なのかもしれない。


 しかし、友人もしくは好きな相手との死別の可能性を恐れてのそれを心から否定する事は出来ないのである。何方も救うとするならば最善は初めからぶつかり合わぬことであるに違いないのだからーー。


 かくして話し合いという体をなしているが場所は学園の闘技場ーー二人が戦うという運命は初めから定まっていたようなものだった。



 果し状を読んだ次の日。イムジャンヌから話したい事があると学園の闘技場に呼び出されたエルフレッドは得物である大剣を準備して指定の場所へと指定の時間に向かった。


 腰に刀を携えたイムジャンヌ。ビリビリと伝わる緊張感は既に戦いの気配を感じさせていた。


「さて。話し合いというには中々に物々しい雰囲気だが、どうかしたのか?」


 伝わってくる緊張感の中でエルフレッドが肩を竦めればイムジャンヌは「アルドゼイレンと戦うの?」と刀の鞘に触れながら訊ねてくる。


「俺が望んだ訳ではないが......果し状を貰い、そのままという訳にはいくまい?放っておけば、かの巨龍は確実にアードヤードへと飛来するだろう。最善を尽くすつもりだが理由次第では、そのまま戦闘になる」


「そう......解った。でも私はエルフレッドにもアルドゼイレンにも死んで欲しくない。エルフレッドは友人。アルドゼイレンはーー」


 彼女は意を決した表情で告げる。


「好きな相手だから」


 エルフレッドは衝撃を受けたが、それと同時に凄く納得した気持ちになった。最近のイムジャンヌは強くなることを目指しながらも美しくあろうとしていた。それは単純に好きな相手には綺麗な自分でありたいという純粋な好意からだったのだろう。


 それにーー。


「今の俺はある意味では婚約式のアーニャの立場に近しいという訳か......」


 何方も救える可能性があるのならば阻止することも厭わない。それが相手に嫌われる可能性があるものだとしてもーー。奇しくも、そのような状況は暴走したアーニャにエルフレッドが突き付けた状況に似ていたのだ。


 しかしーー。


「そこまで理解して聖国に行く理由は?」


 真剣な表情で告げるイムジャンヌに「似て非なる所があるからだ」と彼は苦笑した。


「イムジャンヌ。俺を倒したとして......アルドゼイレンと戦う相手が俺になるがイムジャンヌになるかだけの話ではないか?納得した場合の話だが誰もが救われる可能性があるならば喜んで引こう。しかし、今の状況では説得する者が変わるだけなんだ。そうだろう?」


 そこがエルフレッドとアーニャが相対した時とイムジャンヌとエルフレッドが相対している今との違いなのだ。友人を失う可能性を考慮しても尚、全員が生きる道が明確な前回とは違い、今回は説得する相手が変わるだけだ。


 イムジャンヌの方が確実に説得出来る何かを持っているならば話は別だが、こうして自身の前に姿を現している時点でそういう訳ではないのだろう。考えるまでもない。


「私は絶対に納得しない」


「......なるほど。感情の問題という訳か」


「うん」


 清々しい程に解りやすい。理論的な物ではなく、強い意思、譲らない感情、そして、理不尽に対する憤りだ。エルフレッドは場合によっては受け入れる。イムジャンヌは何が何でも受け入れない。最終的な違いはその一点だけであった。


「気持ちは解った。だが同時にその理由では納得出来ない。何故かと言われれば簡単な話だ。感情だけではどうしようもない部分が関わってくる可能性があるからだ」


 少し大袈裟な話をしよう。


 A国は侵略戦争を好み、B国は平和を望んでいるとする。B国の一部の人は感情で戦争反対の姿勢を口にするが反対するだけで何らかの形で平和が守られていたので現状を変えずにいる。


 一部の人は変更止む無しと考える。何故ならばA国が侵略の為に何らかの外交を打ってきている事を知っているからだ。ある意味では既に外交面での戦争が繰り広げられているのである。


 要はA国はアルドゼイレン。B国の感情で物を言う人はイムジャンヌ。B国の変更止む無しと考えている人がエルフレッドなのだ。


 果し状という形を取り言外に約束を破ればどうなるか?と匂わせているアルドゼイレンに対して、エルフレッドは約束を守るしかなく説得出来なければ戦ってでも止めないと別の被害が出る可能性を考慮している。


 しかし、イムジャンヌはそのアルドゼイレンの言外の脅しさえも度外視して絶対に戦わない、納得させると考えている。ーーであるならば、エルフレッドは頷く事が出来ないという答えになるに決まっている。


「じゃあ、交渉決裂」


 とはいえ、イムジャンヌの考え方が完全に間違っていると否定する訳でもない。何が何でも戦わない、何が何でも屈しない。その強い意志が結果として最善の結果を産み出す事があるからだ。


 意思ある者が意思ある者と相対する時、時として理論より感情が勝る場合が絶対に無いとは言えない。それがどれだけ非理論的、非生産的であっても感情を動かされれば正解となる場合は確かに存在する。


 スラリと刀を抜いたイムジャンヌにエルフレッドも大剣を抜いて答えた。互いの中で生じている微妙な差異に優劣はつかないと判断した。


「最近、女性の感情論にトラウマを感じそうなのだが?」


 と苦笑するエルフレッドに対してーー。


「ガチガチに理論武装する男性は女性に最も嫌われる」


 とムッとした様子で言い返した。


「イムジャンヌはもっと理性的だと思っていたぞ?」


「エルフレッドはもっと女心を理解していると思ってた」


 互いの軽口にニヤリと笑う。既に心理戦は始まっていた。感情論を男女の問題と片付ける()()は、女性に嫌われる男性というプライドを傷つける()()で相殺する。


 理性的ではないには女心が解ってないと返すーー心理的有利を取る戦いは最早無意味ということだ。


 若葉を思わせる新緑の青緑と澄み渡った穏やかな半透明の風の緑がせめぎ合い混ざり合い、弾き合う。


「互いに納得出来ないなら仕方無いな」


「私は初めからこうなると思ってたよ?」


 想定内と言わんばかりのイムジャンヌに「戯言を」と笑い飛ばす。魔力同士の牽制合戦ーー二人の戦いは静かに幕を開けたのである。

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