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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 縁起物を表す熨斗紙(のしがみ)と奇麗な和紙の包みに入った縦長の小包に首を傾げていると「遅くなりましたが私から御二人に婚約祝いを持って参りました。ライジングサンの夫婦箸を入れております。使う機会は少ないかもしれませんが縁起物と思って頂いて構いません」と彼女は優しげな笑みを浮かべてエルフレッドへと差し出した。


「フェルミナ様......ありがとうございます」


 何とも言えぬ表情ながら頭を下げて、箱を受け取ったエルフレッドに「私も将来は直営地の女王としてアードヤードに来訪することもあるでしょう。これまでの事は水に流して良い仲を築ければと思っているのです......まだ、本人に顔を合わせることは厳しいですが」と苦笑してーー。


「だからエルお兄様を通してという形になりますがフェルミナが二人の仲を祝っていた旨を伝えて頂けると幸いです。もう少し大人になりましたら何らかの形で顔合わせが出来ればと思っております。時間は掛かってしまうとは思いますが......私なりのけじめのような物です。お納め下さい」


「......かしこまりました。間違いなくお伝えさせて頂きます。フェルミナ様の将来に愛、幸多かれと願っております」


 そう言うと彼女は少し可笑しそうに笑いながら「今の私はアマテラス様の庇護の元に居ますがユーネ=マリア様からの祝福があれば良いですね」と冗談めかして笑うのである。


「それではエルお兄様。外交などで機会が御座いましたらまたお会いしましょう。勿論、ライジングサンに来られた場合は是非とも我が祖母の領地へ。祖母も私も喜んでお迎え致します」


 彼女が丁寧に腰を折って頭を下げるのに対してエルフレッドも礼を返しながらーー。


「その際は是非。本日は誠にありがとう御座いました」


 彼女はとてもスッキリとした表情で心からの笑みを浮かべてーー。


「はい。こちらこそ。それでは失礼致します」


 入り口の前で再度一礼をして去って行くのである。妹のような存在であった彼女がすっかりと大人になって、こうして会いに来た事を思うとエルフレッドは自身の未熟さを思い知らされる。一年という時が如何に短く、そして、長いのかーー人によってこうも違うものなのだろうかと思わざるを得ないのだ。


(俺ももう少し頑張らねばならんな.....兄と慕ってくれるフェルミナ様に無様な姿は見せられん)


 一回りも二回りも成長した彼女の姿に自信を奮い立たせようと考えたエルフレッド。答えは未だ解らないが前を向こうと考える気持ちが確かに湧いて来ていた。













○●○●













 文化祭二日目は完全に休み。リュシカとの久々のデートを楽しむ日である。顔を合わせなかった訳でもなければ会わなかった訳でもないが完全にデートとして予定して会うのは久々といったところだ。多くの出来事が二人にとって難しい時間を与えたものの、こうして会えばいつもと変わらないのが二人なのである。


「そうか。フェルミナが、そのような事を......何れは前のような関係に戻れるのだろうか......」


 徹夜続きの疲れもあって爆睡してしまったエルフレッドはどうせ話すならば直接と文化祭へ向かう途中で、その話をした。リュシカにとっては自身に負い目があるせいか少し苦い思い出として残っているようで難しい表情である。しかし、前向きにとエルフレッド経由ながらに告げて、祝いの品まで持って来たことは、その苦い心に多少の救いを与えたようだった。


「もう少し時間は掛かるが何れは顔を合わせたいとまで言っていた。どうなるかはまだ解らんが希望が全くない訳ではないと思うぞ?」


 エルフレッドとて思うところがない訳ではない。しかしながら、フェルミナとしてはあくまでもリュシカとの問題であり、彼に対する悪い感情は無い。国を出る時でさえ恩人として感謝され、昨日見た段階では未だに腕には母と共に送ったミサンガが着けられていた。ならば多少他人行儀に聞こえようとリュシカとフェルミナの問題として扱うのが正しいというものだ。


「......そうだな。無論、全てはフェルミナ次第だ。会えば、もう一度謝罪しようとも思っているがこちらから約束を取りつける訳にもいかん。彼女が私と会ってもいいと思ってくれるまで気を長くして待っているとしよう」


 仲を違える前のリュシカとフェルミナの関係をエルフレッドは知らない。しかし、フェルミナはリュシカの事を姉と慕い、リュシカは彼女を妹のような存在だと言っていた。ならば、その時の姉妹を思わせるような関係に戻れるものならば戻りたいという気持ちは今でも残っているのだろう。リュシカの言う通り、あくまでもフェルミナ次第の話ではあるが昨日の様子を見れば、そうなる可能性が零ではないだろうことだけは今の彼にでも言えるのである。


「ああ。俺も二人の仲が改善することを願っている......さて、昨日の話はこれくらいにして文化祭だが、先ずは何処に向かおうか?」


 来場者用のパンフレットを眺めながら何があるのかと視線を彷徨わせていると、パンフレットを覗き込むようにして身を寄せて来たリュシカが楽しげな表情で笑う。


「昨日、アーニャと回った時に思ったのだが意外と食べ物系が充実していてな?意図せぬ形ではあるが食べ歩きになりそうな感じなのだ。それもあって朝御飯を抜いてきたから、少々お腹が減ってきた。エルフレッドさえ良ければ、この辺りの出店を回ろうではないか」


 どんなに食べようと一日では食べきれる量ではないしな。と笑いながら言う彼女に「良いな。ノノワールの舞台公演までは時間がある。軽く腹拵えと行こうか」と彼も同意を示すのだ。考えてみれば今日にシフト休み希望が集中し掛けていたのは特別公演があるからか、とエルフレッドは納得した。アルベルトはメルトニアの都合優先であったので、どうでも良さそうな感じであったから忘れていたものの、ジャンケン大会まで開いて一喜一憂していたクラスメイトに首を傾げた時もあったが腐っても売れっ子女優ということだろう。


 一日の公演になったとはいえ、多忙の中でウエイトレスまで勤めた彼女には改めて感服せざるを得ないが、今思えばそれさえも文化祭を普通の生徒の目線で楽しむ為であったのかもしれない。残念ながら彼女の目論んでいたルーミャとの文化祭デートは不慮の事故によって潰えてしまったが、今はそれさえも文化祭の思い出となっていればと思う限りである。


「ああ、そうしよう。しかしながら、ノノワールの舞台は楽しみだな。あの女優魂の塊の様な存在が”目に物を見せてあげる”とまで言っていたからな。学園祭公演ながらあの気合いの入りようは正直期待せざるを得ん」


 目をキラキラと輝かせながら心から舞台を楽しみにしているリュシカを他所にエルフレッドは少し不安気な表情である。


「......そうだな。しかし、舞台前にとってあるこの十分のオープニングアクトというのが俺にはどうにも引っ掛かるのだ。まあ、流石に舞台の出演者がそのままオープニングアクトまでするかと言われれば微妙であるが、まさか、ここで変な事をするのではないか、と少し考えてしまってな」


 演目スケジュールに書かれた十分のオープニングアクト。詳細は一切不明。それがエルフレッドの不安を煽っているのであった。そんな彼に対してリュシカは楽し気に笑って「流石に気にし過ぎにしか思えんぞ‼︎まあ、先ずは朝御飯からだな‼︎」と笑うのである。


「そう......だな。流石に気にし過ぎだな。楽しみに待つとしよう」


 舞台の本番はあくまでも、その後のスケジュールなのだからと彼は不安な気持ちを振り払い、出店を楽しむことにした。

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