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人が特別かどうかを判断するのが功績ならば確かに自身は特別な存在だろう。だが、才能に恵まれた訳でもなければジュライを倒すまでに神託を受けるような特別な使命を受けた訳でもない。ドリームナビゲイトという役割を考えてもみたが自身が意識してその役割をになったことはクリシュナの一回きりである。
総合して考えるにやはり自身が特別な存在とは思えないのである。とはいえ、巨龍を倒した瞬間から、天に居られる存在とやらはエルフレッドを特別視していると考えるのは何も不思議なことではない。
「巨龍討伐という偉業は天にも届くものだったということだろうな。俺はそう考えているぞ?」
自身が特別というより自身が成した功績が特別で、その功績が神に認められたのだとすれば、そこは誇るべきことなのだろう。そして、その結果、今日という日に大いに意味のある虹を見せる事が出来た。天に昇った彼女の意思や祝福を見せることが出来た。その事実はきっと真実に近しいと思うことが出来る。
「ふふ、そうか。色々と察するが私の将来の旦那はこれ程までに素晴らしいことを頼まれる存在に関わらず、あくまでも自身を凡庸と思う謙虚さの持ち主のようだ。まあ、私はそれで構わないぞ?人によっては行きすぎた謙虚は無礼と変わらぬというが、ソナタの場合は努力で得たもの故に誰も文句はつけれんだろう」
そして、そんな彼の考えが、よもや彼女に見抜かれるとはーーである。あまりに的確に自身の心情を言い当てられて彼は目を丸くする程に驚いた。確かに察せない程暈した訳ではないが即座に言い当てられる程わかりやすく説明したつもりもない。そんな胸中が表情に大きく出てしまったことにリュシカはついつい笑ってしまうのだ。
「笑われるのは恥ずかしいが、今回のは流石に驚いたとしか言いようがない。まさか、俺の考えが一瞬にして見抜かれるとは思いもしていなかった」
彼が正直に告げれば「そうか?これだけ一緒に居るんだ。解らない訳がないさ。強いて言うならばーー」と彼女は恥ずかしげもなく言い放つ。
「私の頭はそれだけそなたで溢れているというだけの話だ。考えない日はない程にな」
エルフレッドは面食らった表情の後に目元を隠すように右手で顔を覆った。しかし、隠せていない部分が真っ赤に染まっている事が彼の心情を表している。
「こんな言い方もあれだが、よく恥ずかしげもなくそのようなことが言える」
呻くような声で呟いたエルフレッドにリュシカは「ふふふ、そうか?」と微笑んでーー。
「私にとっては当たり前のことだからな。恥ずかしいなんて気持ちになりようがない」
あっさりとした様子であくまでも当たり前と言い切る彼女ーー嬉しい反面、何処と無く感じる凛々しさに男としてこのままで良いのだろうか、と思わざるを得ないエルフレッドだった。
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婚約式の翌日、学園は大いに沸いている。遂に学園祭の日付が決まり、それに向けた活動というのが始まろうとしていたからだ。二年Sクラスもその喜びを隠せぬようで出し物を選別するHRはまたとない盛り上がりを見せている。
「それではみんな、興奮冷めやらぬ所悪いけど一旦落ち着いて出し物決めようか?まずは挙手でやりたいものを言って貰って、その後、この投票箱に希望するものを書いてもらった用紙を匿名で入れてもらう。そうすれば、純粋にしたいものをみんな書けるよね?開封もここでするし、箱は魔法で固定しているから動かせない。厳正な多数決投票になると学級委員長としてここに誓うよ」
「はいはいはーい♪揚げパン屋したい♪」
「......あのさぁ。そういうあからさまに自身の持っているブランドを文化祭に持ち込むの止めてくれる?一応言っとくけど、万が一舞台とかすることになっても演技指導とか、ワカメとか木とかになってもらうからね」
「......世界を股に掛ける舞台女優が......ワカメだと......?」
周りがくすくすと笑う中で「ああ良いさ!ワカメやってやろうじゃん!主人公を食うくらいのワカメの演技でみんなの印象をワカメの舞台にしてやんよ‼︎」と大騒ぎのノノワールに「いや、舞台って決まった訳じゃないし......しかもノノワールさんって生徒会長直々に学園祭公演頼まれてて、クラスの出し物の参加難しいでしょう」とアルベルトは苦笑する。
「うう......だから、せめて出し物の立案くらいーーん?ちょっと待ってよ?ワカメ......学園祭公演にワカメを取り入れてーー「例えで出した僕も悪いのだろうけどお願いだから、ワカメを取り入れた演目とか止めてよ?何か僕の経歴にも傷がつきそう」
溜め息を混じらせながら呆れるアルベルトーーその横で様子を眺めていたジンは苦笑しながらーー。
「ノノワール君、少し情緒不安定じゃないか?大丈夫?先生少し心配になるぞ?」
「先生♪心配ありがとうございます♪大丈夫です♪あと、心配してくれたのは嬉しいですが、どうせならアマリエ先生に心配して欲しかったです♪」
「......君の趣味にとやかくは言わないけど学園では慎んだほうが良いかな?後、流石に人妻は止めようね」
何とも言えない表情を浮かべるジン先生に気付かない彼女は「美熟女な人妻......良いね♪燃えちゃう♪」と一人楽しげに妄想の世界だ。
その後方の席に座るエルフレッドは鳥肌が立った腕を擦った後に、コイツは倫理観に問題有りとかで別のクラスに行かせた方がアマリエ先生の為にも良いのではないか?と真剣に考えるのだった。
ーーその後、出し物を決める為の挙手を求めるも既にその段階で難航し始めた。単純に学園祭の経験が少ない人々が多いというのもあるがSクラスの生徒達に上流階級の人間が多いという部分が引っ掛かった。
彼等、彼女等の中にお茶をお客様に持っていく。自身で作った料理で人々を饗す、化け物になって人を驚かすーーといった通常文化祭で楽しまれる出し物の発想そのものが存在しないのだ。
別にその仕事を下に見ているようなことは一切無い。単純にそういう世界で自分達が働いている想像が出来ないのである。例えば料理店を出したいと思ったとして、自身がその店のウェイターや料理人になるということは考えない。
出資して土地を買い経営者になることだと考える訳だ。そういう意味では名門伯爵家出身ながら諸事情により自身で生計を立てているノノワールや元平民のエルフレッド、そして、アルベルトのような存在の方が極めて稀な存在であると言えよう。
となると盛り上がりを見せていた二年Sクラスのテンションががた落ちるのも致し方ない。そんな雰囲気だと平民の子達も手が上げにくい。そして、このままだと、とりあえずで板書されている揚げパン屋になってしまいかねない。
完全に誰得ーーいや、ノノ得であった。
「うーん......弱ったなぁ。まさかSクラスにこんな弱点があったなんて......とはいえ、皆に揚げパンを揚げさせるのは......」
板書の前で立ち尽くし困ったように頭を掻くアルベルト。
「良いじゃん♪揚げパン屋♪みんなで油まみれになろうよ♪」
と、彼が割と懸念しているところをニコニコの笑顔で推し進めようとするノノワール。もう少し無難なものでは駄目なのだろうかーー。
皆が困っている様子にエルフレッドは溜め息を吐いて、手を上げる。皆の視線が集まる中で彼は頭を掻いた。
「とりあえず、カフェでいいんじゃないか?従業員の目線になるのは経営者としても勉強になることも多いだろう。ノノワールは単純に揚げパンを食べたいだけだろうから、メニューの一つに加えとけばいいだろう。料理は出来る者と希望者のみでーー接客はそれ以外で三十分とか短い時間で回せばいい。みんな行きたいところなども出てくるだろうから不公平にならないようにすればいい」




