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遂に姉が動き始めた。それはアナスタシアにとってはあまり喜ばしいことではない。無論、今の時点ではまだ何も解っていない。エルフレッド=バーンシュルツを家に招き入れたという事実だけが先行して詳しい情報は一切流れてきていなのだ。
それに反応したメイリアが牽制や情報収集の為にお茶会を開くことを決めた。ただ、それだけのことだ。とはいえ長女のルーナシャは既に婚約者が決まっており次女のフェルミナはーー。
ユエルミーニエはよく薄幸の美女といった印象を持たれるが子供の頃を知っている自身からすれば持病が出来て大人しくしているだけのことだ。小さな頃などは庭で捕まえた虫を餌に自作の釣竿で釣りに行くような子供であった。そして、リーダーシップの権化の様な人物で敵には容赦の無い人物だった。
そして、その性質が未だに残っているのだと気付かされたのはフェルミナが壊れた時の話だった。
当時フェルミナのお世話をしていたレイナは学校帰りの彼女が普段とは余りにも言動が違うことを心配してユエルミーニエに報告した。状況確認の為にレイナは一度暇をもらってバーンシュルツ家へと帰還ーー。その間に随所に密偵を放った彼女は我が子が幼児退行している姿を目撃する。
ショックのあまり持病が悪化してベットの上へと逆戻りしたユエルミーニエに密偵は言いづらそうに報告した。
「フェルミナ様は壮絶なイジメを受けておりました。証拠の品も集めましたがあまり見る事はオススメ出来ません」
その時、姉の付添をしていた私はその報告を聞いた姉の雰囲気が急に変わったのが解った。そして、彼女は全ての感情が抜け落ちたようなおかしな表情をしていた。証拠の品々として集められた写真だとを怒りのあまり握り潰していた姉が最後の証拠品として出された携帯端末を見て口元を抑えた。
パスワードの掛けられた"飼育日記"というサイトは、地獄のような光景を映して出していた。
簡単に言えば飼育という名の下に行われたフェルミナへの虐めを嘲笑うような一言コメントと画像付きの写真で記録していくという狂ったような内容のサイトである。姉はそのサイトを見ながら、その身を怒りに震わせていたが最後の画像となった今日の日付の画像を見て、また虚無の様な表情を浮かべるのだった。
私はそこに撮されていた物を見て我が目を疑った。
姪が。
下着姿で。
鎖つきの首輪で引き倒され。
土下座の様な姿で。
頭を踏みつけられている?
頭が理解を拒んでいる。
何が楽しいのか踏みつけている同級生の生徒は満面の笑みでピースしていてーー。
日記の内容は、家畜の躾完了(笑)
放心状態の私の耳にこの世の物とは思えない虚無の声が響いた。
「私の娘はこの子達に何かをしたのでしょうか?」
密偵は首を横に振った。
「いいえ。誇りを踏みにじられそうになり激しく抵抗したところ、このようなことに......」
「護衛は、この娘の護衛は何処に行ったのでしょう?」
「実は担任の教師が同級生の侯爵だったようで金を掴まされて黙認していたそうです」
「それはいつから?」
「初等部四年〜六年の今日に至るまで。フェルミナ様は家族に心配を掛けたくないと黙っていたようですが、それが仇となり"獣のような要らない子供だから家族にも守って貰えない"と言われ続けて、それが今日の自体を引き起こしたそうです」
「アハハ、三年?フェルミナは三年もこんな目にあっていたと言うの?」
遂には笑いだした姉に余りにも酷過ぎる内容に姉の頭がおかしくなってしまったのだと思った。この場にいた全ての人間があまりにも痛ましいそれに沈痛な表情を浮かべていた。
「そ、それになに?ハ、ハハ、ハハハハ‼︎三大公爵と称される我が家の娘が、か、家畜?家畜!ハハハハハハハハハハーー」
最後の方はそれが笑いだったか解らなかった。余りにも凄惨でそれなのに何も感じられないそれが笑いであるという認識を頭が拒んだ。
突如、血液が資料を塗らした。それは血涙だった。怒りか狂気の感情故に目の毛細血管が切れたの限界まで見開かれた瞳にまぶたが耐え切れず切れたのかは解らない。
私は人が笑い狂いながら血涙を流す様を初めて見るに至ったのだ。そして、一頻り笑った彼女は手に持った携帯端末を叩き壊し、人間とは思えないような冷たい声で呪詛を吐くように言った。
「どちらが家畜か教えて差し上げないといけないですの」
私は今でも姉のその言葉が耳を過ることがあるのだ。ゾッとする程の悪寒と共にーー。
関係者は国外追放となった。その数は百人を越えた。司法を取り仕切るホーデンハイド公爵家の娘に危害を加えたのだから最悪死刑でもおかしくはない、姉にしては優しい裁定だと私は思った。
否、思っていた。
だが、それは違った。
送り先が、獣人の国ライジングサンの虎猫族の直営地になっていたのだ。
姉は婿養子で王配の弟を娶った。その相手は五人の聖女の直系の一人、虎猫族の女王コノハ=ツクヨミ=アキカゼの次男である。姉は言っていた。コノハ様は孫を大層可愛がってくれたそうだが、特に獣人の特徴が強く二股という猫族きっての貴重な尻尾を持つフェルミナを大層気に入っていた、と。
「本当にかわいいミャア、私の若い頃の生き写しのようミャア」
そう言って本来ならば"子供にもしないことようなこと"である膝の上において抱きしめるという行為をしていた、とーー。
獣人族は過去に迫害を受けた経緯から自身の子供でも中々懐に入れようとはしない。そして、その警戒心と同じくらい非常に同族意識が高いのである。特に虎猫族は義と人情に溢れた優しい一族である反面、敵になった者には一切容赦しないということで有名な一族だ。
私は恐ろしくなり「国外追放で済ますなんてお姉様らしくないわ」とそれとなく聞いてみた。
すると姉は全く光の無い瞳で笑った。
「本当は私の手で処したかったのですけどお義母様が大層お怒りで......国際問題にならないように送って差し上げたの。五人の聖女直系の孫に手を出して家畜呼ばわりですものねぇ。ふふふー、
あの様子なら今頃"家畜の餌"にでもなってるじゃあないですの?」
アハハ、アハハハハー。
狂ったように笑う姉に背筋が凍りついた瞬間だった。国外追放となった者達のその後は一切解っていない。ただ、その一切解らないという事実が全てを物語っている気がした。
「......弱ったわねぇ。姉様の意図が解れば良いのだけど」
アナスタシアはそう呟いて溜息を漏らした。優良株を逃すのは痛いが姉の敵に認定されるのに比べればどちらがマシかといえば前者と言わざるを得ない。
「ーーお母様?大丈夫ですか?」
書斎の扉の隙間から愛娘の[カターシャ=ルナミス=カーネルマック]が顔を出した。
「カターシャ。いえね、今まで余り積極的で無かったお姉様が突然動き出してねぇ......」
「ユエルミーニエ様が⁉︎」
驚いた様子で近づいてくるカターシャにアナスタシアは再度溜息を吐いた。
「そうなのよ。だけど狙いが解らなくって。勿論、貴方の為なら幾らでも頑張るつもりではあるのだけど......」
(ユエルミーニエ様と狙いが一緒なら絶対辞めたほうが良いと思うけど......)
カターシャは知っている。ユエルミーニエは普段は良い人なのだが刹那的な部分がある。常人なら戸惑うであろうラインを普通に越えてくる危ない人であり超絶常識人である母親の天敵であるということをーー。
「お母様ありがとうございます。でも、私も気になるから近付かない程度に調べてみるね?」
「ありがとう、カターシャ。でも、絶対に無理は駄目よ。お姉様に知れたら貴方が大変な目に合ってしまうわ」
そう言って抱き締めて来る母親に「もう、お母様ったら」と言いながら口元を緩めてしまうカターシャである。
(でも、本当にそうなんだよね。気を付けるようにしないとーー)
そう考えながらカターシャは何処に密偵を出せばバレずに探ることが出来るだろうかと情報収集について考え始めるのだった。




