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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(中)
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 その光景はあまりにも胸糞が悪いものだったが被害者にとっての最悪に至る前には間に合ったと言える。聞くも悍ましい呻き声を上げながら泣き喚くエルフ女性を押し倒し、その衣服を剥ぎ取ろうとしている姿は醜悪の一言。そして、その存在が自身の婚約者に消えぬ傷を負わせた存在であるという事実がエルフレッドの心を荒れ狂う暴風のように怒り狂わせた。


 冷静であり、時に冷徹でさえある彼が初めて激情のままに殺してしまいたいと考える程の怒りを感じているのである。この男の身勝手な正義は沢山の女性を壊し、傷つけ、狂わせてきた。被害者によっては日常生活を遅れぬようになってしまった人も多いと聞く。確かに正義とは人それぞれだ。正しい正しくないを全て正しく判断出来る人間など、この世に存在しないだろう。だが、この男の正義は確実に間違っている。何故か?


 それはこの男の正義があくまでも自己完結であり世の中に何の良い影響も与えないからである。


 簡単な話だ。独り善がり以外の何でもなく、あくまでも自己の為に行っている行為だ。大体が最近の行動に関してはどう考えても自身の欲求を満すための行為でしかなく、当初の正義の感覚からも外れていっている。それとも何か?その行動で救われる人間がいるとでも本気で思っているのだろうか?


 もし、そうであるならば余計に生かしておくことなど出来ない。単なる危険因子どころの騒ぎではない。存在自体が悪であり、彼の考える正義自体が害悪だ。エルフレッドは大剣を抜くとその身に風の魔力を滾らせて風の刃を放った。先ずは目の前で行われている見る者が嫌悪を抱く以外の何も感じないクソったれな行動を即座に辞めさせる必要があった。


 醜悪な男ーーレディキラーは自身に害をなすであろう風の刃に反応して、それを避けると女性から離れて距離を取った。


「次代様‼︎」


 恐怖に怯えていたエルフがエルフレッドの姿に気付いて喜びの声を上げた。


「ここは戦場になります‼︎急いで逃げ下さい‼︎後方から騎士団が向かっておりますので其方に保護を頼んで下さい‼︎早く!!」


 聞くや否やボロボロになった服を押さえ「ありがとうございます‼︎本当にありがとうございます‼︎」と涙を流しながら走り去るエルフーーそれを追おうと飛び上がったレディキラーに再度風の刃を放った彼は怒りに見開いた視線を目の前の男へと向ける。


「これ以上の蛮行は許さん。貴様のようなゴミにも塵にも劣る存在は生きる事も許されない......貴様だけは許せん!!これまでの愚行は死んで詫びろ!!存在自体、この世から消し飛ばしてくれる‼︎」


 彼自身、解っていた。レディキラーの存在は確かに許される存在ではない。しかし、それでも裁くべきは自身ではない。それは人ならば裁判官であり正しくは運命を定める神であるべきだ。だから、今回の自身の行動は全く以って正義ではない。愛する者を傷付けられた事に対する恨み、嫌悪、そして、制御不能な怒りーー場合によっては理不尽な暴力と呼ばれても仕方がない行為だ。

元来、そんなことは許されるべきではないのだろう。だが彼は思うのだ。


 知った事か。目の前に怨敵が現れて自身の大切な者を傷付けた時と同じように再度人を傷つけようとしている。眠れぬ夜を過ごす彼女。子を成せないかも知れないと恐怖に怯える彼女。愛する家族を疑わざるを得なかった彼女。愛するが故に自身から離れようと考えた彼女ーー。多くの彼女の姿と同じ姿をこいつは他の被害者にも与えようと言うのか?そして、それを正義だという大義名分の元に行い、反省することも罪悪感を抱く事も無く、これからも悔い改める事も無く行い続けるというのか?


 そんな奴に生きる資格などない。そして、死んだ事で許されるとも思えないのだ。


 そんな彼の感情を知ってか知らずかレディキラーは怒りに満ちた表情を浮かべて彼に襲い掛かりながら言うのだ。


「お、おでの、邪魔を、す、するな‼︎か、神に許された、おでの正義の邪魔を‼︎こ、ころ、殺してやる‼︎」


 焦点の会わぬ瞳がこちらを見た。異常に肥大した筋肉で大振りのナイフを翳し、振り上げ、切りつけようとしてくる。


「......正義?笑わせるな」


 振り翳してきたナイフを避けながらエルフレッドは大剣を水平に構える。まだ言うか。この下劣な存在を斬り殺さんとする自身の行為ですら正義だとは思わないのに、この男は今まで行ってきた全ての凶行を未だに正義と呼ぶのかーー。


 エルフレッドにしては大振りな一撃だった。感情任せに右からの左に薙ぐ払い切りはまるで野球の右打者がボールを強振で叩くかのような荒々しくも猛々しいものである。その一撃は全力の障壁を張ったレディキラーの体を障壁ごと跳ね飛ばし、轟音と共に壁に激突させた。


 力の限り振るった腕がビリビリと痺れる。叩き斬るには至らなかったが障壁越しにも関わらず骨を砕いたと手に残る感触が伝えている。


「もうその汚らしい口を開くな。サッサと死ね」


 振り切れた怒りに沸騰していた頭の熱が全て氷点下まで下がった気がした。そのゴミを眺めるような全てを否定する視線は見る者全てを震え上がらせるだろう。底知れぬ怒りに冷たい闇さえも感じさせるエルフレッド。復讐の鬼となった英雄が怨敵に無慈悲な暴力を振るわんとレディキラーへと襲い掛かるのだった。




 第三層は彼等に最も好意的な感情を持つ人々が多い場所といっても過言ではない。下位〜中位の貴族、冒険者ギルドの冒険者、富裕層の人々、そしてアードヤード王立学園を筆頭に点在する学園の生徒達ーー。学園の生徒達は友人を中心に好意的なのは言うまでもないが下位〜中位の貴族はレーベンの生い立ちに希望を感じているものが多く、冒険者の人々は単純に学生の大会ではあるが世界大会を優勝したメンバーであることに敬意を表しているのである。


「レーベン‼︎アーニャちゃんを大切にするのよ〜‼︎」


「ハハハ、エルニシアらしいお節介だ」


 聖国から態々祝いに来たエルニシアはカーレスの時を含めて二週連続だ。本人が忙しい時期にも関わらずに有難い限りである。その左隣にはカーレスがリュシカの護衛代りを努めながら友人の言葉に笑顔を浮かべるのだ。反対隣のラティナは彼女の言葉に一瞬苦笑を浮かべたものの、レーベンの視線に気づくや否や嫋やかに手を振ってみせた。


「アーにゃん〜!めっちゃ似合ってるよ〜!ルールーのことは私に任せて〜♪」


「......全くお前は何を言っているんだ?」


「ノノちゃんは本当に惚れやすいよね」


 ブンブン手を振りながら満面の笑みのノノワールにリュシカとイムジャンには呆れた表情である。この状況に飽きたのかエルニシアにちょっかいを出し始めたサンダースがルーナシャに足を踏まれ、心配そうなアルベルトが回復魔法を唱えるのを見てメルトニアは溜息と共に肩を竦めるのだった。


「みんな変わらないなぁ......なんか感心したというか、呆れたというか......」


 何処か懐かしむような表情で染み染みと呟くレーベンに「妾のところも日常通りですミャ」とアーニャが微笑んだ。


「それにしてもルーミャは親族席だから解りますけどエルフレッドは顔も出さないなんてミャア。虐め足りなかったみたいですミャ♪」


 明らかに悪巧みを考えている表情のアーニャに「彼は僕達の為に別件の任務だからねぇ......」とレーベンは苦笑した後に少し言いづらそうに頬を掻いてーー。


「その......アーニャは......まだエルフレッド殿の事を想っているのかい?」


 アーニャは不思議そうな表情でレーベンを見る。彼は少し不安そうな表情を浮かべて「今日聞くべきことじゃないかも知れないけど......」と決意した表情を見せた。

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