5
エルフレッドの頭の中には未だにあの舞台の情景が残っている。そして、あまりに素晴らしい印象だったので実はあの後もリュシカと一緒に何度か舞台を観に行った程だ。どの舞台でも彼女はハイレベルに役をこなし、演技としての戦闘技術には光る物さえ感じた。演技の素人として観ているに当たって彼女の実力というのはとても素晴らしいものがあると感じていたのだ。
しかし、彼女は少し暗い表情になって「これは直接、武闘大会に関係無いから言うかどうか迷ったんだけど」と肘を着いてーー。
「アンチがただ言ってるだけかも知れないし、真に受ける私の方が馬鹿なのかも知れないけど......最近、メイカちゃんと比べて戦闘関連があからさまに演技だって批難する声が上がってるんだ。そりゃあ、メイカちゃんはあの聖イヴァンヌの出身で世界大会優勝者だから戦闘技術については比べ物にならないんだけど......何だか悔しくって......」
「......いや、演技は演技だろ?本格的なの物が観たいなら小国列島のコロッセオにでも行けばいい」
本格的な戦いが見辛い世界なら未だしも、この世界ならば戦闘は幾らでも転がっている。学生レベルの武闘大会でも下手をすれば死者が出かねないレベルの戦闘が行われる世界だ。半ばルール無用のコロッセオでは年間に何名かの死者が必ず出る程の過激な戦いが行われており、観ている観客達を血湧き肉踊る興奮に巻き込むという。
要するに住み分けて見る場所は幾らでもある。それでも満足出来ないならば冒険者稼業でも行って戦いに行けばいいだけの話だ。求める事自体が筋違いのように思えた。
「エルちんって意外と辛辣だね〜。まあ、そうなんだけどさ。私としても同期のーーある意味ライバル的な存在と比べられたら、ちょっと思うところがあるって訳よ。それにほら、エルちんとかルールーとかが戦ってる時って目が惹かれる物があるっていうか?イムイム、リューちゃんはそれぞれ華があるしさ♪そういうのって本格的なもの故の何かなのかな?って、そういう風に感じちゃうんだよね〜」
そう告げるノノワールの瞳には憧れのような色が見えた。エルフレッドは完全に別の方面の物として捉えていた為に彼女の言わんとすることを全て理解することは出来なかったが、単純に洗練された戦闘技術同士の戦いには見る者を惹きつける何かがあるのは事実であり、元来の容姿と相まって、それはそれは華のある姿を見せる者が居るのもの事実だ。
そういう部分が演技に応用出来るのではないか、と考えるならばそうであるかもしれない。そして、実際にメイカという好例が居ると言われれば頷ける話でもあった。
「まあ、そこまで言うならば教えること自体は全く問題無いぞ?とはいえ、不恰好な癖がついたり距離感が掴めなくなる可能性は否めない。やってみて本業に支障が出ると感じたならば即座に辞めることをお勧めする。そんな感じで良いか?」
「OK〜♪それで良いよ〜♪てか、距離感云々は確かにありそうだけど不恰好ってのはあんまり心配してないかな?ウチ等の仲間達って基本洗練された技術の上で成り立った動きで戦ってるから妙なトリッキーさとかは見た感じないんだよね〜。荒々しいって意味ではイムイムはもう凄まじいくらいの破壊神だけど、それも別に変な形で斬りかかってるとかじゃないじゃん?しかも、それを教えてるのって最近だとエルちんでしょう?だったら何も問題ナッシング〜♪って思う訳さ♪」
「なるほどな。まあ、そこまで考えての発言ということならば何も心配しなくて良さそうだな。了解。時間が合う限り教えるとしよう」
「やっり〜♪エルちん最高♪一連の大会が終わったら絶対になんか御礼する〜♪ありがと〜♪みんなの頼れるパパって感じ〜♪」
「......お前、次それ言ったら絶対教えないからな?」
本気と書いてマジと読むーー冷たい瞳を向けながら告げる彼に「真に申し訳ありませんでした。エルフレッド様。下賤な私目に教えを乞うチャンスを下さいませ」と机の上に両手を着いて頭を下げるノノワールであった。
「全く、本当に調子のいい奴だ」
そんなことを言いながら思わず自身の口角が上がっている事に内心苦笑せざるを得ないエルフレッド。なんだかんだ言って馬の合う友人である彼女との掛け合いをこうやって楽しんでいる自分が居るのである。また、頼られるという形では合ったものの仲間の為に動くというのは自身の性に合っているようで嫌という気持ちはない。
(役割が変わらぬ事に不満を抱いても仕方がないのかも知れないな)
あくまでも対等にとはいかないのかも知れないが、こういった話の上では対等な関係である訳であり、何処に落とし所をつけるかはあくまでも自分自身なのだと気持ちが軽くなったエルフレッド。自身の単純さに少しばかり苦い思いを抱きながらも久々の友人との掛け合いを楽しむ彼であった。
○●○●
第二層の平民向けで有りながら少しお洒落なBARへと集まったイムリアとウルニカはカウンター席に隣合わせで座り、無言の時を過ごしていた。
暫くはマスターがシェイカーで振ったオリジナルカクテルをチビチビと口にしながらBGMのジャズに耳を傾けて気を紛らわせていたものの、無言に堪え兼ねたウルニカは、隣に座り神妙な顔でカクテルを口に運ぶ親友へと声を掛けた。
「その......何度も確認するようで悪いのだけど......妹さんが好きな相手ってあの七大巨龍のアルドゼイレンで間違いないのよね?」
二回目の集まりなので事情は大体察しているもののあまりにも非現実的な話なのでついつい確認してしまうウルニカである。七大巨龍という存在は基本的に人に害を為す存在であり、地方信仰の神として怒りを抑える為に崇められるような存在だ。話によるとアルドゼイレンはその中でもかなり異質な存在のようで、人族被れを自称し、敵対する可能性の高い龍殺しの英雄エルフレッドと友好関係を築いているというが実際に目にしたことのないウルニカからすれば俄かに信じられない話であった。
「ああ。その認識で間違いない。私自身を餌に聞き出した情報によると自身に女性的な魅力を感じないことを愚痴った妹に対して”自身が人族ならば其方を番いに選ぶであろう”と言い放ったそうだ。それから気になり始めた所で自信をつけさせると豪語してコーディネートしたり、巨龍が大切にしている宝物庫の中から髪飾りをプレゼントしたりともう尽くすも尽くされていてな。妹は完全に落ちている。ぞっこんだ」
妹が異常なシスコンであることを利用して、添い寝したり一緒にお風呂に入ったりと何処となく恥ずかしさを感じる行動を取りながら集めた情報がそれだった。更には自身の住処に連れて行き戦闘訓練までつけているという話はイムリアにとってはちょっと別の方面の妄想を掻き立てられてしまう状況でもあった。
「それは......まあ......確かに惚れちゃいそうね......そもそもの相手が巨龍で無ければの話だけど......」
カクテルを飲みながら何とも言えない表情を浮かべるウルニカ。アルドゼイレンの考えは解らないがイムジャンヌの目線で見れば凄く魅力的な異性(?)であったことだろう......巨龍だけど。
悩みを解決してくれようと尽力し、励ましの言葉をくれて、プレゼントもくれる。甲斐甲斐しいことこの上ない相手である......巨龍だけど。
「更に言うとアルドゼイレン殿はとても家庭的だそうだ。料理が得意で家事全般をこなせる。更には少し人族の常識に疎いところが天然ぽくって可愛いというのが妹談の総括だ」
「......待って。私、今巨龍が何なのか解らなくなってきたわ。それってアルド=ゼイレンさんとかいう別人の話じゃないの?」




