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首都オアシリアに着いたエルフレッドは早速、皇城へと向かった。そして、アズラエルの待つ謁見の間へと案内される。正式な礼を取り、到着の旨を伝えればアズラエルは穏やかな表情で立ち上がり歓迎の意を表した。
「我が英雄エルフレッド殿。よくぞ参られた。色々と話は聞いている。英雄故か苦難を進む事を余儀なくされているように思え、心苦しくあるが先ずはクレイランドに参られたことーーそして、我が娘クリシュナの冥福を祈ってくれたことに感謝しよう。今夜は大々的なものではないが歓迎の宴の準備もある故に苦難の続く心労をここで癒していかれるとよい」
「アズラエル皇帝陛下の寛大な配慮にこのエルフレッド、感謝の極み、誠に痛み入ります」
礼と共に告げれば彼は「いや、我々が受けた恩を思えば当然のこと。恩人を持て成す器量も無いほど我が国は衰えてはいない。既に聞いていると思うが護衛の件も我が弟であるジャノバが担当する故に安息の日々を楽しまれるが良い」と微笑んだ。
「ありがとうございます。アズラエル陛下」
「気になさるな。さて、挨拶はここまでとしてエルフレッド殿。実は此度の巨龍討伐において少し気になることーーいや、貴殿に協力出来ることがあるかもしれないと考えてな。一つ耳に入れようと思うのだが」
玉座へと座り直した。アズラエルは肘置きに肘を立てると頬を乗せて真剣な表情を浮かべた。
「此度の巨龍討伐......それは常闇の巨龍についてでしょうか?」
若干、困惑しながらもエルフレッドが訊ねれば彼は大きく頷いてーー。
「そうだ。常闇の巨龍と聞いては特に思う事も無かったのだが、その正体が最古の蛇であるとするならば話は変わってくるのだ。実は我々の国の創世神が齎した旧文明時代の書物に原初の人類を誑かしたものとして、その存在が描かれている。無論、詳細は少ないのだが一読すれば何者か解るのではないかと考えてな。原本ではないが既に準備はさせてある。良ければ御覧入れようが如何か?」
「誠でございますか⁉︎それは非常に助かります!こうも言ってはなんですが正直なところ余りの情報の少なさに手を拱いていた所でした。少しでも正体が掴めれば良いと考えていた折の陛下の言葉でございます。私としましては願ってもいない事です」
彼が驚きと共に感謝を示せばアズラエルは「力になれそうで何よりだ」と笑って指を鳴らした。宰相クラスの大臣が厳重に保管された書物を持ってきてエルフレッドへと差し出す。彼はそれを丁寧に受け取り、裏、面と表紙を眺めみた。
「原本ではないとはいえ現存する数少ない遺物なのだ。故に国外に持ち出すことは禁じている。完全な休暇を希望されるならば、またの機会とした方が良いとも考えていたが、現状を考えれば少しでも早く耳に入れた方が良いだろうと考えたのだ。苦難の道を助長するような行動故に些か心苦しくもあるが同時に貴殿の力になる物だと思っている」
「心遣い誠に有難うございます。確かに安息の日々をと言われておりましたが、私としては期を見て調べたいと考えていたことです。皆様の心遣いを裏切るようで申し訳ないのですが問題が山積している以上、心休まらぬ思いを抱えているのは当然のこと、こうして悩みの種が一つ減ることの方が遥かに休息足りえると考えます」
自身でも中々の社畜精神だな、と思いながらエルフレッドが微笑めば「ふむ。なるほどな。エルフレッド殿。貴殿はどうやら我々皇族同様、真の安寧は無き者と言うことか。我々も役割を終えねば問題は山積している故に気持ちは痛いほど解る」と同意を示した上でーー。
「しかし、それを自身で選びたがるというのは少々難儀な性格と言わざるを得ない。我々も無論、国を良くしたいという想いはあるが神に選ばれし責任を負っているが故もある。無論、選ばれし英雄故かもしれんが、まだ若いのだ。時には羽を伸ばし自由に生きるというのも必要だと我は考える。如何だろうか?」
エルフレッドは自身の行動を思い返し、少し悩んだ上でーー。
「今の状況が全て選び取ったという訳では御座いませんが少なくとも巨龍討伐や此度の問題については自身が選び取った上での現状ですので文句は言えません。当初の予定と形が変わった面は否めませんが、選ばれし故とも考えてはおりません。それにですが私の場合は苦労を先取りしているだけで御座います。巨龍討伐を終え、諸問題が解決すれば、領地に篭り、好きに生きようと考えている次第で御座います。皇族の方々の責務とは比べようも御座いませんよ」
「フフ、そうか。なるほどな。貴殿はそういう未来をお望みか?しかし、我が経験上、問題とは降って湧く物故に自身の身ではどうにもならん事も多々あるのだ。それに貴殿の力を知るものはそう易々と貴殿を自由にしたりはしますまい。貴殿の未来の展望を聞いて尚、休める時に休むべきと助言させて頂こう」
「経験から導き出された答え故に反論の余地も御座いません。アズラエル陛下の助言、有難く思うと同時にしかと胸に刻む次第で御座います」
彼が感謝の礼を取れば「若い内にしか出来ぬ事がある故の老婆心のようなものであるがな」とアズラエルは苦笑してーー。
「話は以上だ。恩人に相応しい客間を用意している故に存分に羽を休めて頂けるだろう。案内の者には粗相が無いよう申し付けいるが何かあれば担当の者に好きに言って貰って構わない。それでは私は名残惜しいが公務があるが故に先に戻らせて頂こうーー皆の者くれぐれもエルフレッド殿に失礼の無いように」
皆が最上礼と言葉で応答を示す中でエルフレッドも頭を下げながら「恐れ入ります。陛下」と見送った。
「それでは我が国の英雄であられますエルフレッド様。どうぞこちらへ。最上の者による最高のおもてなしを約束いたしましょう」
そんな言葉に「アズラエル陛下には重ね重ねの感謝を」と返して彼は案内の者の後ろをつけるようにしながら謁見の間を後にした。その後、言葉通り贅の限りを尽くした客間へと案内された彼はどうにも落ち着かない気分になったものの、早速と手に取った書物に没頭している間にそんな光景が一切気にならなくなったのであった。
結局、夕飯と兼ねてある歓迎の宴の用意に呼ばれるまで常闇の巨龍の正体について書かれているかもしれない書物を読み込んでいたエルフレッドだったが、天地創造と原初の人間と最古の蛇の関係については解ったものの、未だその正体は掴めずにいた。まだ、四分の一も読み終わっていないことを考えれば当然と言えば当然なのだが、それにしたってやはり情報が少なすぎるのである。とはいえ、気になることは幾つかあった。最古の蛇はこれだけの大罪を犯しながら存在を消された訳ではなく、奈落の底へと落とされたとされている。
これは神の優しさ故かもしれない。もしくは永劫を生きる存在からすれば存在を抹消されるよりも重い罪なのかもしれない。だが、蛇は何らかの方法で奈落を抜け出し、人の世を乱す存在として何度も歴史上に現れるようになってしまった。無論、それは反省しない最古の蛇が最も悪であるのだが、その度に封印に近しい対応でしか罰を課さない神々にも問題があるように思えてしまうのだ。
では、もし神に問題が無いと考えるならば、この最古の蛇は神であっても封印などでしか対応出来ないような強力無比な存在であるという証明に他ならない。となると、常闇の巨龍として世に顕現しているものの、その実態は巨龍と異なる存在なのではないか?とエルフレッドは思うのだ。
そうなると自身が戦うべき相手というのは神と近しき存在ーーそして、相反する思想を抱く害悪であるということだ。




