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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(中)
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「おお‼︎大分、上手になってきたではないか‼︎それに少し体が冷えてきている‼︎一旦、休憩にして暖かいお茶とお菓子を楽しむとしよう‼︎」


 日差しの色が映っていた瞼が黒に染まった。アルドゼイレンが尻尾で半円を描くようにして冷たい風から守ってくれているのだ。いつもそうだ。この巨龍は欲しい時にいつも欲しいことをしてくれる。そして、無理をさせず、優しく扱ってくれるのだ。そんな行動がイムジャンヌの心を更に高鳴らせるのである。もっと好きになり溺れてしまいそうになる。


 だが、きっと彼女がそんなことを考えているとは思ってもいないのだろう。元々、表情の動きは少ないタイプだ。そして、表面上は冷静を装うように努めているのである。それは別に好意を隠しているという訳ではない。単純に今までにない経験に戸惑い、どうしたら良いのか解らなくなっているだけだ。


 そして、恋愛感情からでは無い残酷な優しさに対して関係を進めることが迷惑に思われるのではないか、という恐怖を抱いているのである。


「わかった。いつもありがとう」


「な〜に‼︎我はただちゃんと言った責任を取る巨龍というだけの話だ‼︎全く気にする必要はないぞ‼︎それにな‼︎聖国で珍しい茶菓子が手に入ったのだ‼︎何でもライジングサンとの貿易が強化されたそうで今まで手に入らなかった餡子入りのーー」


 楽しげに笑う姿が彼女の心を掻き乱す。元々、おかしい恋愛だと気付いていたのに今ではドップリと浸かっている。だから、この笑顔を守りたい。勿論、自分に向けて欲しいという下心がない訳ではない。独占欲だって感じている。しかし、相反するような不安や恐怖も膨れ上がっている。そして、この巨龍の死が近づいてきているという事実に怯えている。


「フフ、そうなんだ。それは楽しみかも」


 彼女は微笑んだ。強い気持ちが戻ってくる。この気持ちがあればエルフレッドにだって相対出来ると彼女は本気でそう思っているのだ。やはり、アルドゼイレンが居ない未来なんて想像出来ない。そう思えば、決意はより一層固まった。

(勝てる勝てないじゃない。何が何でも止めないとーー)


 この幸せな時間が少しでも長く続くように彼女は今日も訓練を続けるのである。


 ーーその笑顔がどのような感情を抱いているか見て解るほどに幸せそうなものだということを本人は気付いているのだろうか?いや、きっと気付いていない。本人は全てを上手く隠し通せていると考えている程だ。しかし、沢山の想いを秘めながらも最も幸せの感情が強い程なのだ。見る人が見れば解ってしまうのは必然である。


 


 さて、突然だがアルドゼイレンは永い永い時を生きている。その間に沢山の人々に出会い、沢山の感情を知って、人がどういうものかということを()()()()()()()()()()。悪い言い方をすれば高々十六〜七年程度しか生きていない少女のそれに気付かないほど、鈍感なことが有り得るのだろうかーーという話である。優しくも気高い巨龍はイムジャンヌが想像している以上に賢く、想像している以上に全てを知り尽くしているのだ。


 どのような結末を望むのかーー実はその答えはアルドゼイレンの胸の内一つ。既に決まっているようなものなのだと言うことを彼女は全く解っていない。今日も巨龍は楽しげな表情を浮かべて彼女の望む姿を見せ続けている。その深く澄んだ瞳に僅かに浮かぶ憐憫の情を今日も今日とて知られることはないと天空の巨龍は解っているのだ。













○●○●













 婚約式、闘技大会、そして、文化祭ーー。今秋はどの生徒にとっても楽しみなイベントが目白押しといわけだ。そんなイベントが多々ある中で本日の学園は平常運転。朝から夕方まで通常の授業が行われている。エルフレッドの仲間内の話になると二日後に婚約式を控えるアーニャは今日から公欠に入っている。まごうことなき王族同士の婚約ということもあって、力の入れようは他二つの婚約式と比べても格段に上を行く。更に言えばアードヤード王国にとって神の末裔である一族の姫を迎え入れる婚礼は長い歴史を持つアードヤードにおいて初めての出来事であり、慎重かつ厳重に事を進めるのは必然的とも言えよう。


 懸念が全くない訳ではない。やはり、獣人族の特徴を持った後継ぎが生まれる事に反対の意を示している貴族が全く居ない訳が無く、当人を前にして口を大にする事はないが牽制合戦は未だに続けられている状況だ。とはいえ、現国王リュードベックのクリスタニアとの婚礼に比べれば遥かにマシだ。やはり、彼らが何よりも重視するのは格式であったり、血筋であったり、そういう部分ということである。


 その血筋という点でいえばアーニャは何ら問題ない。寧ろ、何処の王族に比べても()()()()くらいはある。何せ、神の一族であることが唯一証明されている血族なのだ。単純な人間の王族などとは比べようがない。よって比較的、賛成派が多く反対派も声を大には出来ない。見た目、そして、相手の格式が()()()()ことで乗っ取りが起きる可能性をチクチク口にする程度なのだ。


「ーーということも有って二日後のレーベン王太子殿下、アーニャ王女殿下の婚約式は我らがアードヤードにとって歓迎すべき事しかない素晴らしいものなのだ。諸君も反対派の意見に惑わされぬように自身の考えをしっかりと持って誉れ高い日を迎えるように。何より、二年Sクラスの皆にとってはクラスメートの祝いの日でもあるのだ。単純に一つの門出として皆で祝う以上に素晴らしいことはないだろう。個人的に友好関係を築いてきた者は特にその辺りを意識して欲しいと私は切に願っている。歴史的な出来事が起きた為、特別授業となったが今日はここまでとしよう」


「起立、気を付け、礼」


 日直の声に世界史の先生に礼をして授業は終わりを告げるのだった。



「歴史的な出来事ねぇ。妾としては単に双子の婚約って部分に目がいっちゃうから不思議な感じだけど、まあ、今まで前例の無い王族同士の婚約ってなったら、そうもなるのかねぇ」


 授業間の小休憩。領地経営学の選択授業への移動中にルーミャが頭の上で腕を組みながら言った。家族の婚約が歴史的出来事として扱われるのが不思議で仕方がないといった様子なのだ。


「いや、それもあるが私達側から見ればアマテラス神の直系かつ獣人族の王女を迎え入れるという認識になるのだぞ?更に言えば王位継承権を持つ王女だ。並大抵の出来事は霞む程だろう」


 リュシカが客観的な目線の話をした。彼等の立場から見れば近しい友人、先輩の婚約式のイメージを抱いてしまいがちだが目線を変えれば、その実態は非常に格式高く、最大限に祝われるべきものだ。歴史的な出来事という言葉に何ら誇張は無いのである。


「まあ、何方の意見も正しいだろうな。感覚で言えばルーミャの意見が正しいし、実態を鑑みればリュシカの意見が正しい。多分だが俺達、何時ものメンバーは皆そういう考えを持ってるだろうな」


「フフフ、確かにな。そうかも知れない」


「そう言えばさぁ。その意見を聞いて思い出したのだけど、今回の婚約式って何でエルフレッドが護衛じゃないのぉ?今の話ならエルフレッド以外あり得なくない?」


 話が一段落したところでルーミャが疑問に首を傾げた。最大限祝われるべきことならば最大限の警戒をーーと考えるのが通常ではないかと彼女は思ったのだ。

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