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両親との会食は完全個室があることで有名なレストランで行うことにした。第四層にある上位貴族、そして、王族御用達のレストランで個人のプライバシーを防音魔法にて守る徹底振りに感動したということもあった。神の御子ユーネリウスの名を貰った英雄の来店と言うこともあり出迎えから非常に素晴らしくエルフレッドはとても好感を抱いた。
そして、予約していたひときわ豪華な三つの部屋の内モダン調に整えられている[薔薇の間]に既に両親が到着している旨を聞きオーナーの案内にて中に入る。オーナーより「ごゆっくり御堪能下さい」と言われ防音魔法が掛かったと同時に興奮冷めやらぬ母が抱きついてきた。
「エルフレッド!今日の勲章授与式は本当に素晴らしい一日になりました!母は感動致しましたわ!これからも七大巨龍と戦い続けなくてはならないのは心配ですがユーネ=マリア様に選ばれたのならば母としても許可せざるを得ませんね!」
少し心配気な表情で告げるレイナに対してエルフレッドは「母上の心配症は変わらないな」と苦笑いを浮かべた。
「まあ!変わる訳がありません!ユーネ=マリア様が認めようと国王陛下が頼もうと余りにも酷い時は止めさせて頂きます!とはいえ今日は祝いの席でもありますから、ひとまず忘れましょう。本当におめでとう、エルフレッド」
そう言って自分の席へと戻って行った母にエルフレッドは軽く頬を掻きながら用意されている席へと腰を下ろす。
「エルフレッド実に見事であった。遂にお前の功績によって我が家は伯爵位を得て将来の辺境伯が内定だ。ここ迄僅か四年の出来事だ......私から言えることは何もない。本当におめでとう。初志貫徹で頑張るのだぞ」
「いえ、このような功績を挙げることが出来たのは父上、母上のお陰だ。夢物語のような話を笑わず認めてくれたのだから本当に感謝している」
「そうか......いや、気にするな。実行したのはお前の行動力の賜物だ」
泣いた影響もあるだろう。普段の鋭い眼光を浮かべる目元が本日はずっと柔らかい。
「......許可せざるを得ないとはいえ私自身が認めたわけじゃないですよ。危険には変わりないのですから」
目線を逸しながら少女の様にブスくれる母に皆が苦笑いを浮かべた。
「それにしても驚いたぞ、エルフレッド。女性を大切にと教えてきたハズなのに泣かせたと聞いて誰かと思いきや、あのヤルギス公爵家の御令嬢というではないか!私はあの時ほど冷や汗をかいたことはない!」
「本当ですよ!あんな美少女をそんな幼気な少女のようにさせるなんて私の息子はなんて罪作りなのでしょう!そう驚いたものですよ!」
あからさまにからかう表情で両親が言うものだからエルフレッドは羞恥の色に染まっていく。彼は顔色を落ち着けるように深呼吸を繰り返して瞳を閉じた。
「まさか号泣するとは思わなかった。普段は凛とした強い女性だから、その程度笑い飛ばすと思っていた」
まあ、どう考えてもその程度ではすまない状態だったが無茶をするから遅刻するのだ、くらいに笑い飛ばす程度だと思っていたのは事実だ。それが外聞を捨ててあのような場所で号泣するなどとは考えてもいなかった。
「あらあらエルフレッド。確かに御令嬢は芯の通った少女だけど......お話を聞く限りではメイリア様に似ていて繊細で特段豪胆と言うわけではないと思います。それを強い女性などと」
「そうだぞ。エルフレッド?大体男性に比べれば女性の心が強いというのは当たり前のことだ。だが、それを思っても強いなんて言葉は使うものじゃない。私達は何時でもか弱い女性を守れるナイトであるという体を崩してはならなくてだなーー」
「わかったわかった!わかったからもう良いではないか!もうそう言う風には思ってない。それで良いだろう!......大体自分が繋いだように言うがこれは母上の人脈だろう!公爵家の方々からレイナさんのやら、レイナちゃんのやら......どんな社交をしたらそうなるんだと心の臓が冷える思いだったぞ!」
エルフレッドが話を替えるようにーーしかし、前々から思っていたことを口にするとレイナは怪しげな微笑みを浮かべた。
「ただ悩み事を解決して差し上げただけですよ?それに元々人と仲良くなるのは得意ですから......それはそうとエルフレッド。ホーデンハイド公爵家のユエルミーニエ様には良くして頂いてるのかしら?」
家庭教師を始めてからのことを思い返す。家族と言えど軽々しく言えない部分もあるが単純にユエルミーニエ様と自分の話だけを考えると答えは明白だ。
「とても良くして頂いているぞ。報酬替わりに体作り用の手の込んだ料理を頂くなど最大限配慮して頂いている。家庭教師とて任せっきりではなく改善出来るところがあれば、と話を聞いて下さるし悪くされたことはないな」
「そう......それならば良いのです。エルフレッドなら大丈夫だとは思ってはいたのだけど。やはり、粗相があっては大変ですからね」
レイナはそう言って考えていた言葉を極自然に飲み込んだ。その頭の中には先日のお茶会の光景が浮かんでいた。ユエルミーニエが妹であるアナスタシアに何といったら良いだろうか?こう底冷えするような何も感じられない表情を浮かべていたのを目撃してからというものの胸のざわめきがとれないのだ。
そもそもあれは何だったのだろうか。明確な感情が全く感じられず、全てを塗り潰したような黒?闇?無?どう考えても、あれは良い感情ではなくーー。
「まあそうだな。実際に御令嬢を泣かせたという前科があるわけだから粗相を疑われても仕方ないぞ?それにな、それだけ良くしてもらっているのならば確り成果を見せねばならないな?」
軽い調子で告げるエヴァンスに「だから、わかっている!」とムキになるエルフレッドを見て思わず微笑んでしまうレイナ。確かに疑問ではあるが息子が大丈夫なら良いのだ。
「そうですよ?エルフレッド!今日は泊まりに明日は会食なのですから!何時も以上に気合を入れないと!」
本気半分からかい半分で告げると息子は珍しく臍を曲げて黙り込でしまった。そんな様子を見ながら私の息子は本当に可愛いな、と思ってしまう母親心はきっと息子には理解出来ないだろう。
そんなことを考えながらレイナは息子の様子を眺め満面の笑みを浮かべるのだった。




