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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(中)
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 最も親友であるカーレスが最も最悪な可能性を以ってサンダースの意見を否定した。無論、諦めた訳ではない。諦めたい訳でもない。だが、現状は何の救いもないことを理解しなければ、それは単なる現実逃避だ。


「何だよ......それ......あんなに幸せそうだったのに......何でこんなことになっちまうんだよ......畜生っ‼︎」


 誰もが抱いている怒りを代弁するようにサンダースが地を踏んだ。パラパラと涙が床に染みを作る。王宮のカーペットを汚す行為ではあったものの、それを咎める者はここには居なかった。




「アーニャ殿下。どうなっちゃうの?」


 少し離れた所でその光景を眺めていた二年Sクラスの友人達。イムジャンヌがルーミャの裾を引きながら言えば、彼女は努めて冷静にありながら彼女の頭を撫でてーー。


「多分、話を聞く限りだとエルフレッド次第って感じかなぁ。エルフレッドが食い止めてくれれば何のお咎めもなく、その後の事もアーニャが決めれる立場になるって感じぃ?でも、エルフレッドが止めれないと......」


「......暗殺者の件は何のお咎めもないとしても王都破壊に護衛達への私刑、そして、最悪、英雄の殺害......その先は言わなくても解るよね?」


 力無いアルベルトの言葉にイムジャンヌは肩を震わせた「そんなのって......無いよ......何で?どうして?」と表情の解りづらい瞳からポロリポロリと涙を流すのだ。


「私、演者だから解っちゃったけど......このシナリオを書いたのはアーにゃん自身なんだよ......あんだけ頭が良いから自分が起こした行動がどういう結末を描くかなんて解らないわけがないんだ......きっとレーベン先輩が目覚める可能性がもう......それで絶望しちゃったんだ......」


 ノノワールは自身の経験から今回の話を台本のように考えた。シナリオライターは誰なのか、そして、そのシナリオは何に向かっているのか、読み取り、考え、真実に辿り着いたのだ。


「......ならば......私達に出来ることはエルフレッド信じる事だけか......アーニャ......辛い時に近くに居れないですまん......」


 リュシカは自身を助けてくれた親友が辛い時にこのような安全な場所で待ち続けなくてはならない現状を悔いた。激情のままに飛び出そうとしたが不可視の結界に阻まれて弾き返された。幾度も繰り返す内に仲間達に取り押さえられ、無力感に苛まれる他無くなったのである。


 エルフレッドの件で沢山救ってくれた、寄り添ってくれた大切な友達が苦しんでいるというのに自身はこうして王宮内で守られて二人の決着が着くまで祈りを捧げておくことしか出来ないのか?何度も叩いた不可視の結界は外界との関係を断ち切っている。答えは解りきっていた。


(エルフレッド......お前に託すことしか出来ないのだ......無力な私を許してくれ......)


 大切な親友と愛する人の戦いーー多くの人生でも早々訪れることのない緊迫した事態。見届ける事さえ叶わない自身の状況に無力さを感じながらリュシカはただ祈りを捧げるのだった。













○●○●













 先に動いたのはアーニャだ。纏う炎の中で彼女が手を振るえば白焰で構成されし巨大なる九尾が爪を振り下ろした。豪雨の蒸発の音と共に地面を焼き、死に絶えた大地が水を欲する。エルフレッドはその攻撃を避けながら風の刃を放ち、距離を詰めんとする。しかし、白の焰は風をものともしない。その勢いを止めることなく反対側の爪を振り下ろすのだ。


 エルフレッドは風を纏いし大剣を振り下ろし真っ向から爪と打ち合った。白の熱波が肌を焼いた。馬鹿げた威力のそれに顔を顰めながらも彼の大剣はアーニャの作り上げた九尾と拮抗している。込められた力に全身の血管が隆起し、体が限界を訴える彼に対してアーニャの表情は何と涼やかな事だ。右、左と繰り返し出された爪の拮抗を嫌い、勢いもそのままに回転、尻尾と後ろ足による蹴りがエルフレッドの前を通り過ぎた。


 瞬間、ゾワリと全身が総毛立ち、当たればタダじゃ済まないと警笛を鳴らした。尾と足の軌道上に撒かれた仄かな火の粉ーーパラパラと撒かれたそれが当たるもの全てを燃やし尽くす。倒壊した建物の一部が溶解し、障壁ごしでも火傷を負うくらいの熱が彼に襲い掛かるのである。


 あまりに馬鹿げた強さに思わず笑ってしまう。自身が相対している存在を元々は人の枠に入れて戦おうと考えていたのが阿呆らしい。ここまで来れば最早、巨龍と同列ーーいや、場合によってはそれ以上の存在だ......場合によっては?違うな。元々、本人が言っていたではないか?自身は半神であるとーーそもそもの格自体は巨龍より上の存在だ。それに相応しい実力を今正に見せているというだけの話である。


 エルフレッドは全てを避けきった後に竜巻と共に襲い掛かる爆発的な威力を相殺するにはこちらもそれ相応の力を使わなくてはらない。体に纏いし竜巻は元来は多くの者を巻き上げ粉々にしてしまう破壊の一撃である。だが、今回の戦闘では弱点属性である炎の余波を防ぐ防御にしかならない。


 振り上げられた大剣に合わせて竜巻が唸り声を上げて歪み、倒れ、振り下ろされる。恐ろしい風圧の回転運動が質量を持った焰の九尾とかち合い鍔迫り合った。両手を頭上でクロスするようにして防御の姿勢を取るアーニャに合わせ、焰の九尾も前足で頭を防ぐのだ。重々しくも荒い一撃がアーニャの体を引き裂かんと下に下に押し込まれるが、焰の九尾を掻き消すには到らない。寧ろ、踏み込みの両足をガニ股に開き、力を込めて押し返さんとする憤怒の表情の彼女に徐々に勢いを無くし押し返され始めているのだ。エルフレッドはその光景に額の汗を拭う間もない。


 ならばと頃合いを見て力を抜き、押し上げられた勢いを利用して回転、下から上へと竜巻を振り上げた。地面を直線上に削り突き上げるように襲い来る暴風は少し驚いたと瞳を大きくしたアーニャの頬を軽く削いだ。薄く凪いだ右頬に傾げられた首ーー彼女は親指で右頬を撫でるとそれをチロリと舐めてーー。


「......驚いたミャア。まさか弱点属性である風にこの姿で傷付けられる事があるなんて思いもしなかったのミャ」


 さも意外と言わんばかりの表情に全く焦りの色がないのは言葉の割に()()()()()()()()()想定内ということなのだろう。エルフレッドは内心苦笑せざるを得ないがそれでも表面上は全く変わらない態度を装った。完璧に防ぐことが出来ない熱波に焼かれてケロイド状になった肌を回復魔法で治し口角を上げて笑って見せる。


「これでも伊達に英雄と呼ばれているわけではない。半神様は中々遠いようだが、まあ、届かないというわけではないようだな」


 彼が安い挑発だ、と思いながらも告げれば彼女は面白くなさそうに鼻で笑いーー。


「この程度で満足ミャ?だが、これが最後の当たりかもしれないミャ。半神に傷をつけられたことを存分に誇るがいいのミャア......あの世でミャ」


 白の焰はより濁りを強め、白の九尾は彼女の怒りに反応するかのように瞳を赤々と染め上げる。振り上げられた手に呼応して九尾は天に轟く程の怒りに満ちた咆哮を上げた。九尾の鼻先に劫火を思わせる密度の高い白の球体が浮いた。小さくも辺りを眩しく照らすそれはより澄んでいれば、それに浮かぶ太陽のように思えたことだろう。


「妾の焰は大地をも溶かす......”裁きの太陽”。果たしてお前に受け止められるかミャ?」


 無慈悲な表情のまま濁った太陽を作り上げたアーニャ。負傷して動けぬ者と自身を守るために最大限の防御の障壁を張ったエルフレッドのことなど眼中にも無いかのように彼女はその太陽を地面へと叩きつけるのだった。

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