8
「ハハハ‼︎アハハハハ‼︎アハハハハーー」
突如笑い転げるが如く大笑いし始めた彼女に両親はキョトンとした表情を浮かべた。そして、様子を伺うように「何がおかしいというのだ?」と声をかける父親に対して彼女はピタリとそれを止めてーー。
「頭おかしいんじゃないの?そりゃあ私達みたいな子供が産まれるわ」
言い放った。何を言われたのか理解が及ばなかった彼等だったが理解した瞬間に「お前‼︎親に向かってなんてことを!!」と憤ったがーー。
「あのさ。親っていうのは子供が辛い時や困ってる時に助けるもんでしょう?自身の性別が特別かもしれないって悩んでる娘に理解を示したり、正規の方法じゃあ子供が出来ないって悩んでる息子を元気付けたり、そういうのが親ってもんじゃないの?それが何?後継ぎが出来ないのは出来損ない?女に産まれて女性に好意を示すのはおかしい?ちゃんちゃらおかしいわ。それで急に現れたと思ったら私に子供を産め?馬鹿じゃないの‼︎本当に救いようがない‼︎どうして?どうして、そんなことしか言えないの⁉︎」
彼女の怒りに両親は言葉を飲み込んだ。気圧されているといっても過言ではない。しかし、そんな状態にありながら彼等は彼女の言葉の意味を理解しても尚、自分達が間違ったことを言っているとは思っていない表情なのだ。
「ねぇ?本当に真っ当なことを言ってると思ってるの?あんたらさ、子供や後継ぎを作る道具みたいに私や兄さんを扱ってさ。それって、まともな親がーーそもそも人間がすること?そう思ってるなら、もう本当に人生やり直した方が良いよ?神様だってこんな家無くなってしまえって思ったから後継ぎに恵まれないような子供ばかり寄越したんじゃない?私が神様だったらそうするね。本当に終わってるよ。あんたら」
彼女は背を向けた。これほど同じ空間に居たくないと感じた存在は初めてかもしれない。
「お、おい!言っていいことと悪いことがあるであろう!それに待て!ノノワール!まだ話は終わっていない!大体な!貴族ならば跡継ぎの重要性がーー」
あれだけ言ったのにまだそんなことを言っているのか?あまりにも伝わらな過ぎて神経を疑うレベルだ。未だに何かを喚いている両親を無視して彼女は駆け出した。流石に追ってくるようなことはなかったが今の出来事で彼女の心には大きな穴が空いたような気がした。
暮れ行く空に我武者羅に走り続けるノノワール。行き先は決まっていなかった。ただ出来るだけ遠くを望み、走れなくなるまで走った。そうこうしていると寂れている公園が見えてきた。気付けば第四層を越えて第三層にいた。第三層は比較的に裕福な人々が住む場所なのだが、こんな公園があるんだな、と彼女はベンチに座る。
穴が空いた心が満たされず、力が入らぬ瞳から涙が溢れた。結局、自身は誰にも理解されないのだという考えが頭に過って何だかどうでもよくなってきた。何もない、空虚、穴ーー。それは投げやりな感情を醸し出し、ああ、あんな親だからこそ私なんだ。と彼女は思う。
友人達にもぶち撒けたが自身は両親に対して黒い復讐心を抱いている。しかし、それが友人達ならーー特にエルフレッドのような人間だったなら自身の糧にして努力し、復讐心さえも向上心に変えてしまうのだろう。でも、自身はそれが出来ない。自分をこんな風にした人間を同じようにしてやりたい。痛めつけたい。復讐したい。そんな感情を抱く屑だ。
結局の所、根底の人間性は親譲りだ。自身は彼等と同じで屑なんだ。
そんな風に考えると自身は本当にどうしようもない人間に思えてきた。人生やり直した方がいい。親に言った言葉が自分に返ってくる。本当に終わってる。それは自分にも当て嵌まると彼女は思った。救いようのない屑をめちゃくちゃにしたい屑。結局、同じ屑なんだと彼女は感じたのだ。
空を見上げれば空は大分暗くなっている。風は底冷える寒さだ。冬の頃、凍える風に吹きさらされて見も心も冷えた彼女はポツリと呟いた。
「死にたい」
もう終わりだな、と思った。色々頑張ってきた物がガラガラと崩れ落ちていく気がした。仕事でも心無い批判に傷ついて、それでも頑張ろうとした。やりたくない仕事だって沢山あった中でどうにか、ここまで来たというのにどうしようもないことでボロッカスに言われて、それでも前を向こうと訓練を積んで見返してやろうとした事がここに来て裏目に出た。
それも両親の目に止まるという最悪の形でーー。
常備しているサプリメントと精神安定剤の魔法薬を全部飲んだら死ねるかな、と彼女はバックを漁った。何ならお酒で流し込んだら更に効果的かもと考えていた彼女は鞄から飛び出してベンチの上に転がった携帯端末に動きを止めた。
本当にこんな偶然あるのだろうか?理解者なんていないと言っておきながら目に止まったメッセージアプリの友人欄。
エルちん。
その登録名を見た瞬間、彼女の頭は救いを感じた。そうだ。性別の事も何もかも普通に扱ってくれる唯一の理解者がいるではないか。理解しようとしてくれている兄でさえ特別な存在だと思っている自身のことを普通に扱ってくれる友人がーー。
逸る気持ちにSOSのメッセージを打とうとして彼女はその手を止めた。最近、彼は悩んでいる。友人達と物理的に距離が出来ていること。そして、自身が友人達と対等な立場にいないように感じていることだ。
しかも、その考えは間違いじゃない。何故ならば彼は対等に扱うには大人過ぎる。無論、能力の高さもあるが皆に対しての気配りや配慮、そして、問題が発生した際の解決能力の高さーーそういった人間力の高さが対等な存在というよりは尊敬すべき人物として映ってしまうのだ。心弱った時に頼れてしまう。甘えても良い存在に思えてしまう。
だから、自身の行動がまた彼を悩ませてしまうのではないか?という考えが頭を過ぎった。しかし、である。もし、携帯端末を鞄の中に戻して彼に頼らない選択を選んだ場合、自身は何をするだろうか?
答えは簡単だ。二十種類を超えるサプリメントと十錠を超える魔法薬をアルコールで飲下す。その後もどうなるか解らない。副作用が殆どないとされる魔法薬と健康に良いとされるサプリメントだから今回は死には至らないかもしれないが、次は確実な死に場所を探し始めるだろう。
「ごめん。エルちん」
彼女は泣きながら携帯端末越しに何度も頭を下げてメッセージを送った。ベンチの上で膝を抱えて頭を埋める。そうしていると頭をグルグルと悪い感情や暗い感情ばかり過ってーー。
ピロンッ‼︎
彼女は携帯端末のメッセージアプリを開いた。僅か一分で返ってきた返信だった。
『今何処にいる?』
エルちんというメッセージの横に表示された短い文章。彼女は自身が何処にいるのかさえ、よく解らない状況であることに漸く気付いた。GPSの機能で地図を送り『ごめん。ここ』と送って再度頭を埋めるのだ。
(無理だよ。エルちん。対等になんか見れないって......だって頼りになり過ぎなんだもん)
ノノワールの胸に少しだけ希望が宿った。彼の友人達とてそう思っているハズだ。返し切れない程の恩と頼りになり過ぎる彼の人間性の高さーーどうやったって対等な存在になりようがない。自分らに出来るのはせめてもの恩返し程度。彼には申し訳ないが、それが精一杯の自分達を許して欲しい。
少し熱を取り戻した心で彼女はそんなことを考えるのだった。
GPSのマップで送られて来た目的地まで走りながらエルフレッドは考える。彼女にとって両親の存在は正しく害悪だと言っても過言ではない。どんな目にあったかまでは詳細を語ってはくれないが、一時は精神を薬で安定させないと生活出来ないほどであったと考えれば生半可な状態ではない。そして、そんな両親が何故、彼女の前に姿を現したのかは疑問だが、その結果があのメッセージだとするならばロクでもないことが起きたのは明白であった。




