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それは彼の当初の目的から外れる事を意味するが同時に世界最強の証明という観点から見れば、これ以上はないという状況だ。神々に上手く利用されている感覚は否めないがある意味では願ってもないチャンスとも言えるのだろう。
(気づけば英雄擬きの冒険者から本物の英雄にされそうになっているな)
実の所、周りの言う彼に対する英雄評は置いておいて彼自身は自身が英雄であると考えたことは一度もなかった。周りに求められるままに英雄として振舞うことはあれど、先のアズラエルへの発言にもあったように巨龍討伐という夢はあくまでも自身が最強の存在であることの証明でしかない。それで救われた人々がいるのは喜ばしくもあるが、あくまでも付加価値のようなものだ。
最近の話であれば友人関係を築けるアルドゼイレンのような巨龍ばかりならば倒す必要性すら感じないだろう。結局は自身の物差しであり、自己満足でしかない。だが、今回の常闇の巨龍に関しては全く話が異なってくる。害悪を撒き散らし、彼の周りにいる存在を倒す事。そして、それに伴い神々が敵と考える凶悪な存在を打ち倒す事。
それはまさしく英雄足りえる行動であり、皆がそう考えて然るべき存在になると考えられた。それが自身にとって良いこととなるのか悪いこととなるかは今の段階では何も解らないがーー。
準備が終わっていなければそろそろ御準備を、と現れた担当の者に礼を言って書物を閉じたエルフレッドは正装に着替えて浄化の魔法を掛ける。準備が早く終わればまだ少し時間が取れるということで暖かい飲み物を頼み書物を開く。寒くはあれど気温が一定に近しい冬の砂漠は比較的対処がしやすく過ごしやすい。単純にオアシリアの生活水準が高いと言うのもあるが、こうして調べ物をしながら過ごすには打って付けなのである。
彼は再度、担当の者が現れるまで書物を読んだ。未だ蛇の正体は解らずーーしかし、正体に近付いているという確信はあった。
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その日、アーニャはリュシカとの時を過ごしていた。一人でいるとどうしてもレーベンの所へと足を伸ばして悲しみにくれてしまう為、彼女は友人達と過ごす時間を多く取るようにしていた。それに同意を示してくれる友人達と双子ーーその中に自身が拒絶した恩人の姿はない。彼女には全くもって彼に対する悪い意図は無かった。遠ざけたのとて暴走し悪感情を抱く事、そして、それを制御出来ずに同じ失敗を繰り返す事が目に見えていたからである。
無論、彼に言った言葉に嘘はない。自身が深く傷つき、狂い、死を望んだ事実は間違いなく、それを阻止した彼に対して憎い感情を抱いたのは本当だ。故に希望が見えるまで目の前から消えて欲しいというのは本当であった。しかし、それ以上の意図はない。自身がここまで愛狂わされ、おかしくなり友人達に依存ーーその結果、エルフレッドを一人にしてしまう事態を招くなど考える事が出来なかったのだ。
もしくは普段ならば考えられたかも知れないが今の自分は一人で居る時、平常時の二分の一も頭が回っていない。故にこのような状況になってしまった尻拭いをまさか母親であるシラユキにさせることになるとは思いもしなかったのである。そして、そんな状況であっても周りは責めはしない。それ程に獣人の愛は深く熱いものなのだと皆は同意を示すのである。
(これじゃあ、リュシカの事を恋愛体質だなんて笑えないミャア。妾はもう少し冷静かと思っていたけど、ある意味ではリュシカよりも酷かったなんてミャア)
向かいの席があるにも関わらず隣に座り心配そうな表情を浮かべる親友に「いつもありがとうミャア。そして、申し訳ないニャア」と声をかければ「良いんだ。私が辛い時もこうして側に居てくれたであろう?一番、辛い時に側に居ることさえ出来なかったのだ。このくらいはさせてくれ」と手を包み込むようにして答えてくれる。
その行動に大きく癒されると同時に酷い罪悪感を覚える。家族や将来の義両親の判断は自身とリュシカをなるべく共に行動させることが最も精神の回復に繋がるというものだ。その結果、彼女とエルフレッドの時間を大きく奪う事になって居るが、事実、一番癒しを実感しているのは彼女と居る時であり、今はそれに甘えるしかないのが現状である。
「妾はもっと自身が強いと思っていたニャ。勿論、元々精神面は強い方では無かったけども、こと恋愛面においては冷静さを保てるとーーそれは妾が抱く幻想のようなものだったミャア」
ヤルギス公爵家より差し入れられたハーブティーを飲み、その日で最も安定している時に聖魔法を掛けてもらう。それによって日々の生活は日常へと戻って来ている。支えは必要だが一日ふさぎ込むようなことは無くなった。
「それは違う。きっと精神的な強さなんて関係ない。どんなに強い人間でも愛する人を失えば立ち直れなくもなる者だ。きっとレーベン様がそれ程アーニャの気持ちを攫ってしまっただけの話だと私は思う。だから、弱いなんてことはない。少なくとも私はそう思うぞ?」
「そうかミャ?自身が持っていた自身のイメージと違いすぎて解らないミャ」
明らかに普段使いではないにも関わらず赤々と輝くピジョンブラッドの婚約指輪とダイヤモンドのネックレスを毎日のように着けて延々と眠り続ける彼の元へと訪れる日々ーー最初に目覚めた時に彼に喜んで貰えるようにと考える様は婚約式以前では想像だにしなかったことだ。未だイメージが湧かないのも致し方無い話である。
「確かにアーニャのイメージとは違うが獣人族全体と考えれば私は何となく想像出来るな。私の恋愛体質も聞けば、ご先祖様の覚醒遺伝のようなものなのだとシラユキ様も言っていたしな。自分で言うのも何だが通常の人族に比べて多少比重が重い自覚はある。多分、種族柄もあるのではないか?」
リュシカの場合、多少比重が重い程度の話ではないが今となっては自身とてそう変わらない。確かに種族柄というのは一理あるかもしれない。
「そうかもミャ。何だかお母様なんかを見て育ったせいか愛に対する認識は他の獣人と違うような気がしていたのだけど......お母様とて環境に狂わされただけだったようミャ。それに妾達には半神故の考えを持ちながらも極力家族の愛情を注ごうとしていくれた......そう考えると愛情深いのかもしれないミャア」
こうした状況になって気付く友人達や家族の愛、そして、優しさは人は信頼出来無いものだという対人恐怖症の根底が一部の悪意有る者によって植え付けられた少数の者だったと気付かされる。心から信頼出来るのは家族、リュシカ、そしてーー。
(エルフレッドだけだと思っていたミャ。考えれば妾の世界は狭い世界だったのミャア)
少し視界が広がり、状況が変われば何のことはない。ああいった悪意に晒されるのは自身だけでなかった。皆が皆得意な人間ばかりではない状況とて当たり前のこと。友人達はある程度の仲良しで固まり、それ以外とはそれなりの付き合いをする。そして、信頼出来る人間とは元々そう多くないのである。それはごく普通の事だった。ただ、小さな頃にその一部の悪意を持った人間達に晒された事で人間不審に陥っていただけだった。
周りを見渡せばこんなにも優しく信頼出来る者達が居る。辛い時に共にあってくれる存在が居る。家族とてしっかりとフォローしてくれる。拒絶という名の約束さえ受け入れてくれる友人が居るのである。




