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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(中)
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 荒れ狂い暴走する神となったアーニャの視線は次に護衛を行なっていた者に向いた。彼等は最善を尽くしたが巨龍の魔法には勝てなかった。しかし、彼女はその事実を知らない。無能が故にレーベンを守れず、この事態を引き起こしたと思っている。


 アーニャは大地に拳を打ち下ろした。その瞬間地面が捲れ上がり、直下型の地震のように縦に波打って地割れを起こす。まさに天変地異の様相を醸し出した婚約式会場は護衛をしていた者達に多くの負傷者を出した。そんな彼女の瞳に映ったのは赤の宝石だった。今し方貰ったルビーの指輪にアーニャは動きを止めた。純愛の意味を持つルビーのーーピジョンブラッドの指輪を暫し眺めた後に大地を打った左手で愛おしげに撫でる。


「レーベン様から貰った物は大切にしないとミャア」


 指輪とネックレスを外し、理力の式の中で空間魔法に当るそれの中に仕舞おうとして彼女は自身の手が震えていることに気付いた。永遠の純愛ーーそれに答える前に彼は長い眠りに着いてしまった。母は尽力すると言ってくれたが同時に期待するなとも言った。彼女の瞳からは土砂降りの雨よりも強い大粒の涙が溢れ落ちた。


「妾が......恥ずかしがったから......いけなかったのミャア?せめて......伝えてあげられれば......何か違ったのミャア?」


 感情が高ぶっていく。深い悲しみと後悔の念が胸に広がった。苦しくキュッと音を立てるかの如く締め付けられる胸を打つ悲しみと後悔は次第に黒の感情と混ざり彼女の心を侵していく。


 本来狙われていたのは誰か?そして、それに気付かず、守られ生き長らえた愚か者はーー。


 自身への怒りに再度震え始めた自身の手ーーこのままでは大切な婚約指輪でさえ握り潰してしまう。彼女は名残惜しくも思いながら、そっと空間の中に婚約品をしまった。


 憎いーー。


 瞬間、彼女の負の感情を抑える全ての物が消え去った。


 憎い、憎いーー。


 自身は今まで人の為に生きてきたではないか?多くの人々を助ける発明品だって作り上げた。


 憎い、憎い、憎いーー。


 そんな自分がただ一つの幸せを得ることさえ許されないというのならば、こんな世界はいらない。


 憎い、憎い、憎い、憎いーー。




 全てを壊してしまおう。自身も含めてーー願うは破滅だ。




「ニャハハハハハ‼︎ハハハハ‼︎アアアア‼︎」




 彼女は笑った。笑い泣き、狂乱に慟哭の声を挙げるアーニャが足を踏み鳴らした。それだけで大地は踊り狂う。彼女が突き上げた拳を天に向ければ空に浮かぶ雲ですら白の焔で蒸発した。正に地獄絵図の状況で人々は神の怒りとはかくも怖ろしく、苛烈なものなのかと恐怖に打ち震えるしかなかった。


 そんな最中ーー。


「......すまん。俺が気付くのが遅かったばかりに......」


 白の焔の前で涙する緑の風が大剣を抜いた。


 明らかに命に関わる量の血溜まりと普段の姿からは想像出来ない程に暴走する彼女の姿を見れば何があったのか想像するのは容易かった。


「お前が妾の邪魔をするニャアアアアア‼︎」


 ギロリと視線を動かしたアーニャは怨敵に浴びせるような怒声を緑の風ーーエルフレッドに向ける。そんな姿に彼は深い悲しみを抱いた。


 利害一致の政略結婚だと聞いていた。前向きに進もうと考えているが今はまだ感情はないとーー。


 しかし、このどうしようもない程の怒りは二人の間に築かれたそれ以上の感情と幸せがあったからに違いない。本来ならば皆で喜び祝福されるべき幸福が彼女をここまで狂わせてしまったのだ。


 瞳を閉じた彼は悲愴の決意に染まった表情で瞼を開いた。そして、大剣を正眼に構えて告げる。


「謝罪ならば後で幾らでもしよう。しかし、アードヤードの英雄としてこの事態を治めねばならん」


 その言葉を聞いたアーニャはさもおかしいと言わんばかりに目元を抑えながら嗤う。そして、嘲笑い、失笑。一転して怒りに歪んだ表情を浮かべながら相対するエルフレッドへと襲い掛かった。


「仲間の一人も救えない凡人風情が‼︎英雄を語るなど片腹痛いミャアア‼︎」


 確かに暴走しているアーニャの言葉だが、あまりにも的確だった。自身を奮い立たせるために"アードヤードの英雄"などと語ったが、実態は仲間の窮地に気付くのが遅れ、最悪の事態が起きた後にノコノコと現れた間抜けな凡夫だ。


 返す言葉もないエルフレッドは「......すまん」とだけ呟いた。白の焔を纏い襲い来る彼女を見つめ、大剣を構えるのだった。













○●○●














 レーベンの傷を塞ぎ、要人達を守るように王城へと結界を張ったシラユキは酷く冷めた視線で壊れゆく城下町を見詰めていた。


 その横に佇むコガラシは緊迫した表情で「シラユキ様でも止められないミャア?」と彼女に訊ねた。しかし、彼女はコガラシを一瞥だけして暴走するアーニャへと視線を向けると「何故、止める必要がある?」と感情の感じ取れない表情で吐き捨てるのである。


「何故って......俺達の娘であるアーニャがアードヤードの首都を破壊しようとしているミャア‼︎国際問題じゃ済まないミャ‼︎」


「街くらいならば妾が後で手を叩いて直せば良い。第一、妾とアーニャが戦えばこの程度では済まなくなるじゃろう」


「街くらいって......シラユキ様‼︎それは本気で言ってるミャ‼︎このままでは関係ない人が死んでしまうかも知れないのミャ!!」


 信じられないと怒声にも近しい声で詰め寄るコガラシにシラユキは余りにも冷え切った声で告げるのだ。


「のう、コガラシや。そちこそ本気で言っておるのか?妾はアーニャを助けたレーベン王太子の功績に免じて、かの者の家族と各国の要人を助けた。じゃがな、神をも恐れずに害を為す愚かな人間や護衛の任に有りながら、その任を果たせぬ無能な存在まで助ける程、妾の懐が深い訳でもないのじゃ。そちは神という存在を馬鹿にしておるのか?」


 かつてアーニャは言った。お母様は良くも悪くも神であるとーー。それは正しく今のような考えを示すのである。人は時にその考えを傲慢だと言うだろうが、それは神の目線からすればおかしな話だ。そもそもだが傲慢という言葉は対等な存在故に成立する言葉である。同じ人間で有りながらーー、同じような種族でありながらーーとあくまでも対等な存在が驕り高ぶるからおかしいという意味合いなのだ。


 では神と人間は対等なのか?そんなわけがない。方や神に創られた存在、方や人を創造した存在である。元の関係性に圧倒的な優劣が存在しており覆せるものではないのだ。となれば、人間側から見た傲慢さという考えは神には当てはまらない。寧ろ、神の立場からするならば、そのような事を言う人間の方が傲慢なのである。


 端的に言えば、お前達人間はいつから神と対等であるという()()()()()を抱くようになったのか?という話であった。


 冷気のような言葉を浴びせられ言葉を失ったコガラシに対して、シラユキは空を指差し、天を示す。


「のう、コガラシ。妾達は三神ぞ?他の神が誤った事をすれば()()()()()にある他の神が止めに入るハズじゃ。だが、見てみるが良い。アードヤードの者達が信仰するあの愛狂いの神ですら快晴の天気を雨に変えようともせん。これが意味することはなんぞ?簡単な事じゃ。この怒りは正当である。そう認めたということじゃ。まあ、そうじゃろうな。愛と平等を心情とする愛狂いから見ても自己中心的な考えにより神を殺そうとし、その結果、神の伴侶に選ばれた存在を穿ったのじゃ。成熟しそうになった神に選ばれし愛を身勝手に引き裂いた。妾よりもあの者の方が許せないと考えているじゃろうなぁ」


 人は理不尽だというかもしれない。救える力があるのに救わないなど酷い行為だと感じるかもしれない。しかし、それ程の罪を犯したのが自分達であるという認識を持たなくてはならない。彼女は目の前に広がる現実を神の目線で説明してみせた。それだけの事だった。

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