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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 彼女は胸中で笑った。少し可笑しく思う事があり、そして、それは苦笑に変わるのだ。


(愛する人が出来ようと最も信頼出来る異性はエルフレッドミャ。これじゃあ、ご先祖様も奇跡を起こそうとは思ってくれないのミャ)


 この場合は愛に対して平等を貫くユーネ=マリア神の方かミャ、とも彼女は思う。拒絶によって友人達の繋がりが一時的に薄くなってしまったエルフレッド。自身は彼に対して酷い約束をお願いしてしまった。しかし、どこかで彼だったら、それさえも受け入れて実行してくれるであろうという甘えにも似た信頼があったのだ。そして事実、彼はそうして自身が辛くなろうと周りがそれに気付き対処するまでこちらに気付かれないように隠し続けた。否、人伝に伝わっただけで未だに彼自身からアーニャに対して何かを起こすということは一切無い。


 結局の所、彼のそんな義理高く我慢強い所を信頼した上で、こうして自身の治療に専念している。この状況こそがエルフレッドという異性がアーニャにとって最も信頼足り得たという証明に他ならない。


「アーニャ。今は自分を責めずにゆっくり休むのだ。私達は心穏やかに過ごせる事を願っているが早急な回復をと急かしているわけではない。私達は幾らでも力になる。だから、そう悩む必要はない」


 表情から考えを察したのかリュシカが真剣な表情で告げる。対してアーニャは心からの感謝で答えると同時にやはり大きな罪悪感を抱くのである。甘えることしか出来ない現状故に何か行動を起こすことはないが思う所はある。


(何らかの希望が見えてきたら、もう少し状況も良くなるのだけどミャア)


 自身の状況もだが、大きくはエルフレッドの状況だ。意図せずとも孤立させてしまうような状況に心労を募らせているであろう友人への罪悪感を今日だけで何度抱いただろう。そんなことを思いながらも目の前の親友には最大限の感謝をーーアーニャは「本当にありがとうニャア。リュシカ」と彼女を見つめて微笑むのだった。




 夜の王宮の暗がりの中をアーニャは歩く。ひっそりとした雰囲気と灯の点らぬ巨大な建造物の中は歴史ある建物ということもあって荘厳で美しく有りながら物々しい雰囲気に満ち溢れている。しかし、こうして歩くのは今日が初めてではない。既に彼女にとっては慣れたものだった。


 それによく人族の中で怖がられている怪談話というのは獣人にとってはあまり怖い物ではない。何故かと言われれば種族柄、超常的な物は()()()()()。お盆の時期なんかは普通の人々と同じくらい帰ってくる。そんな状況に居れば裏をかこうとする人間の方がよっぽど怖いのだ。


 そして、夜目が利く。僅かな光源を捉える瞳は昼程の輝きは無かろうとしっかりと何がどこにあるか見渡せる能力を有している。無論、夜目の利かぬ獣人族もいるがアマテラスの直系で有り、九尾の血筋である彼女にそんな苦労がある訳がなかった。


 とまあ、それはそうなのだがこれからレーベンの元へと向かう彼女の行動自体は褒められたものではない。そして、そんな事は彼女自身が最も理解していることだ。未だ意識が戻らず、寝返りさえも定期的に行わせているような状態の彼に無理を強いているようなものだ。しかしながら、彼女の感覚が真っ当ならば初めからそんなことをする訳がない。周りも止めることはない。外界の刺激にのみ反射的に反応している彼が生きていることを実感出来て、深い繋がりを持つことで愛を感じ自身も満たされる。


 それがなくては自身はとうに死んでいたのだろうかーーはたまた言い訳か。友人達の支えがあればもしくは関係ないのかもしれない。しかし、彼女は止まることが出来ない。精神的な繋がりを断たれた今、残された繋がりがそれしかないのだから自身が依存してしまうのも致し方無いと彼女は思うのである。


 昼間の平常な状態に比べて夜間の自身の状態は明らかに異常そのものーーだから、辛く苦しいのである。しかしながら、非常に甘美な時間でもあった。アーニャは夜に一人でいることが出来なくなっていた。いや、そもそも時間帯関係無く極力一人で居たく無いことには変わりないのだが、夜は特に必ず一人にならざるを得ない時間が訪れる。それが嫌で嫌で仕方ないのだ。


 目の前でレーベンが崩れ落ちた婚約式のことが何度も頭を過ぎる。悪夢とて多い。魘され、時に幸せな夢であれば現実に絶望してしまう。それを恐れて誰かを隣におこうとした。時間がある時はルーミャやリュシカが付きっきりで居てくれるが当然、毎日ではない。それが今の行動の始まりだった。共に眠れるだけで満足だった。最初の頃に比べて随分と過激になっていったと思うがもう辞めることは出来ないだろう。


 ふと怖くなるのは彼が目覚めた時どう思うのだろうか?ということくらい。しかし、それも、どうせ起きやしないという諦めの感情に埋め尽くされて自暴自棄になってしまうのだがーー。


 彼が眠っている部屋へと辿り着く。護衛は何も言わずに彼女が中に入る事を止めようとさえしない。国王は何も言わず、王妃には好きにさせるように言われている。本当に止める者は誰も居ないのである。


(可笑しな話ミャ。もし妾がこの状況に堪え兼ねて無理心中でも図ったならば、その時は皆どうするつもりなのだろうミャ)


 無論、今の自分にそれを企てる気力などないが辛い夜に考えない訳ではないのだ。長い事、起きて居らず、食事もままならないせいか、やせ細り始めた彼の体を見ていると非常に辛い気持ちになる。彼だって長い夢の中で苦しみ続けているのかも知れないと考えると互いに終わりを迎えた方が良い結末なのでは無いだろうか、と考えてしまうのである。


 しかし、いざ行動に移さんと考えれば、この手で彼の首を絞めるのか?焼払うのか?刺すのか?と全身が震えて、ああ、そんな事出来る筈がないと気付かされる。だから、少しずつ進行していく狂気と共に今日という日々を過ごしている。


 スヤスヤと穏やかな寝息を見ればただ眠っているだけのような姿でーー事実、全ては正常な状態に戻されているのだとするならば眠っているだけの状態なのだろう。その眠りが原因不明で有り覚めないだけで彼はただ眠っている。何が足りないのだろうか?稀に創作物で見るように魂の何処かが欠損してしまったのだろうか?超常的な者と近しいながら、現実的で科学的なライジングサンにおいては世迷言として片付けられてしまいそうな事だが、そうでもなければ説明の付けようがない状態だ。


 アーニャは眠るレーベンのベットの端に腰掛けて彼の顔に自身の顔を近付けると頭を撫でるようにしながら抱き締めて、ジッと彼の事を見つめた。


「今夜も来てしまいましたミャア。レーベン様ーー妾はすっかり変わってしまいましたのミャ。目を覚ました時は驚かせてしまうかも知れないですニャア......」


 色を帯びた瞳に艶やかな吐息ーー呆れ返る自身の心とは裏腹にその身は帯びる熱に仄かな赤みを帯びている。優しく頬に口付けて以前の自分ならば今の時点で顔を真っ赤にしてグルグルと目を回していたように思う。彼に背を向けるようにしてプツ、プツと上着のボタンを外していく。月夜に照らされてフワリと巻かれた髪を自身の肩に乗せる。窮屈な衣装から解放されたように主張する谷間が露わになり、彼女はレーベンの上へと移動した。


 体重を掛けるような事はしない。点滴などでしっかりと補給されているとはいえ彼の体は脆くなっている。優しく細心の注意を払わないと自らの手で壊してしまい兼ねない。

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