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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 想いは通じ合っている。恋愛自体初めてで相手が巨龍という状況の中で何を言うのかと笑う者もいるだろう。しかし、彼女はそうは思わなかった。


 お互いがお互いを想い、側に居たいと感じている。そんな感覚が一人と巨龍の間には存在しているのである。だから振られるとしても別の理由だと彼女は思っている。


 無論、それさえも教えてくれるかは解らないが自身が気付いていれば幾分かは我慢出来るというものである。想いを伝えて思いとどまってくれる可能性は零に等しいーーが、先ずは周りがあまり傷つかない方法を取ろうと思った。


 次に取るべき方法はエルフレッドとの戦いになる。最近のエルフレッドは精神的に疲れており、友人関係においてはかなりナーバスになっている。


 言葉足らずな上に人付き合いが得意な方ではないイムジャンヌはノノワールの時のように遠慮無い言葉で傷つけてしまうかもとあえて距離を取っていたが彼に限っては間違いだったようだ。


 その失敗を置いても、これ以上彼を刺激することは憚られる。とはいえ失敗すれば自身のアルドゼイレンへの想いを打ち明けた上で戦わざるを得ないと思っているのだがーー。


「どうにか思いとどまっで貰わないと......」


自身のことを鏡で眺めて、よしっと気合いを入れた。完全に自己評価であるが自分史上最も可愛らしく仕上がっている。上には上だが自身という素材の中ではこれ以上無いほどの仕上がりだと自負している。先ずは一勝負、やってやろうではないかとーー。


 遠鳴りに風を切る音がした。これでアルドゼイレンが近づいて来ると解ってしまう自分はかなりヤバいなとイムジャンヌは思わず笑ってしまう。


 彼女は窓から空を見上げて影が見えた瞬間に扉へと掛けていった。その横を偶々すれ違ったイムリアーー何時もよりも、より可愛く着飾った妹を見てハッとする。


「遂に今日勝負をかけるのか......」


 妹がどういう結末を迎えるかは解らなかったが、どんな様子で帰ってきたとして話を聞かないといけないなと彼女も心の底から思うのだった。













○●○●













 リュシカの護衛を終えて寮へと帰還したエルフレッドは寮母より「悪戯だったらごめんなさいね?」と全文ひらがなの果し状を受け取った。一瞬、眉を顰めた彼も同封されていた龍の鱗に覚悟を決める他無かった。


 何れは戦うと決まっていたが、まさか最後の巨龍としてではなく、このタイミングを希望するのかと落胆の色を隠せない。アルドゼイレン成りの考えがあっての事だろうが、それを受け入れられるかと言われればまた別の話である。


 しかし、こうと決めれば梃子でも動かぬ存在であるのは言うまでもない。エルフレッドは先ずはあちらの希望を確認しようと折りたたまれた手紙を開いた。


"はるのころ、がくえんのちょうきやすみちゅうに、けっちゃくをつけたい。すみかにてまつ。あるどぜいれん"


 そこに彼の望むような文章は無くーー寧ろ、納得がいかない気持ちがだけが沸々と湧いてくるのである。責めて決心が着くまで待ってくれても良いでは無いかと右手で額を覆うのである。


 それともだ。アルドゼイレンがひた隠しにしている理由とやらに希望が隠れているとでも言うのだろうかーー。


 何にせよ。彼は酷く疲れてしまった。精神的にである。手紙を床に放るように投げて背もたれに身を投げ出すようにして凭れかかった。どうせ、連絡の手段も無いのだ。放って置いて城下町にでも来られてしまっては目も当てられない。


 こちらから行くしかないだろう。極力、決心を固めて、納得のいくような説明を受けるだけだ。


(最近、漸く回復してきたと思ったんだけどな......)


 思わず携帯端末を開き、先程帰ったばかりのリュシカへと連絡をしてしまう。自身で面倒くさい男だと思いながらも『どうした?大丈夫か?』のメッセージに癒やされる心があることに嘘を吐くことさえ出来ないエルフレッドだった。













○●○●













 イムリアは言葉を失った。こっ酷く振られる可能性は考えていたもののここ迄ズタボロになって帰ってくるとは思わなかったからだ。


「......お姉ちゃん......」


 泣き腫らした瞳に振り乱したような髪ーーせっかく可愛く仕上がっていたのに見る影もない。イムリアは駆け寄ると妹を抱き締める。流石のイムリアも今のイムジャンヌの痛ましい姿は見ていられなかった。


「......今日は一緒に居て......」


 ボロボロと涙を零しながら告げる妹に「ああ。いくらでも話を聞いてるやるさ」と頭を撫でながら言った。グスングスンと鼻を啜りながら涙を溢す彼女を見ているとアルドゼイレンに対して怒りが湧いてくるイムリアだったがーー。



「......見誤った......」


「見誤った?」


 思わず聞き返した彼女に対してイムジャンヌは何度も頷いてーー。


「......完全に悪い奴を演じて嫌われようとする作戦は解ってた......でも......でも......まさかあそこまで酷いとは思わなかった......」


 イムジャンヌ曰く最も良い振り方というのは未練が全く残らぬように切り捨てることーー下手に情を残さぬことだと聞いた事があった。その作戦でくる可能性があることは初めから想定していたという。


 だが、その度合いがどれ程のものかというレベルを見誤ってしまい。半ば心折られそうになりながら帰って来たのだという。イムリアが「どんなことを言われたのか?」と聞けば「流石に言えないけど」と前置いてーー。


「優しく言うと"人間如きが巨龍と付き合おう等とはのぼせ上がってる"って......」


「優しく言ってそれなのか?」


 何度も頷きながら「身構えて無かったら折れてた。ううん。実際折れてた」とダメージが凄まじかった旨を語るイムジャンヌに「まあ、でも、そこ迄見込みが無いのなら辞めておいた方が良いな」とイムリアは苦笑した。


 何にせよ、振るという選択肢を選んだのだから少なくともアルドゼイレンには妹との未来は無いと言うことだ。イムリアが妹の頭を撫でながら慰めていると彼女は首を横に振った。


「諦めない」


 ズタボロの様相とは打って変わって決意に満ちた声色の彼女にイムリアは「いや、諦めないって、流石に......」と困ったような表情を浮かべた。しかし、イムジャンヌは「そうじゃないの」と言い切ってーー。


「別に諦めが悪い訳じゃない。今日ので確信した。気持ちは一緒だって」


「......気持ちは一緒?」


 俄に信じられないと眉根を寄せた彼女にイムジャンヌは言う。正直、最後のが無かったら彼女自身諦めたそうだ。だが、具に動作や表情を確認していた彼女は最後の最後ーー飛び立つアルドゼイレンが寂し気な表情を浮かべたのに気付いたのだ。


 奇しくも、それはアルドゼイレンとの修行によって身に付いた優れた動体視力と最後の最後までチャンスを伺い続ける精神力が成した技だったのだ。


 それにしたって、と唸り声を上げるイムリアに対して彼女は「だから、次の作戦を決行する」と信念に満ちた表情で告げた。




「エルフレッドとの戦いを阻止する為にエルフレッドを止める。理由を突き止めてあそこ迄言った事を謝らせる」

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