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隣で堪え切れないと笑いながら「え、エルフレッド‼︎わ、私は、暫くワカメはた、食べれんかもしれん‼︎」と目尻をこすりながら宣言するリュシカにエルフレッドは額を抑えながら「俺もワカメを見たら同じような状況になりそうだ」と吹き出しそうになって顔を逸らした。
オープニングアクトの題名「ワカメ」。
ステージ上が暗くなったかと思えばスポットライトに照らされて緑のドレスに身を包んだノノワールがポツリと真ん中に現れた。そして、真顔のまま両手を天へと突き上げると本当に海を漂うワカメの如く体を揺らし始めたのだ。これをネタ風にやるのではなく迫真の演技で本当にワカメを思わせるような動きをやり続けるのである。
時に波に煽られたように全身をブオンと振り回し、葉が分かれたワカメを表現するかのように両手を開いてはユラユラユラユラーー。
あくまでもこれが普通のワカメの生活だと言わんばかりの無表情かつ無感情にーーそして、どれだけ研究しているのかと言わんばかりの千差万別のワカメの動きを凄まじい精度で演じ続けた。途中から観客は緑のドレスを着ているだけのノノワールの演技に本物のワカメを見たといっても過言では無い。そんなワカメを十分間やり切った彼女は最後に根が千切れて海に投げ出されたワカメのような動きをしたかと思えば何事も無かったかのようにスポットライトから舞台の袖へと歩いていったのである。
こう爆笑という感じではないがプスリ、クスリと変な忍び笑いが起きる中で始まった舞台本編ーー何事も無かったかのように犯人役として現れたノノワールに観客は悶えた。アレをした後に犯人役で出て来るのかともうギャップにやられてしまったのだ。周りの出演者もプロであった為に顔には出さなかったが絶対にやりにくかったに違いない。惜しむらくは彼女に舞台が決まったとしてまともな役はさせないと例えにワカメを出したアルベルトが観に来れなかったことだろうか?
きっと面白い反応を見せてくれたに違いないのに......本当に残念である。
思い出しては堪え切れない笑いを出し続けた二人はーー。
「......エルちん......リューちゃん......」
と怪しげな笑みを浮かべながら近づいて来る彼女に笑いを止めた。
「......ノノワール......」
顔をピクリピクリと引きつらせながら彼女の名前を呼んだエルフレッドに彼女はニターと笑いながらーー。
「......どうだったかな?出演者仲間を持ってして”本編を食っちゃ駄目だろ‼︎”と言わしめた私の迫真の演技。どうだったかな?」
コイツ、解って聞いてやがる、と顔を引きつらせるエルフレッドの横でリュシカが口元を抑えて震えている。かなり限界にきてるようだ。そんな二人の様子を見ながら満足げに頷いた彼女は普段のような笑顔を見せながらガサゴソと鞄を弄り始めた。
「そうそう〜♪カップルで見に来てくれた二人にプレゼントがあるんだ〜♪やっぱり最高の思い出にして欲しいじゃん〜♪ほら〜♪私からのプレゼントだよ〜♪」
ズロロと鞄から引き出された彼女の手に持たれていたのは正しく採れたてホヤホヤの様な鈍い光沢を放つ緑のーー。
「ワカメ〜♪」
瞬間、二人は吹き出した。そして、周りに居たワカメを見たであろう観客も吹き出した。
「やめろ‼︎本気でやめてくれ‼︎」
と笑いに顔を引きつらせるエルフレッドの横でリュシカは地面を叩きながら「ワカメが‼︎ワカメがワカメを持ってる‼︎」ともうノノワール本体でさえワカメに認識されいる様子で爆笑するのだった。すると先程の怪しげな笑みに再度変わったノノワールはワカメを持った手を二人に近づけながらーー。
「リューちゃん、おかしなことを言うね?私はノノワール=クーナシア=アルキッドだよ?ワカメじゃないよ?ああ、そうか。あの迫真の演技で勘違いしちゃったんだね?光栄だな〜♪それなら是非貰って欲しいな〜♪このワカメーー」
ほらほら〜♪と突き出してくるそれに「笑い死ぬ‼︎笑い死んじゃう‼︎」と悶えるリュシカ。エルフレッドですら「もうやめてくれ‼︎最早、拷問の域だ‼︎」とワカメを見ることを拒んでいる。そして、その周りでも連鎖的にワカメを見た観客が吹き出し続け、笑いの阿鼻叫喚が引き起こされた。
その状況は笑い過ぎたリュシカが本当に過呼吸になりかけるまで続けられ、友人達の間にワカメ禁止令が出される程の事態を巻き起こすのである。
「ああ笑った。まさか、この文化祭であそこまで笑わされるとは思わなかった。死因が笑い過ぎとは笑えんからな」
はあ〜あ、と笑い過ぎて疲れたと言わんばかりに声を漏らしたリュシカに「ああ。それは笑えないな。しかも、実際にあのままだったらそう成りかねなかった」と目元を拭ったエルフレッドである。
あの後、出演者仲間が現れた事でどうにかワカメ怪人から逃れた二人は思い出し笑いを暫し繰り返しながら文化祭を回った。
クレイランドの侍女服の話を思い出して「緑は駄目だな」と笑いあって過ごせば一日何てあっという間に過ぎていった。片付けは全員でする為、然程時間は掛からなかった。打ち上げに教室を使っていいので乾杯ーー強制参加ではないのでチョロチョロと帰る生徒達も居た。
友人グループではアーニャ、そして、アルベルトが先に帰っていった。アーニャはいつも通りレーベンがいつ起きるか解らない為、アルベルトはメルトニアとの研究の為である。
元々どうだったかは知らないがアルベルトの場合は文化祭の班長優先事件が未だに尾を引いているようであった。そこら辺、婚約者持ちの知人達から同情の声が挙がるも「ありがとう。でも、変な魔法薬飲まされるよりはマシだから」と遠い目で語られては何も言えないというものだ。
学級委員長不在の為、音頭は副委員長の女生徒がーーと思っていたが、どうやら副委員長も帰ったようで料理班の班長をしていたことを理由にエルフレッドに音頭が回ってきた。
「学園での文化祭が久々の中で上手くいった部分、上手くいかなかった部分、多々あると思うが来年はより良い文化祭になればと思っている。来年も同じクラスメイトで頑張ろう!乾杯!」
チリンチリンとグラスを打ち合わせる音がして、各々が好きなドリンクを飲む。授業外の時間帯なので飲みたい者はお酒を飲みながら、そうでない者はジュースを飲みながら其々の時間を楽しんでいた。
「来年はもっと一緒に回れるといいな」
友人達と語らい、お酒が進んだのか少し頬を赤く染めたリュシカがシャンパングラスを持ってエルフレッドに微笑んだ。
「そうだな。来年はもっと回れると思うぞ?要領も解ったハズだから」
彼も微笑みながらそう返せば彼女は嬉しそうに頬を緩めるのだ。寄せた席に隣り合わせで座り、二人の間で手を合わせた。各々盛り上がるクラスメイト達を見詰めながら二人は穏やかな時間を過ごすのだった。
○●○●
一般生は春休みを迎える頃の話だ。何時もより綺麗に着飾ったイムジャンヌは決意の表情を浮かべていた。アルドゼイレンの住処で偶然見てしまった"はたしじょう"。
それは直ぐにエルフレッドへと届くことになるだろう。彼の春休みの予定は解らないがリュシカの護衛の関係上、五日間程度は学園に残るハズだ。先ずは想いを伝えてアルドゼイレンを止める。それが駄目ならエルフレッドを止める。
そう考えた時、今日以上の日は無いと彼女は思ったのである。振られ方次第ではその熱は失われてしまうかもしれないが、根拠はないもののイムジャンヌにはそうはならないだろうという確信があった。




