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二手に分かれて捜索を続けていたエルフレッドとコーデリアス。その内、最初に怪しげな痕跡に辿り着いたのはコーデリアスの方だった。人気の少ない港の倉庫群、エルフの女性の物と思われる髪飾りが無残にも粉々の様相で落ちていたのを発見した彼は即座に無線でエルフレッドと連絡を取る。
今の段階でレディキラーと結び付けるのは早計だが綺麗な女性に異常な執着を見せる凶悪犯が、エルフの女性と接触すれば何が起きるかは想像に容易いことである。その旨をコーデリアスが伝えれば、エルフレッドは「即座に駆け付けます」と応答後、空を切る音と共に無線を切った。
それから五分もしない内に上空から上級風魔法、ウインドフェザーの飛翔で現れた彼は倉庫群一帯を魔力で探索、表情を険しくしながらこう言うのだった。
「怪しげな気配があります。二つの気配の内、一つは動きが無く、もう一つはゆっくりと近づいている......切迫した状況と考えられますので先に行かせて頂きます‼︎ここから右方四番目の倉庫、右側の袋小路です‼︎よろしくお願いします‼︎」
言うが早く、再度飛翔したエルフレッドにコーデリアスは部下へと指示を飛ばした。
「今回のターゲットの一人にして凶悪犯罪者、レディキラーがエルフ女性に犯行に及んでいる可能性有り‼︎右方再奥倉庫より二番目の倉庫の右側、袋小路‼︎直ちに急行せよ‼︎繰り返す‼︎ターゲット、レディキラー‼︎エルフ女性に犯行に及んでいる疑い有り‼︎場所はーー」
自身も走りながら何度となく指示を飛ばし続けるコーデリアスに周りの空気に緊張感が走った。急行の伝令と情報の声が飛び交う中ーー、空を舞うエルフレッドは婚約者を苦しめる凶悪犯との接触に逸る気持ちを抑えられずにいた。
第二層は商人の街。第一層に比べて情報を持つ人々が多い事もあって彼等の目線は元々暖かく好意的だ。しかし、それと同時に商売人として今後の商いに利用できる存在かどうかを目敏く見ている部分もあった。そんな中で和洋融合の新衣装で現れた二人の姿は、利に目敏くあざとい商人達にとても良い意味で鮮烈に映ったのである。
「それにしてもレーベン様。レーベン様は妾の何が良くて妾を選んでくれたのでしょうミャ?」
それは前々からの疑問だった。利害の一致、能力の有用性、血筋ーーそこに重要性を感じて選んだという言葉に嘘はないのだろう。だが、最近の彼の様子を見ていると、どうも、それだけでは無いように感じて仕方がないのだ。暖かな眼差しも時に恥ずかしくなってしまうような彼の行動も、前向きに関係を進めようとしてくれる行動の数々に彼女が少し期待を抱いてしまうのは当然のことだろう。
彼はその質問に面食らったような表情になったが少し頬を赤くしながら視線を逸らした。
「あ〜、その答えは少し待ってもらって良いかな?ちょっとした物を用意していてね。ちゃんと婚約式中には伝えようと思っているんだ。だから、その、少しもどかしいとは思うけど今すぐには答えられないってことでーー」
そうやって期待させる言葉を告げると言うことは彼女の思った通りに期待をしていても良いということだろう。ただ、少しアーニャの悪戯心に触るものがあって意地悪をしたいなと思ってしまうのだ。
「え〜そんな風に妾を焦らそうとするのですミャ?妾は胸が苦しくなってしまいそうですミャア〜。そのせいで心臓が止まってしまったらレーベン様のせいですミャア〜♪」
表情から明らかに揶揄っていますよ?と解り切ってしまう態とらしさにレーベンは苦笑せざるを得ない。尚のこと揶揄おうとし続けるアーニャに対して溜息を漏らした彼は肩を竦めた後に困ったような笑みを浮かべてーー。
「何でだろうね?最近思うのだけど、もしかして僕ってMなのかな?君とこういうやり取りをすることに喜びは無くても嫌な感情はないんだよね......」
揶揄いに冗談で返すーーそんな言葉にアーニャは態とらしく大袈裟に驚いた表情を作りーー。
「まあ‼︎レーベン様ったら‼︎遂に自分に素直になったのですミャ‼︎妾達ったら性癖までピッタリ‼︎中々のベストカップリングじゃ御座いませんかミャア♪」
「......冗談だってわかってるよね?それにそんなハードな関係は望んでないよ?偶にアーニャって本気か本気じゃないか解らなくなる時があるし、フォローしたとしても完全に歪んじゃってる所があるから怖いっていうか......エルフレッド殿のこともあるし......」
自他共に認めるドSのアーニャは未だに次期王太子妃の権力を使ってエルフレッドにちょっかいを出し続けている。その様子を隣で見ていることの多いレーベンからすれば彼女の言葉を完全に冗談だと流す事は難しいのである。そして、彼女自身、自身がどう思われているか解っていて行なっている節がある上に言葉通り、反省も無ければ後悔もしていないのだ。
彼女を止められるのは親族と親友のリュシカのみ.......親族は止める気がなさそうなので実質はリュシカのみである。
「ニャハハ♪勿論、解っておりますミャア♪レーベン様があまりにも可愛らしいことを言われるので虐めたくなってしまったのですミャア♪解りにくかったら申し訳ないですニャア♪」
口では申し訳無いと言いながら絶対にそう思っていないと解るウキウキ♪ルンルン♪の彼女を見ていると彼は何度目か解らない溜息を吐かざるを得なくなるのである。
「本当に解ってくれたら良いんだけどね......本当にドSなんだから......って僕はこんな公衆の面前の前で何の話をしているんだろう......性癖ってーー」
パレードの最中であることを急に忘れ、急に思い出した彼は若干青い顔をしながら天を仰いだ。完全に彼女のペースに乗せられていた上に明らかに場違いな話をしていた事実に羞恥心が湧き上がり悶えそうになる。そんな彼の姿を見てアーニャは少し悦に浸りながら「こんな場所で一人SMだなんて......レーベン様ったら本当にMですミャア♪」と何が嬉しいのか解らない言葉を嬉しそうに告げるのである。
「もうなんとでも言ってくれていい、どうにでもしてくれって言いたい気持ちと、それでも一人SMなんてしてないし完全にアーニャのせいだよね?って言いたい気持ちの二つに今まさに板挟みになっている僕の心情を察してくれないかい?それともこれさえも君の作戦なのかな?」
若干、疑心暗鬼といった表情のレーベンに「まさか♪妾は一人SMなんて頼んでおりませんミャア♪」としたり顔で告げるアーニャなのである。
第二層の住人は目敏い商人だと言った。婚約に対する賛成の気持ちと暖かな歓迎の気持ちとは裏腹に、商売に掛ける視線の厳しさは人生が掛かっているだけあって生易しいものではない。ついつい二人が身に纏う新衣装の姿に笑ぬ瞳を向けてしまう彼等に対して、二人は何らかの冗談を言い合いながら彼等の視線を受け流している。そして、そういった様子でありながらも広告塔を思わせる美しい容姿と相成った新衣装のお披露目だ。このタイミングで新衣装をお披露目するというパフォーマンスは明らかに計られたものであり、情報として流れてくる二人の優れた才能が商才にも発揮されている様が目に見えて理解出来た。
彼等はその姿から後の王太子夫妻に対する評価をこう位置付けるのだ。
商人に対して利をもたらす存在であるのは間違いないが、当人達も非常に優れた商才に溢れているので相応の対応をする必要がある。一筋縄ではいかないとーー。
商人達は畏敬の念を抱きながらも若き才知に触れて商魂を滾らせた。我こそはと思う大商人達は今後の予定として、王太子もしくは王太子妃に商談を組むスケジュールを何時にするべきかと頭の中で試算し始めた。他の商人に取られぬように緊急の予定として早急の対応を組み立て始めるのであった。




