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闘技大会当日もエルフレッドはクラスメートに紛れる観客席に座っていた。少しずつ日常面での回復を見せているアーニャが迷惑を掛けたからとセコンドの役割を引き受けたからだ。遠くから見る分には確かに以前と変わらない笑顔が見えている姿に安心する面もあるが社交界に出ている母の話を聞いていると正常になったとは思えなかった。
多くを語るは忍びないが、愛に狂わされている彼女をレーベンに向けるべき愛情の行き場を失った王妃が助長させている状態である。そして、それを止めれる者が居ない。王女殿下は未だ立ち直れず母親である王妃に寄り添われたままーー王とて止めるべきだと思う気持ちはある。しかし、否定すれば王妃や義娘がどうなるか解らないという精神状態にある為に黙認せざるを得なかった。
そして、彼女は満たされ精神に安寧が訪れている。その姿を見て王妃も安心感を強めている。少なくとも年若き自身の愛娘の悲しみに寄り添える程度には回復しているのだ。その根幹となる部分が狂っているという話だが突けば壊れかねない。内容とて倫理や道徳は疑われるが犯罪ではない。それさえも彼女の計算の内なのかは彼女自身にしか解らないがーー。
ともあれ、そんな状況での表面上の回復は彼女がエルフレッドを許せる程のものではないとエルフレッド自身が一番良く理解していた。狂気という部分を見れば、より進行しているのだから、今の現状を作り上げた自身に対する感情もまたより悪く傾いていると考えて間違いはないだろう。
闘技大会予選は二年Sクラスが圧倒的な力とジン先生、そして、アーニャの的確な指示によって危なげなく勝利を重ねていった。皆が皆して学生の域を超えているメンバーというのもあるがリュシカの出場はあまりにも歴然とした差を作り過ぎている。無論、彼女の努力の結果故に責められるべき所は無いが、これはあまりにもーー。
エルフレッドは予選に見るところはないな。と席を立った。決勝トーナメントはアマリエ先生の手腕によっては見所が生まれそうだが果たしてどれ程のものかーー劣勢の方がより輝くとされる策略家の手腕に期待したい。彼はノノワールが出店に尽力した街の揚げパン屋の屋台に並び、牛乳と共にそれを食べた。
何時も通りのーーいや、味は何時も以上に美味しい。しかし、何故だろうか?何時もと比べて満たされるものが少ない事を彼は不思議に思わざるをえなかった。
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武闘大会、決勝トーナメントも大概予想通りの展開であった。三年Sクラスの生徒は頑張ったものの優勝は二年Sクラスである。とはいえアマリエ先生の策略は随所に輝きを見せて、ノノワール、アルベルトを倒しライアン先輩の実力を持ってしてイムジャンヌをも倒した。結果、ルーミャに敗れたものの大健闘であったといえよう。神化は使えなくとも神化中の動きを頭で理解し、実際に戦いに反映している彼女の動きは洗練された技術の塊である。B〜Aランクに届かんとする冒険者ですから勝つのが難しいレベルに到達しているのだ。
そして、休暇を挟んだ休み明けに代表の発表ーー予想外にもノノワールも選抜に残りーー残りはまあ順当であるが二年Sクラスの全員と三年Sクラスからライアン先輩含む三人、以上八名の選出。セコンドにアーニャと教師枠はアマリエであった。ジン曰く僅差でのアマリエ選出だったと悔しそうにしていたが、本当の所は解らない。多くは予定通りだったが、ここに来て友人達の中でエルフレッドの元へと姿を現した者が居た。それはーー。
「助けて‼︎エルえもん〜‼︎代表に残っちゃった〜‼︎お願いだから鍛えて〜‼︎」
「......俺は国民的猫型ロボットか?そして、お前はいつも騒々しいな。ノノワール」
そもそも代表に残るつもりは無かったのか?と聴きたくなる彼だったが実力的にも三年Sクラスの生徒と大差無いレベルでの選出はこういった未来を予想されてのものだったのかも知れない。
「う〜ん?どちらかと言うとお父さんって感じ?助けてパパ〜♪」
「......帰れ。大体、図書室で煩くするな」
ある意味今一番言われたくない言葉を言われてイラっとしたエルフレッドがシッシと手で追い払おうとすれば彼女は泣き縋りーー。
「冗談だって‼︎何怒ってんのさ‼︎お願いだから優しくしてよ〜‼︎私達の仲じゃん‼︎冷たくしないでよ〜‼︎」
わんわん泣きながらそんな事を宣う彼女に事情を知らない一年生を中心に彼へと視線が集まってくる。エルフレッドは慌てて彼女の口を塞いで「解ったから勘違いされるような事を言うな!少し落ち着いて黙っていろ‼︎」ともがもがしている彼女から手の口から手を離して溜息を吐いた。
「流石、エルちん〜♪私の心の友よ〜♪話が解る♪」
「......お前の中の親友って本当に都合が良いよな?......大体、連絡も寄越さなかった癖に......」
思わずポロリと本音を零した彼に一瞬、キョトンとした彼女はニヤニヤとした表情を浮かべてーー。
「え、なに?何々?連絡無くて寂しくなっちゃった系?拗ねたの?ねぇ?プイフレッド?もしかしてプイフレッドーー「やっぱり帰れ。お前に使う時間はない」
手に持った本を終い帰ろうとするエルフレッドに「だから冗談だって‼︎怒らないで‼︎ゴメンってーー」と焦った様子で着いていくノノワールだった。
とりあえず、エルフレッドが折れて今後のメニューを決める為に学内のカフェへと向かう。学生に優しい値段ながら本格的な挽きたてのコーヒーが楽しめるこのカフェは一部のコーヒー好きな生徒に多大なる支持を得ていた。軽食のサンドイッチとブラックコーヒーを頼んで席に着けばノノワールが携帯端末で何やらを忙しく打ち込んでいた。
「どうした?」
「うん?ああ、カロリー計算。日々の積み重ねだからね〜♪」
ビッシリと書かれた食事のカロリーと一日の摂取上限を照らし合わせながら「んで、足りない栄養はサプリメントで......」と小分けにされたプラスチックケースの中から錠剤を取り出して飲んでいる彼女の姿を見ていると、こと女優業においては本当に頭が下がるほど真面目なんだが......と苦笑するエルフレッドである。
「それで、どういう風な強さを求めているんだ?」
コーヒー片手にエルフレッドが訊ねると彼女は人差し指を顎下に当てながら「うーん......」と唸り声を上げてーー。
「そだね〜。こうビューンとして‼︎ズバとして‼︎クルンとして♪ビビビビみたいなーー「とりあえず世界共通語でお願いします」
呆れながらコーヒーを啜るエルフレッドに対して「いや、世界共通語しか喋ってないし‼︎」と彼女は笑いながらーー。
「覚えたいのは剣術と体術かな〜。今後の演技にも役立つしね。やっぱり、本物の武術を覚えてる人の演技って迫力とかが、だんちだし?んで、魔法はあの空を飛ぶ上級魔法まで覚えたい!!あれも、やっぱり舞台で使えると役の幅とか広がりそうだからさ♪天使の役とか♪」
サンドイッチを食べながら話を聞いていたエルフレッドは「ノノワールのように人を直ぐに裏切り、掌を返す奴が天使の役なんて烏滸がましい事この上ないが......」と冷静に返した上でーー。
「確かに舞台で役立つ技術も無いことは無いと思うが......やっぱり演技のそれと剣術のそれは違うと思うぞ?それにミュゼカ役の時のノノワールの迫力は凄まじかったからなぁ。必要かどうかと言われれば少し疑問なんだが......」




