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婚約式の会場に到着したレーベンとアーニャはパレード用の馬車から降りて会釈や手を振る事で周りの歓声に答えていた。大きくアードヤードの歴史が変わる瞬間を祝わんとする人々の中にはライジングサンのシラユキ、コガラシ。そして、アードヤードのリュードベック、クリスタニアの姿もある。そして、国賓の中には聖国の聖王やクレイランドのアズラエルの姿も見える。この婚約がどれだけ大きな影響力を持ち、多くの人々に関心が持たれているのかは説明するまでもない。
大陸四国全てが揃い、アルベルトの父親の世界政府府長、そして、小国列島の代表まで揃っているとなれば、世界のトップが全て揃っている場であるといっても過言では無いのだ。そんな中でレーベン、アーニャの挨拶が行われ、婚約品の交換、アーニャの発明品の紹介、国王陛下による閉会の挨拶によって一ヶ月近く続いた婚約式関連の行事が全て終了となるのだ。
二人は流石、大国の王族であるということもあって挨拶などは滞りなく進んだ。アーニャの堂々とした姿に涙脆いコガラシが「我が娘は本当に立派になったミャア」とハンカチで涙を拭う一面もーー隣に座るシラユキは煩わしそうにしながら「そちと比べれば産まれて直ぐのアーニャですら立派な娘であったわ」と辛辣な言葉を吐くのだった。
朗々と挨拶をしている二人の姿を眺めていたクリスタニアは隣で「昔から素晴らしい王太子でしたが本当に立派になられましたね」と笑う自身の後輩で近衛騎士でもあるルシエルに「ありがとう。でも中々婚約相手決めないし、見つからないからヤキモキした時期も有ったのよ?アーニャちゃんが来てくれて本当に良かったわ」と微笑むのである。
「アーニャ王女殿下は非常に才能豊かで品が良く見目麗しいですから、先輩も鼻高々でしょう?」
側から見た様子のアーニャを語るルシエルにクリスタニアは目を細めーー。
「いえね。確かにそうだけども、中々に強かでしっかりちゃっかりしてるのよ。普段は猫被ってるけど......獣人ジョークでは猫だけにって言うんだっけ?両親に因んだ動物の時に使えるジョークよね?」
「......先輩。それは思っていても言ってはいけない話だと思いますが......獣人族の方々は非常に耳が良いですからこれだけ離れていても聞こえている可能性が......」
チラリとシラユキを見れば表情や仕草には動きが無いものの耳がピクピクと動いている。ルシエルはその仕草に既に手遅れだと気付いて顔を青ざめさせた。しかし、そんな状況を知ってか知らずか「違うわよ。凄く褒めてるのよ?それに私好みだし」と何処吹く風で笑うクリスタニアだ。
「今の時代、男性を立てるだけの姫では二進も三進もいかないのよ。笑っておいて後宮で裏をかく......それだけで済めば良いのだけれど、やれ格式が高い、やれレーベンでは釣り合わない。そんなことを言う愚かな者達も黙らせられるような強い娘でなくてはこの国の王妃にはなれないの。それはある意味、私のせいでもあるし、私を選んだリュードベック様のせいでもある。だけど、アーニャちゃんにはそれが出来る。そして、私達の尻拭いをさせているにも関わらず嫌な顔一つしないのよ?私達だって協力はしているけど本当に出来た素晴らしい娘だわ。だから、ありがたいって話なのよ」
ルシエルは何とも言えないといった表情で「はぁ、そうですか......」と呟いて再度シラユキの様子を伺った。今度は耳こそ動いていないが表情が「そうじゃろう、そうじゃろう。妾の娘は素晴しかろう」と言わんばかりに誇らしげだ。ルシエルはそれで良いのだろうか......と多少獣人族の感覚を疑いながらもクリスタニアに視線を戻した。
「それに普通の王族の方が来てくれるだけでも万々歳なのにアマテラス様の子孫だから......本当に感謝しても仕切れないし、私の息子も頑張ったなぁって思うのよ。これが!!それにあれだけ可愛美しいんだから孫だって可愛美しいハズよ!!きっとシラユキ様も私と一緒で孫の誕生を心待ちにしているはずだわ!!」
「ハハハ......まだ婚約式ですので......孫は早いとは思いますが......ねぇ」
一応チラリとシラユキを見れば胸の前で腕を組んで云々頷いている。世のお母様方はこんなにも早く孫の誕生を望むのか?とも思ったが考えて見ればシラユキは見た目は若くとも年齢は百五十歳を超えている。そう考えると寧ろ待ち望みすぎていても可笑しくはないと思った。隣のコガラシは非常に複雑そうな表情だったが、まあ、父親はそうだろうな......である。
「そんなことないでしょう?アーニャちゃん次第だけど再来年には第一子がいても可笑しくないのよ?それに獣人族は多産かつ安産で有名だから沢山の孫が期待出来るわ‼︎もし、満月九尾や白色九尾の子が産まれたらシラユキ様も一安心でしょうから大変でも少し頑張って貰わないと......ふふふ、私、本当に楽しみになってきたわ〜」
その瞬間歓声が辺りに響き渡った。顔を赤くしたアーニャとその頬に口付けを落としたレーベン王太子の姿は多くの人々に幸せな気持ちを齎した。
「あらまぁ‼︎レーベンったら‼︎やっぱりアーニャちゃんのことがーーフフフ、ルシエル‼︎これは早くも孫を期待出来そうよ‼︎」
「......そうですか。まあ、跡継ぎ問題が起きなさそうで安心は致しますがね......心臓に悪いのでこういう話は控えていただいた方がーー」
そんな母親方の幸せな未来予想図に付き合わされていたルシエルの瞳に異変が起きたのはその時だった。間抜けにデフォルト化された猫の瞳が視界を遮ったのだ。何が起きたのかと頭を振った彼女はそれが闇魔法のキャットアイズである事に気付いたのは、突如広がった大きな悲鳴と晴れた視界に映った真っ青になりながら口元を抑えるクリスタニアの姿が見えてからだった。
「あ、ああ、レーベン......レーベン‼︎」
クリスタニアの悲痛な声が響いた。夫の友人である騎士団長が守っているハズのレーベン王太子の身に何が起きたというのか?大慌てでそちらへと視線を向けたルシエルは目の前の光景に血の気が引くのを感じていた。赤の血溜まりの中に倒れ伏すレーベン王太子と頬にその血を受けて呆然と立ち尽くすアーニャ王女殿下の姿ーー想像しうる限り最悪の光景が眼前に広がっているのだった。
蛇は嗤った。保身の為にアーニャ暗殺を企んだ人族の貴族とやらを見つけて協力すると唆したところ、もっと面白い事態になったからだ。常闇の巨龍として得意とする闇魔法。その最底辺の魔法であるキャットアイズ。蛇が行ったのはそれを護衛として配置された全ての人々に掛ける事だ。そして、一瞬見えなくなった視界に気取られている間に暗殺者がアーニャを殺害する。ーー大混乱の中で両国の国交断絶や様々な大問題が起きるだろうと予想していた蛇は、まさか、世界を代表する護衛達でさえ気付かずに殺害出来ると踏んでいた彼女の事を彼等が保身の為に活かすべきであろう人族の王太子に気付かれ、身を呈した彼を誤って撃つとは思いもしなかった。
蛇が渡した魔法を貫通する古来の銃の威力は血溜まりに伏す彼を見れば想像に難くない。そして、確実に仕留める為に三発は撃ち込んだ。まず、致命傷だろう。自身の保身を考えた貴族がまさか未来の主人に害を成した。想像以上の出来事に蛇は心が弾む思いであった。
さあ、これから何が起こるのかーーアマテラスの半神の姿が満月色と白で明滅している。ああ、これは思っていた以上に最高のシナリオが起きるぞ、と蛇は確信するのである。
「これほど最高の事態を見せてもらえるとは......愚かな人族程、愉快な存在はいないなぁ」
神であっても認識できない自身の認識阻害の術を使い、高みの見物を決め込む蛇はニタリニタリと嫌らしい笑みを浮かべた。多くの人々が不幸になっていく光景を愉悦に満ちた表情で眺め続けるのであった。




