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エルフレッドが訊ねるとカターシャは満面の笑みを浮かべながらエッヘンと胸を張りーー。
「私、友達三人しか居ませんので時間はたっぷりあります。まあ、兄みたいな社交性は無いですし、この能力は基本嫌われますからね。堂々と宣言している私に近付こうとする人間の方が少ないんですよ!」
「......こう言っては何ですが私はカターシャ様の方が心配になって参りました」
何とも言えない表情で言いづらそうに告げるエルフレッドに対して彼女は「そもそもが私はあまり人間付き合いが好きではないので寧ろ好都合です。勝手に選別されてくれますからね!だから、そんな表情はしなくて結構ですよ!後、先輩はフェルミナちゃんや兄の恩人ですので嫌じゃないです」と何だか誇らしげな表情を浮かべている。
「本人が良いなら良いのでしょうね。自分も昔は少ない人付き合いを好んで居た気がします」
思えば、爵位が上がる前の自由気ままな冒険者時代は人間関係も少なかった。その場限りの付き合いも多かった。更に言えば入学当初などはギルドに入り浸り、勉強ばかりを頑張れば良いくらいに思っていたハズだ。それが今になって人間関係で悩むとは......人とは変わるものだなと思わされたエルフレッドである。
「ふふふ、では私と一緒でしたのにエルフレッド先輩は環境に合わせて変わられたのですね?それは慣れないことをして疲れてしまったのではないでしょうか?」
慣れないことをして疲れた。確かにそういう部分はあるかもしれない。考えれば考える程に不思議だ。人付き合いが広がり、人間関係が構築されたのは僅かこの一年半程度の間だ。それまでの十五年ほどは少なくとも公式の場さえしっかりしておけばよいくらいのものだった。そう考えると今、少し連絡が取れなくなったくらいで悩んでいるのが少しアホらしく思えてきた。
「あ、でも、人間関係を構築出来るようになったこと自体は非常に良いことですから、私みたいになろうと思ったら駄目ですよ?うん?ああ、先輩の場合はこっち側に戻ってきては駄目ですよ?の方が相応しいのでしょうか?」
こっち側という言い方に少し吹き出してしまったが幾分か胸が軽くなったのは事実だった。彼は「カターシャ様ありがとうございます。大分、胸が軽くなりました。連絡の件はよろしくお願いしても良いですか?」と訊ねれば「もちろんです!エルフレッド先輩がこちら側に戻って来ないように精一杯サポート致します!」と彼女はフンスと力んだ後に楽しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは御礼と言っては何ですがカフェでコーヒーでも良いかがでしょうか?」
「ふふふ、先輩。先輩は善意のつもりでしょうがそれは良くない奴ですよ?きっと周りは二人で現れた私達に邪智して要らぬお節介をリュシカ様とかにし始めるハズです!ですのでお礼はまた何か別の形でお願いしますね?」
そう言って笑う彼女に歳の頃は後輩ながら気遣いの素晴らしい女性だな、とエルフレッドは感心するのである。
「かしこまりました。それではまた何かの折に御礼で伺います」
「はい!では、今日はこれで!」
お目当の本を抱えて図書室を去っていくカターシャ。その後姿を眺めながらもう少し頑張れそうだな。と感じたエルフレッドであった。無論、綻びが修復された訳ではないが少なくとも今日一日は悩まないで済みそうだと思ったのである。
「とりあえずコーヒーだな」
彼は背伸びをしてカフェへと向かった。心持ちが変わったことで少し見えてくる世界が変わってきた。学園のカフェのコーヒーでも少しは楽しめそうな気分であった。
○●○●
闘技大会の練習とアルドゼイレンとの訓練を同時にこなしているイムジャンヌは自身がメキメキと成長しているのを感じていた。そして、見た目もドンドン美しくなっていっているようだった。まあ、どちらかと言えば可憐とか愛らしいとかそっち側だろうが見た目が良くなっているには違いない。
少しづつアピールしていきたいとは思っているものの如何せん巨龍が好むものとは何だろうか?そして、異種族との恋愛は成立するのか悩み始めたら止まらないのだ。
鏡の前に立って少し身嗜みを整えてみる。姉と比べると比べるまでもない程に幼稚で貧相なスタイルをしている自分の姿が映った。アルドゼイレンは美しいと言ってくれたが自身で見ていると溜息が零れ落ちる。理想と現実は大きく離れているな、とも思った。
(最近、男子に声を掛けてもらえるようになったから絶対に良くなっているとは思うけど......)
皆には言ってないが何度か告白をされた。嬉しいかと言われれば微妙だ。自身で言ってて悲しいが150cmに満たない自分に告白するなど、きっとロリコンだ。話した訳でも無いからほぼ確実にそうだ。そう考えるとちょっとキモい。指で髪を巻いてみてツルンと落ちた髪に再度溜息、そろそろ時間かと彼女は部屋を出た。
「あ、お姉ちゃん」
「イムジャンヌ。ちょっとだけ時間良いか?」
時間は微妙に無いのだが姉から求められていのは正直嬉しい。アルドゼイレンには少し悪いと思いながらも姉に飛び付きながらーー。
「良いよ。お姉ちゃんの為なら幾らでも時間有る」
「.......いや、それは流石にアルドゼイレン殿に悪い。そんなに時間を取らせる訳ではないが......そろそろ好きな相手とやらを紹介してくれないか?正直な所、姉として心配なんだ......いや、今更姉としてというのも少し変な話なんだが、最近、相当女子力とやらに力を入れているように見えるし、実際に美しくなっている。可憐になった妹が選んだ相手が誰なのかと、まあ、家族全体で心配事になってるからな......」
イムジャンヌは迷った。別に隠し続ける気はないが家族に伝えるのはせめて結果が解ってからにしたいという気持ちが強い。とはいえ、姉だけになら教えても良いかな?という気持ちがない訳ではないのだ。姉に伝えて全く広まらないかと言えば解らないが家族や自身の友人に内緒にしてもらえれば良いかな?とも思えるのである。
「お姉ちゃんだけなら良いよ。家族や私の友人には絶対内緒にしてね?」
相手如何によっては家族にも伝えたいと思っていたイムリアはその条件に悩んだが、家族やイムジャンヌの友人に話さないのならば良いという条件ならば、騎士として忙しいウルニカに会った時にでも相談するくらいは出来る。そして、誰も知らないよりは自身が知っていた方が良いのではなかろうか?という気持ちがあった。若干、興味本位もあるだろうが変な相手ならば断固止める。という気持ちはそれほど悪いものではないだろう。
「わかった。相手如何によってはウルニカに相談するかも知れんが、イムジャンヌが伝えて欲しくない相手には伝えないと約束しよう」
「うん。じゃあ、こっち。今から来る」
イムジャンヌはイムリアの手を引いて歩き出した。イムリアは今から来るという言葉になるほど、アルドゼイレン殿の特訓に参加している人物なのかーーと少し胸を撫で下ろした。あの巨龍は人族との少し考え方がずれている所があるが、とても真っ当な存在である。その巨龍が選び訓練をつけると言った相手ならば如何程か信用出来るというものだろう。寧ろ、それならば何故隠すのか?とも思わなくはないが、妹にとって初めての恋心のようだ。単純に恥ずかしいのかもしれない。
何だか微笑ましい気持ちになったイムリアだったが、その微笑ましさは一瞬で無くなる事となる。
「来た」
天空から飛来するアルドゼイレンを指差してイムジャンヌは言った。背中に誰か乗っているようには見えないが姿が隠れているだけだろうか?とイムリアは首を傾げーー。
「イムジャンヌ、誰も乗ってないように見えるが?」




