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「おお、可愛い妾の娘よ!その衣装を見れば御先祖様のアマテラス様もきっと喜んでおるぞ!それに妾を小娘扱いする偉大な神も客で居られるようでな?しかし、ちと変じゃのう?妾はこのような神は見た事がない。どの神じゃろうなぁ。ゴミの神じゃろうか?」
「ひぃぃ、お母様ぁ!お怒りを鎮め下さいぃ‼︎他の、他のお客様や生徒が失神しておりますぅぅ‼︎」
客席から聞こえてくるルーミャの悲痛な声をバックに料理を作って居たエルフレッドは一旦手を止めた。これから起きるであろう事態を考えれば料理を作って居ても無駄になるだけだろう。バッシンングを終えたのか沢山の皿を持ち、何故か頭の上にまで皿を乗っけたノノワールが青い顔でこちらを向くと震える声で言った。
「一旦、オーダーキャンセルで。後、ルールーだけだと、どうにもならないかも知れないから一応外に来てくれる?」
「......了解」
包丁などを片付けて溜息を一つ。作っていたデザートの中からお詫びの品を持って客席へと向かったエルフレッド。娘の文化祭で何をしてるんだかという気持ちが一割ーー隣国の女王を知らない人間が居る上にあんな言葉を掛けるなんて......今日のルーミャは厄日だな。という気持ちが九割のエルフレッドだった。
それから二時間後ーー調理室の小休憩用の椅子には魂が抜けたような表情で天を見上げているルーミャの姿があった。彼女のシフトはとっくに終わっており、何処に行くにも自由なのだが、まあ、あんな事があった後では何をする気にもならないだろう。小休憩用の椅子である為、元来はそこに居ると邪魔なのだが皆、何も言わない。寧ろ、買って来たお菓子などをお供物のように置いて行っては「大丈夫?元気出してね」の様な優しい言葉を掛けて、それぞれの場所へと戻って行くのである。
「ニャハハ......それは災難だったミャア......まさかお母様を幼児扱いする輩が居るとはニャア......」
遠くの世界に行っているルーミャを眺めながら気の毒そうに呟くアーニャ。隣のリュシカは「信じられん輩も居るもんだ。ルーミャ、元気出すんだぞ?」とルーミャの頭を撫でながら慰めている。
「あー、文化祭楽しみだったんだけどなぁ......もう今日は何もやる気でないなぁ......でも、そろそろ、お母様と合流しないとなぁ......フェルミナも来てるみたいだしなぁ......なんかウケるぅ......」
全くウケるといった表情ではない表情でアハハ......と乾いた笑い声を上げるルーミャに周りの知人程度のクラスメイトすら哀れそうな表情を送っている。
「まあ、あの状態を見た後だと致し方ないというか......これは俺からだ。元気出してから行くといい」
徹夜で仕込んだ数量限定のプリンを置いてコーヒーを一杯付けるとルーミャは涙を浮かべてーー。
「うぅ......優しさがしみるぅ......ありがとう、エルフレッドぉ〜」
鼻を啜りながらスプーンを取った。そんな様子に苦笑しながらも「共にシラユキ様の怒りを納めた仲だからな。気にするな」と頭を掻いた。
「シラユキ様。そんなに怒っていたのか?」
確かに侮辱と考えれば怒るものだろうが......と微妙な表情を浮かべているリュシカに「まあ、あれでもマシなのかもしれないが、怒りに当てられた耐性のないお客や生徒が失神して、教室が地獄絵図みたいになるくらいには怒っていたな。暴れださないだけマシだったって感じではないか?」とエルフレッドは肩を竦める。
「まあ、そうだろうミャア。自身の事を知らなかった事実でさえある意味では屈辱的なのに......聞いた話だと君幾つ?とか言われたんだミャ?もしくはコスプレかなんかと思われていたのかもしてないミャア。隣国に獣人の国があるというのに不思議なもんミャア。普通に不敬罪ミャ」
「不敬罪......確かにそうだな。となれば、連行せずにその場で納めだけでも寛大な処置なのだろう。今の質問は私が能天気過ぎたな」
腕を組み、納得した表情で頷くリュシカに「とはいえ、お母様がサプライズの様に紛れているのも中々な状況だけどミャア。フットワークが軽過ぎるのも考えようミャア」とアーニャは困惑するような表情で曖昧に微笑むのである。
「......ふぅ。まっ過ぎたことは仕方ないねぇ!ありがとうエルフレッドぉ!妾、元気出たぁ!一丁、家族と従姉妹を楽しませてくるかねぇ!」
漸く気持ちを入れ替え終わったと普段通りの表情で席を立ったルーミャは「あ、そのお供物みたいに山になってるお菓子は後で持って帰るから袋に入れといてぇ!流石に一人じゃ食べ切れないし袋詰の御礼にちょっとは食べといても大丈夫だからぁ‼︎」と言って調理場を出て行った。
「何とか元気になったようだな。良かった良かった」
「んじゃ、私達もそろそろ行くとしようか。元々は客で来ただけだしな」
「そうするミャ。んじゃ、そういうことで」
「ああ。二人共、楽しんで来い」
ルーミャの状況を見て長居をしてしまった二人だったが目的は果たせたと元々の予定通り、遊びに向かって行く二人を見送ってエルフレッドは調理場の管理へと戻る。メインの調理は彼の仕事ーーボチボチ盛り付けだけでは対応出来なくなって来るだろう。
「さて、もうひと頑張りだな」
背伸びをした後、包丁を取り具材を切り始めたエルフレッド。少しハプニングはあったものの一日目の文化祭も後少しといったところであった。
「エルフレッド君。ちょっと良い?知り合いの方が顔見たいって来てるよ」
「うん?知り合い?解った。ありがとう」
ウエイトレスをしているクラスメイトに呼ばれて席に向かうと、そこには懐かしい虎の耳ーーユラユラと二股の縞々の尻尾を揺らして席にちょこんと座るのは間違いなくフェルミナであった。
「フェルミナ様!お久しぶりです!文化祭に来られている話は聞いておりましたが御来店頂けるとは思いませんでした」
彼女は以前に比べて仕草が嫋やかに洗練されたようであった。驚いたような表情で告げるエルフレッドに対してサプライズが成功したと言わんばかりにクスクスと笑って「エルお兄様、お久し振りです。来ちゃいました」と微笑み手に持ったコーヒーカップを置いた。一年前にアードヤードを離れたとはいえクラスメイトがフェルミナの事を知らない訳が無い。知り合いが来たと言うように告げてサプライズを敢行したといったところだろう。
以前のような切迫した様子は一切なく、今では普通の少女のようでーーライジングサンに行ったことが彼女にとっては非常に良い結果を齎したのだなと彼は心のそこから安心する。
「お話は聞いておりますよ?来年からは高等学校に行かれるそうですね。あちらでの生活が上手くいっているようで安心致しました」
「ふふふ。エルお兄様ったら心配性なんですから......ライジングサンはとても穏やかな所ですから私には合っていたようです。周りの方々も良くしてくれて居りますし、友達も沢山出来たんですよ?」
そう言って華やかな笑みを浮かべる彼女に「それは本当に良かったです。後継者としての修行は大変かと思いますが一先ずは私生活が充実しているようでして、私としては大変嬉しく思いますよ」とエルフレッドは微笑むのである。
暫くの間、アードヤードを離れてから起きた出来事を話していた二人。話が終わった頃合いで「そろそろ時間ですね」と席を立ったフェルミナは持っていた鞄の中から小さな箱を取り出した。




