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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 舐めるように口に含んで、これは危険ウイスキーだな。と苦笑する。アルコール度数は非常に高い筈でウイスキーの味もしっかりとしている。しかし、飲める。アルコールの辛味が来た時はチョコレート、チョコレートの甘さがもたれた時はナッツーーそして、またウイスキーへと戻る。


「さてさて、話を聞く前にだが。世の中には色んな人間が居る。そして、性別年齢、老若男女は大きく違う。真っ当な世界だけを生きた大人も居れば闇の中を生きた餓鬼もいる。謂わば、何を持って大人子供を判断するかは世界でも状況でもない。知り得るものを知識として知った上で自身を貫いている者が大人って訳だ。だから、俺からすれば、人の闇を知り、冒険者として真っ当ではない依頼にも当たったことがあり、それでも尚、真面目に綺麗に生きようとするエルフレッドは真に大人って訳だ。まあ、そこは自信を持っていいと俺は思っている」


 ウイスキーを含みながら「そうでしょうか?」と首を傾げる彼に「ああ、そうだ。そして、入る前にも言ったが人間関係に悩むのは何も子供だけじゃない。寧ろ、何かを知って裏をかくようになった大人の方が純粋な子供よりも遥かに悩むもんだ」と彼は彼用に用意されたティラミスを掬ってウイスキーを飲んだ。


「今まで人付き合いが少なかった。経験が足りてない、それは確かにあるかもしれない。ただ、それは経験不足というだけで大人子供って話ではない。もし、今まで四十年間、冒険者をしていた人間が明日から書類仕事の事務職をしろと言われたって出来はしないだろう?それと一緒だ。苦手、得意、経験の過不足ーーそれは大人か子供かを決めるものには一切関係無い。だから、まずはそれを切り離した上で話を聞こうじゃないかってことだ」


「そういうものなんでしょうか?確かに納得出来る部分もありますが......そうですね。では単純に状況としてはって事になりますがーー」


 婚約式で起きた出来事。そして、それから自身を取り囲む状況がどう変わっていったのかーー冒険者時代は平気だと思っていった部分が平気ではなかったこと。自身だけが切り離されてしまったような感覚ーーそれを解消するにはどうしたら良いのか?彼はゆっくりと話してウイスキーを飲んだ。


「なるほどな。まあ、一番はレーベン王太子殿下が目覚める事だろうが、そこは対処ではなく願望だから置いておくとして......ふーむ......次案もな......相談者が周りの友人だったら話しも早いんだが......」


 彼は少し考える様子を見せた後に「ぶっちゃげても良いか?」と言う彼に「その為のこの場所だと思いますので」と彼が返せばジェノバは「そりゃそうか」と苦笑してーー。


「ハッキリ言ってエルフレッドが問題というより周りの気遣いの問題だな。アーニャ殿下は仕方ないにしても周りがエルフレッドに負んぶに抱っこ過ぎる。大体な、今回の休暇だってシラユキ女王陛下が決めたって話しだろ?何で保護者が気づいて友人が気付かないのかって話しだ。そりゃあ蔑ろにされてるって考えても仕方ないわなぁ」


「.....とはいえ自身がそれを助長した面は否めません。最善がそうだとして自身に出来ることで考えていかないとな、とーー」


 何種類か用意されたチョコレートの中でビターチョコを口に入れてウイスキーを含む。トロリとした口当たりが広がり、意識を緩慢に攫っていく。


「しかしだな、エルフレッド。気遣いというのは幾ら親しき友人であったとしても常に意識しておかなくてはいけない。アイツなら大丈夫だって思った瞬間から関係の崩壊ってのは始まってるんだ。そうだろ?人間ってのは相手が何を考えているのかなんて百%解る訳がない。何を持って相手が大丈夫か判断している?それはただ自分がそう思っているだけだ。幾ら心許せる相手でも、もしや何かを抱えているかも知れないと少なくとも、こういう特殊な事態に陥った時は気を回さなければならない。今の状況はまるでそれが出来ていない。助長されようが何だろうが、そんなんは只の甘えだろ?」


 普段は駄目な一面ばかりを見せるジャノバだが、こういう芯の通った話や部分を見聞きしているとやはり大人であるなと思うのである。とはいえ、それでは現状の解決策にはならないことも彼は重々承知して話しているのだろう。


「もし、そうだとして、このまま友人達が気付くのを待つというのは違いますよね?俺自身も大分疲弊すると思いますし、関係が良くなるとも思えない」


 彼がカランと音を立てたアイスの中から丸氷を取って二杯目のウイスキーを注いだ。温度感の違うウイスキーの味わいは大きく違う、それを楽しむのもまたウイスキーの楽しみ方の一つなのだ。ジャノバは解ってて聞いてきているな?と口角を上げて自身に二杯目のストレートを注ぐ。ナッツを齧り、食べ終わったティラミスの皿を退けてチョコレートの包装を開けながらーー。


「タイミングは重要だがエルフレッドが取るべき最善の行動は一つだろうな。まあ、皆にはエルフレッドの有り難みを解ってもらう必要がある。ってことは物理的に接触出来ない。何なら連絡さえもつかない方が良いだろう。要はーー」


 チェイサーを飲んでいたエルフレッドは目を丸くしてそれを置いた。そんな無責任な方法が最善なのかと彼は驚きを隠せないのだ。




「置き手紙でも置いて家出する。最低三ヶ月くらいはそうした方が良いんじゃないか?それで気付かず怒るようなら、それこそ只の甘ちゃんさ」




 エルフレッドは息を飲み、ウイスキーを煽る。何と無責任なと思いながらもそれが正しいことである、と何処か納得する自分がいる事を不思議に思いながらも二の句が継げない状況にある彼であった。













○●○●













 ゆっくりとだが確実に仲は進展しているとイムジャンヌは感じていた。無論、同族との恋愛関係も皆無である自身が巨龍の心情など解るわけもないのだが、初めの頃と比べて空気感が大きく変わっているのは間違いない。そう肌で感じていた。


 最初の頃はあくまでもエルフレッドの友人であった。個人の付き合いというよりはグループの付き合いの中にいる自身に気を使ってくれているそんな感じであったが、今となってはイムジャンヌ個人をしっかりと見て関係を築いていっていると解るのである。問題はそこが友情なのか愛情なのかという話で、仲が進展していることが果たして恋愛に転ぶのか?という部分は今の謎なのだ。


 今日も今日とて練習前に一緒に食事を取っている。エプロンを着けたアルドゼイレンを見て、何だか可愛らしいなぁと思ってしまう自分は末期なのだろうが、はてさて「今日はエルフ領で見つけたフルーツプティングパフェがデザートだ‼︎」と差し出されたそれに苺とホイップが沢山乗っているのを見ると胸がキュンキュンしてしまうのである。


「今日はコーヒーが良い」


「だろうな‼︎この甘さにはやはりブラックコーヒーだ‼︎そして喜ぶが良い‼︎これこそ南のクレイランド産、最高級コーヒーだ‼︎酸味の強いこれは甘味の強いデザートに持って来いだ‼︎我のオススメはアメリカン‼︎イムジャンヌはどうする‼︎」


「じゃあ、アメリカンで」


「了解した‼︎ふふふ‼︎この程良く熟成された豆から抽出されたオニキスを思わせる雫を心から堪能すると良い‼︎」


 と鼻歌混じりに挽いてドリップし始めた巨龍を見ているといつも楽しそうだなぁと心から感心するのだ。というかコーヒーのブラックってオニキスみたいな真っ黒ではなくて濃い赤茶色系の飲み物だった気がするがーーまあいっか。挽きたての良い香りが漂ってきて彼女はフライングだと思いながらもパフェを一口パクリ。何故、良い香りのコーヒーは香りだけでも甘いデザートと合うのだろうか?


「美味しい‼︎」


 と蕩けそうな頬を抑えた彼女に「おお‼︎それは良かった‼︎だが、珈琲が来る前に食べるとはフライングだな‼︎」と大笑いするアルドゼイレンーーこの時間は堪らなく幸せなのである。

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