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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 綿菓子に焼きそば、たこ焼きにナポリタン、焼き鳥に回転焼きーー。一人分をそれぞれの好みの量に分けながら、多くの料理を楽しんだ二人は舞台公演が始まる時間までの空き時間を自分達の教室で運営しているカフェへと向かい時間を潰すことにした。


 箸休めの意味もあるのでコーヒーと量の少な目なクッキーの詰合せだけを頼んでゆっくりと嗜みながら話に花を咲かせた。


「いっらしゃいませ。二人共。お休み中?」


 お代わりのコーヒーを持ってきたイムジャンヌはテーブルにそれを置くと小さく微笑みながら訊ねてくる。


「そうなんだ。食事系が充実していると張り切って食べ歩いたのだが流石に疲れてしまってな。ノノワールの舞台が始まるまでの時間潰しに寄らせてもらったのだ。忙しそうならば遠慮しようと思ったが今はまだ空いているようだな」


 コーヒーのお代わりをありがとう、と微笑んだリュシカに「うん。今はね。さっきまで割と忙しかったけど朝時終ったから。次のシフトの子辺りからまた忙しくなるんじゃないかな?」彼女は空いたコーヒーカップを下げながら告げる。


「なるほどな。確かに朝飯には遅く昼飯には早い時間か......丁度良かったな」


「うん。まあ、ここでちょっと休んで軽く昼御飯を食べたら丁度良い時間だと思うよ。じゃあ私は戻るから。二人は楽しんで」


 小さく手を降って調理室へと戻って行った彼女を見送り、二人はコーヒーへと口を着けた。


「ふむ。皆、色々な衣装を着ているがイムジャンヌはオードソックスなメイドスタイルか......私も冒険すれば良かったか?」


「冒険......か?公爵令嬢が街のウエイトレスをイメージした衣装を着ていたのだから十分冒険していたように思うが、ちょっとイメージと違ったのか?」


 リュシカがオーダーメイドで作り着ていた衣装は完全に一般的なカフェをイメージした黒のタイトなズボンにロングのシャツとエプロンである。それでも周りの視線を集めていたのは流石であったし、何なら一部の年若い女性客からも「あのお姉さん格好良い!」と大変好評だった。彼氏の目線で見れば少々複雑な気持ちがあったことも否めないが優れた容姿であり人の目を惹きつける存在であるのは重々承知の上で付き合っている為に今更どうこう言う気はない。


 彼がそのような気持ちを持って言えば「いや、正直悪くはないと思ったのだが......周りの友人達が中々派手だったではないか?」と微笑むのだ。


「中々派手......まあ、言われてみれば確かにな」


 思考を巡らせれば丈の短いヒラヒラの巫女服を着たルーミャ、アーニャ。想像の産物でしかいなさそうなミニスカートタイプのウエイトレス衣装を纏ったノノワール。そして、メイド服のイムジャンヌである。そんな学園では文化祭でしか使わないような格好をしながら接客をしていた彼女達を思い浮かべると確かに派手であるな、とは思うのだ。


「だろう?何だか祭りというには我ながら大人しく纏めたというか、もっと派手やかに衣装らしくしても良かったのではないかと思ってな」


 クッキーを齧り、コーヒーを飲みながら肩肘をついた彼女にエルフレッドは「ふむ......」と顎下を擦ってーー。


「まあ、祭りとして楽しむ分にはいいかもしれないが......因みにどんな衣装だったら良かったと思っているんだ?」


 全く想像が着かないと珈琲を飲み始めたエルフレッドに、リュシカは顎下に人差し指を置いて上を見ながら少し考えた後にーー。


「クレイランドの侍女服とかーー「却下だな」


 有無も言わさぬエルフレッドの様子に目を丸くしたリュシカ。素知らぬ顔で珈琲を啜り始めたエルフレッドの脳裏にはクレイランドでの侍女服がどんな物であったかが思い出されていた。元が砂漠で気温が高いということも有って生地は薄く、露出度が高い。イメージとしてはベリーダンスの衣装に薄手の羽織物を着けているような感じである。そんな衣装で接客をしているリュシカなど以ての外だ。彼氏として、とてもじゃないが許す事は出来ない。


「フフフ。まさか食い気味で否定されるとは思っていなかったぞ?まあ、本気ではない部分もあるが、ああいう華やかな衣装は私好みなのだが?」


 ニヤリと口角を上げるようにして笑う彼女に「本気じゃないなら良いが流石にああいった衣装で接客に出ると言われると良い顔は出来んな」とエルフレッドは腕を組みながら眉を顰める。今の表情を見るに若干揶揄われている部分もあるのかもしれないが、それを言われて良い顔をする彼氏は居ないだろう。


「まあ、そうだな。仕方あるまい。ならばああいう格好は()()()()()()()()()するとしよう」


 さてさて、完全に揶揄いに来たな。と内心で溜息を吐いたエルフレッド。変に揶揄い返すのも面倒ではあるが戯言をと笑えば意地になるかもしれない。コーヒーを飲んでいるフリをしながら思考を巡らせたエルフレッドはカップを置くと一息吐いてーー。


「俺に見せてくれるとするならば赤か緑を希望するかな」


 お手上げと言わんばかりに肩を竦めながら答えれば彼女は楽しげな表情のままーー。


「正直なのは嫌いじゃないぞ?赤か緑か、覚えておくとしよう」


 と笑いコーヒカップを手に取った。


「さて、そろそろ良い頃合いか。昼ご飯を軽く食べたらノノワールの舞台に行くとしようではないか?」


「そうだな。どんな舞台になっているか楽しみだ」


 揶揄いの魔の手から逃れられたと珈琲を飲み干したエルフレッドは会計の準備をしてクラスメイトに声を掛けるのだった。





「......」


「......」


 舞台を見終わった全ての人間が何かを堪えるかのような表情で席を立つ。エルフレッドとリュシカも同様だった。いや、特別公演の舞台の内容は非常に素晴らしかった。オリジナリティーを含んだ物であったが、とある銃撃事件をモチーフにした探偵物。


 歴史上では犯人が捕まっていない為、有力な説を元に組み立てたのだろう。態と観ている人間には犯人が最初から解るように銃撃事件の全容を見せながらも、その後のストーリーで犯人が本当に誰なのか解らないように見せかけたり、首謀者の存在を匂わせたりーーその上で得意とするアクションを見せたりと本当に学園祭用にだけ用意されたのならば勿体ないと感じてしまう程の出来だったの......だが。


 誰もが、そんな素晴らしい舞台よりもオープニングアクトの強烈な印象に度肝を抜かれていた。いや、何なら演者仲間でさえも、そういった感想を持っていたのかもしれない。あの強烈な印象の後に本当に本編をするのかとやりにくさを感じた出演者もいたことだろう。


 ある意味で凄く、本編が終わったにも関わらず全ての観客が、その強烈なインパクトから逃れることの出来ない中、無邪気な子供が両親に満面の笑みで言うのだ。


「あの犯人役のお姉ちゃん凄かったね‼︎あの()()()のお姉ちゃん‼︎」


 その瞬間、両親の何方かが吹き出した。忍び笑いをしながら「す、凄かったわねぇ!わ、わか、ワカメのお姉ちゃ、ブフッ」と耐え切れない笑いが出ている。そして、その笑いは連鎖していき、至る所から聞こえてくる多くの言葉の中で必ず含まれている単語ーー。


 ワカメ。


 それが皆の笑いを攫ったオープニングアクトの正体であった。

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