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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(下)
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7

 予選が一ヶ月ズレたという事もあって闘技大会の全国大会までの日付はかなり詰め詰めのスケジュールとなっている。ノノワールの練習に付き合いながら常闇の巨龍の足取りを追っているエルフレッドは割と忙しい時間を過ごしていたことで胸にあった蟠りを思い出す事も無く時を過ごしていた。


 そして、普段は中々に面倒な絡みの多いノノワールの騒がしさというのが意外にも今は心地良かった。それはやはり築かれた人間関係が突然無くなった事に起因しているのだと考えられる。無論、完全に分断された訳ではない。ノノワールとの絡みが出来てからというものの思い出したかのように友人達が連絡をしてくるようになった。どうやら本当に時期だけの話だったようだが依然としてアーニャ優先であることに変わりはなく、付き合いが薄くなったのは間違いない。


 そして、それをどうこう言うつもりは彼には無く、そんな中でのノノワールという存在は割と大きかったのである。今日も今日とて訓練にヒーヒー言いながら、文句とウザ絡みを繰り返す彼女に溜息を吐きながらも感謝する彼であった。


 そうして迎えた全国大会当日ーー。エルフレッドは護衛出来る範囲には居ながら会場入りはせず、王城近くの高級なカフェでコーヒーを飲みながら本を読んで時を過ごしていた。一日、二日目共に同じ場所で決勝で当たった聖イヴァンヌも問題なく倒したという知らせを携帯端末で確認し、問題なく色々と済んだな、とホッと胸をなで下ろしていた彼の元にーー。




『エルちん。私、ヤバいかも。両親が来た。もう死にたい』




 ノノワールから届いた深刻なメッセージに彼はテーブルにお代を置いてカフェを飛び出したのだった。













○●○●













 時は全国大会終了時まで遡る。全国大会出場メンバーでの打ち上げを企画し、今後の予定を話し合って解散した友人達。その中でやはり、実力が足りないなと痛感したノノワールは打ち上げの参加を見合わせる。その後、エルフレッドと連絡を取り、今後の練習計画を固めようと考えていた彼女は一人会場を後にしようとしていた。


 出場選手の控え室から王城を出て観客席の人々とかち合う正門近くで突然ーー。




「ノノワール‼︎」




 呼び止められたのである。最初は誰から名前を呼ばれたのか本当に解らなかった。ほぼ絶縁となってから全く会っていなかった存在を覚えている訳がない。いや、無論、強い恨みを感じていた存在を忘れた訳ではないのだが、声や現在の造形など細かな部分は記憶から消え掛けていたのだ。だから、振り返った彼女は強い恨みと共に存在を認識し、何故今更目の前に現れたのだと怒りに体を震わせた。


「私に何か用でしょうか?アルキッド伯爵夫妻様」


 そして、認識した瞬間から両親だとは呼びたくないと思った。冷たい声、視線、そして他人行儀な言葉に彼等は少し怯んだようだったが目的の為にとそれを振り払いノノワールへと告げる。


「ノノワール。お前が私達に思うことがあるのは重々承知しているが、そのように他人行儀な挨拶はよさないか。アルキッド家の危機なのだ。どうか話を聞いてくれないか?」


 彼女はその言葉を聞いて更に怒りが増した。それと同時に二人に対する情ーー元より露ほどもないーーが冷めていくのを感じた。態々会いに来たかと思えば家の為だと?彼等の辞書に反省という文字はないのだろう。


「家の危機ですか?何を訳の解らないことを......アルキッド家には立派な後継ぎのお兄様が居られるではないですか?私にも理解を示す、貴方達より素晴らしいお兄様がーーそれに何の危機が御座いましょう」


 両親と仲違いした中で唯一信頼の置ける肉親である兄。彼は一般的に特異とされる彼女の性別などにも理解を示し、妹を庇い、両親との仲を取り持とうとした存在だ。結果、その試みは上手くいかなかったものの、彼自身は妹であるノノワールの家族として未だに連絡を取り合い、絆も継続している。アルキッド伯爵家には何ら良い思い出の無い彼女ではあったが、兄が家を継ぐことなった時は影ながら協力出来れば良いなくらいには考えていたのだ。


 少なくともこうして目の前に現れた両親には一切そういう感情はない。寧ろ、早く居なくなって欲しいとさえ思っているのだがーー。


 彼等は何故だか”兄”という単語に妙な反応を示した。才能に満ち溢れ、アルキッド家は安泰だと両親でさえ認めていたはずの兄に対して何故そんな侮蔑を送るような忌々しい表情を浮かべるのだろうかーー。


「お前はアヤツとの親交が残っているにも関わらず何も知らないようだな。我々は騙されていたのだ。アヤツはとんでもない出来損ないだったんだ」


 父親が強い口調で兄を非難し始めた。あの神童のような扱いを受けていた兄が出来損ない?ノノワールは両親への嫌悪を更に強めながらも父親の言葉が消化出来ず閉口する。


「そうなのよ。ノノワール。あの子ったら後継ぎを作る機能がおかしくて......どうやら通常の営みでは後継ぎを作ることが出来ないらしいのよ。だから婚約も破談になってしまって......本当に良い恥さらしだわ」


 その言葉を聞いた瞬間ノノワールの頭は怒りに沸騰し始めた。兄がどういった状況でそうなったのかは解らないが、きっと本人だってその事実を知った時に相当のショックを受けたハズだ。そんな兄を支える事もせず”出来損ない?””恥さらし?”この両親は本当に救いようがないと彼女は感じた。


 もう話どころか声も聞きたくはなかったが兄の事を考えると彼等がここに来た理由を知る必要がある。そう判断した彼女は恐ろしく冷え切った声でーー。


「家の現状については理解致しました。それで私に会いに来た理由はなんでしょうか?」


 そんな彼女の様子に全く気付かずーーどころか話を聞こうとしている状況に態度が軟化したとすら考えている節がある父親は今までと変わらない様子で告げるのだ。




「だから、お前には申し訳ないが分家の倅と婚姻を結んで欲しいのだ。そして立派な後継ぎを産んで欲しい」




「......は?」




 ノノワールは理解の範疇を越えた言葉に頭が真っ白になった。驚きを通り越して言葉の意味を飲み込むことさえ出来ないでいる彼女に対して母親は笑みを浮かべつつーー。


「そうなのよ。勿論、貴方の性別については目を瞑りましょう。何なら後継ぎさえちゃんと産んでくれたら、その後は好きな同性とでも一緒に居てくれて構わないわ?ただ、家の存続にどうしても後継ぎは必要なのよ。理解してくれないかしら?」


「それにだな。お前は性別には問題があるが女優になれるほどに美しく、アードヤード王立学園で特待生になる程の才能を持っている。そして、今回の大会を見て驚いたが剣術や魔法の才能まであるではないか!その特別な才能は後世に残さねば勿体なかろう!」


 何処の何から何を言えばいいのか、いや、そもそもどういう感情を持てば良いのかーー全てが解らなくなってしまい呆然と立ち尽くしている彼女の前で両親は「あれだけ才能に満ち溢れていれば性別など些細なことだ」とか「本当に娘が居て良かったわ。何とかなりそうですもの」などと好き放題言っている。暫くして、これ程までに目の前に居る二人と自分は遠い存在だったのかと理解が及んだノノワールはーー。


「......ハハハ」


 笑った。

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