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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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 冬休みに入るとエルフレッドはクレイラインドへと足を伸ばした。時期は少し過ぎたが一時的に護衛の任から外れ、一週間程度の休暇が与えられた事も有り、クリシュナの墓参りに行こうと考えたのだ。聖国よりユーネ=トレニアの花をーー、そしてライジングサンより菊の花を持ちより、回忌と手助けしてもらった感謝を伝えようと思ったのだ。


 心労を慮り、躊躇いはあった。その為、初めは非公式にて訪れようと考えていたが、正式に訪問して欲しいと言う希望が出る程度には回復したとの事である。ならば、しっかりとした墓参りを済ませ、皇族の方々に挨拶をしようという話になったのだ。


 転移による移動を駆使して一日程、ヤルギス公爵家の人々もリュシカの冬休みを利用して直に訪れるだろうが今の所は顔を合わせる約束はない。とはいえ、客品ともなれば結局は何処かで落ち合うことになるだろうとは考えていた。たまたま目的地が一緒であったが故に共に行動しても良いと思ってはいたが、それだと休暇の意味がないと珍しくリュシカに断られた形である。


「無論、共に居たい気持ちはあるが実はなーー」



背景を確認すればアーニャの一件が思った以上に深刻なまま推移を続けており親友であるリュシカの支えが必要不可欠の状況において、顔を合わせる事が難しいにも関わらず護衛をしなくてはならないというエルフレッドの状況を重く見たシラユキがゼルヴィウスやリュードベックに提言し、話し合いを行った結果、今の形に落ち着いたとのことだ。


 リュシカの抱える問題の元凶であるレディキラー、その周辺をうろつく最古の蛇ーーリュシカの事を嗅ぎ回っているという鼠の存在。


 エルフレッドが護衛をしている事が功を奏しており、アーニャの件以降、問題は影を潜めているものの何がきっかけ動き出すかは解らない状況だ。そういた状況の中でクレイランドに単独で向かうというのは心配ではあったものの、身内関連でアードヤードに用があったエドガーがリュシカとエルフレッドが合流するまでは護衛に着いてくれるそうで、その後も休暇の期間ならばジャノバが極力側に居てくれるそうだ。


 婚約者や恩人の立場とはいえ国王や各国の要人にそこまで気を遣ってもらった事自体恐れ多い事だが、それならばと彼も有り難く受け入れることにした。


 皇城まで転移で向かおうかと考えていたがクリシュナの墓は皇族の権威を象徴するかの如く小さなピラミッドとなっており、首都オアシリアから少し離れた位置にある。そこまでの案内を魔法車でしてくれるとのことなので彼は空港前の停車場で落ち合うこととなっている。


(少し時間が余ったな)


 転移魔法での移動を駆使した結果、予定時刻より三十分程早く予定の場所に着いた。食事をするには足りないが何もせずに居るには少し長い。そんな微妙な残り時間にエルフレッドが辺りを見渡せば近くにオーソドックスなカフェを見つけた。彼は南国産の酸味のあるコーヒーを頼み一息吐くことにした。


 ゆったりと落ち着ける一人用のリクライニングソファーに腰掛けながら、こうしてしていると彼の頭に考えるべき事象が時間の流れと共にゆっくりと巡り始めた。


 例えば、直近の出来事で言えばノノワールの件だ。本人の精神状態を助けることは出来たものの、結局の所、状況は何も改善されていないのだ。世界大会の時などにまた両親が現れないとも限らず、彼女の兄、そして、彼女の状況が変わった訳でもない。


 復讐を望む彼女を止めるべきなのか?それとも、なるべく被害が出ないような形に抑えるべきなのか?


 アーニャの一件とも通ずるところがあるこの状況に置いてエルフレッドの決断は困難を極めている。無論、彼が見えないところで事が起きれば、それまでだが出来るだけ良い形に納めたいという気持ちはあった。


 そして、協力すると言ったイムジャンヌの件もある。彼女の目的は未だに解らないが、強くなりたいと望む彼女の訓練に付き合うと言ったにも関わらず、結局は今の状況もあって最初の二、三回以降はアルドゼイレンに任せっきりだ。どうしようもない部分も多々あるのだが何となく約束を破っているような気がしてならない。一応、メッセージアプリのやりとりにて現状はどうしようもない事を互いに理解してはいるのだが彼自身の心情が非常に微妙である。


 今後もノノワールとの特訓自体は続くので一緒に行うのが最適だろうが、イムジャンヌ側がアーニャ優先ということもある。考えれば考える程微妙であるものの、それならば致し方無いと自身で消化するべきであろう。


(アーニャはこうした状況さえも予見していたのだろうかーー)


 時に思考というものは人を悩ませる。基本的に直感が良いとされる理由の多くは思考というものがマイナスに偏りやすい側面を持つことから、そう言われているのである。今、こうして珈琲を飲みながら思考を深めていっているエルフレッドの状況が正にそれであり、アーニャを助けたという行動自体は褒められるべきものだと周りが言ったにも関わらず、思考を深めた結果、正しい事だったのか疑問に思ってしまっている。


 そもそもが人というものはマイナスのことの方が記憶に定着しやすい。あの咄嗟ながら苦しんででも生きて欲しいと願い、それを達成した素晴らしい功績さえ、彼女の涙、現状、そして思考によって正当性を疑っているのだ。


「さて、そろそろ行かなくてはな......」

 

 携帯端末の時計を確認すれば五分前ーー。支払いを済ませて予定の場所に向かえば丁度いいくらいの時間である。席を立ち、伸びをしたエルフレッドは会計を払いカフェを出た。快晴の空の太陽に辺り、一旦リセットされた思考ならば、やはり、自身の行動は間違っていない筈だと考えることも出来るのだが思考とは不思議なものである。



 黒のセダンの魔法車に乗りながらクリシュナが安置されているピラミッドへと向かう。現在は献花を持つ人も多く、悲しみや思い出の象徴の場所であるが、何れは歴史的建造物となり観光の名所ともなるのだろうかーーそう考えるとピラミッドとは非常に不思議な墓であると思えた。


 敷き詰められた大理石で彩られた真っ直ぐの伸びた道の両脇には多くの献花が捧げられているのが見えた。太陽のように明るい姫であった事から国民の人気も高く、それ故に哀悼の意を表すものは多かったとされる。実際、超常体験とはいえ交友があったエルフレッドからしても、それは非常に頷ける話であり、こうして彼が訪れた理由の一つでもあるのだ。


 魔法車を降りたエルフレッドは空間より花束を取り出して棺までの道を歩く。十字を切り祈る人々の表情は様々だが誰一人として悪感情を持って訪れている者は居なかった。棺の前に到着したエルフレッドもそれに習い、花束を捧げた後に十字を切って祈りを捧げた。


 先ずは巨龍討伐の際に手助けしてくれたことへの感謝の祈りを捧げ、それからの出来事を報告するように心の中で語り続ける。そうこうしていると棺の前で悲しみにくれた情景が頭に浮かび、胸が苦しくなった。だが、それと同時に我儘かもしれないが、もし自身がアーニャを止める事が出来なかったのなら、あの時の様な思いを抱かなくてはならなかったのだと思えば、自身の行動を肯定することが出来ると思った。


 無論、当人の想いは無視した形になるがそれでも後悔はするべきではないと考えられたのはここに来たおかげかもしれない。


(また、助けられましたね)


 そう言って微笑めば暖かな風が彼の髪を撫でた。何が正しいなんて無い事柄だったのだ。周りが崩れ落ち涙するような悲しみにくれることを阻止出来た。そこについては自身とて誇るべきなのだろう。自身を責めるべきは守れなかったレーベン王太子殿下の事だけーーそれさえも任務上仕方なかったのかもしれないが間に合えばより良い結果になっていた。


 皆が笑い合える最高の結末があったのだ。そこだけは後悔しても仕方ないことだと思った。


 多くの人々が献花と十字を捧げて来た道を引き返していく。その中で取り残されたように暫し立ち尽くしていたエルフレッドだったが、最後に一礼を捧げるとピラミッドの前で待つ魔法車の方へと歩き始めるのだった。

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