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「将来の義兄弟か......なるほどな。確かにそうなるのか。少し意識をした方が良さそうだ」
今まではリュシカとの婚約に関してヤルギス公爵家の姫が嫁いでくるという一点に対する感情が強く、他に関する実感は薄かった。しかし、今後はヤルギス公爵家の人々との関係も大いに変わってくるという事に関して意識する必要があると思わされたのだ。
「そうだな。男性側は嫁が来るというイメージだから何となくイメージが湧きにくいのだろうが、こちら側は嫁に入る訳だから、家族の在りようの変化は強く意識せざるを得ないのだ。特に次期公爵家当主と次期辺境伯家当主ーーまあ、陛下の考えによっては次期公爵家当主同士の結び付きが強まる訳だからな?そこら辺はちゃんと考えておくのだぞ?」
少し説教っぽく人差し指を振りながら告げる彼女に「全くもって返す言葉がない。ちゃんと考えるようにしよう」と頷いてエスコートの手を差し出した。
「では、我が姫よ。そろそろ義兄の元に向かうとしようか?」
彼が揶揄うように微笑めば「今のは何処と無くアズラエル陛下っぽかったぞ?」と彼女も揶揄うように笑うのだった。
盛大な婚約式が始まり、その様子を席から眺めていたエルフレッド達は二人の幸せそうな様子に大きな拍手を送った。互いの民族衣装を意識した正装にクレイランド帝国、アードヤード王国の人々は熱狂した様子を見せるのだった。カーレスは彼女の手を取り、優しく微笑んでアーテルディアは長く待った分、募った想いに万感の想いを見せるのである。
婚約の品の交換が行われ二人は口付けを交わす。婚約式のプログラムに口付けはないのだが、どうもエルフレッドとリュシカが前例を作った形になってしまったようだ。何と無く苦笑が浮かんでしまうエルフレッドと自分達の時の事を思い出して顔を赤く染めてしまうリュシカであった。
次に二人の挨拶に入った。カーレス小さな義妹の話に触れると事情を知る者達から様々な感情の涙が流れる。この婚約式にはきっと彼女の祝福もあるだろうと空間魔法に仕舞っていた白の羽根を空高くに飛ばせば、羽根は何処までも高く舞い上がり、空の彼方に消えた。そして、空に大きな虹を作ったのである。
皆が突如現れた大きな虹に感動の意を露わにした。思わず涙したコルニトワとその肩を優しく抱き寄せて微笑みながら、静かな涙を流すアズラエルを責める者は何処にも居なかった。多くの者が婚約の日に突如現れた大きな虹を神の奇跡と呼び、二人の幸せが長く続くことを確信した。
挨拶が終わり頭を下げた二人ーー何を思ったのか、カーレスが突然アーテルディアを抱き上げた。突然のお姫様抱っこに驚きながらも何とか彼の首に腕を巻きつけた彼女に彼は優しい微笑むを浮かべた後に、その赤く染まった柔らかな頬に甘い口付けを落とすのだ。
「ちょっと⁉︎カーレス君⁉︎こんなの聞いてないんだけど⁉︎」
慌てふためき思わず平時の口調で告げるアーテルディアにカーレスは何処吹く風と素知らぬ様子で、ただ優しげな笑みを浮かべるのである。
「よっ‼︎卒業生一の色男‼︎憎いね‼︎」
「馬鹿っ‼︎あんたって卒業しても何も変わってないわね‼︎ルーナシャ様もなんか言って上げてくださいよ‼︎」
「ふふふ、サンダース様ったら子供のようにはしゃいじゃって......何時迄も可愛らしいお方ですわ」
「......駄目だ。きっとこういう空気感のカップルなんだ......ツッコミ不在カップルだ......」
囃し立てるサンダースをポワポワと見つめるルーナシャーーそんな二人をジト目で見詰めながら溜息を漏らすエルニシア。婚約者が......と言ってた割に全く問題なさそうなのはボケとツッコミの塩梅が非常によろしく、お後がよろしいからだろう。
「いやぁ、親友の大胆な姿を見ることが出来るなんて不思議な気持ちだなぁ。アーニャもちょっと覚悟した方が良いかもね?」
「うにゃ⁉︎えっ⁉︎その......妾達は政略結婚だからミャ......ちょっとエッチなのはまだ早いと思うというかミャ......にゃ、にゃあ......」
「ふふふ、どうかな?こんな可憐な女性を捕まえて、いつまでも政略結婚と思うなんて......ってアーニャにはこういう系の話はまだ早いみたいだね......」
親友に触発されたのか、はたまた、普段のお返しのからかい半分かーーレーベンが隣に座るアーニャに言うと彼女は顔を真っ赤にしたまま目を回し始めるのだった。
「あら、アーニャちゃんって初心なのね!何だか凄く微笑ましい気分になったわ‼︎」
「そなたはこのような晴れやかな場で何を言っておるのだ......しかし、まあ、アーニャ姫の別の一面を見れたのは将来の義父という立場からは安心したと言わざるを得ん」
普段、冷静且つ理論的な女性として振舞っているアーニャの可愛らしい一面を見てクリスタニアは瞳を輝かせている。そんな様子を呆れながらも微笑ましく眺めるリュードベックは将来の娘の意外な一面に多少安堵している様子があるようだ。ーーというのは、アーニャが既にアードヤードの王家に嫁入るという意識を持って、その能力を遺憾無く発揮。本人の希望により婚約式まで公表はしないがIQ二百三十越えが伊達ではないことを証明する功績をどんどん打ち出しているのである。
如何に出来の良い息子であっても手綱を握れぬのならば少々考えねばならない部分もあると思っていただけに、そんな大人の部分だけではないと解った事が、とても心を和やかにするのである。リュードベックは空を見上げ、掛かる虹に目を細めた。数少ない友人の息子とクレイランドの皇女の婚約式ーーこの式典によって何かが大きく動き出した、と根拠はないが彼は確信するのだった。
「エルフレッド。中々に粋なことをするな?」
したり顔で笑うリュシカの言葉に一瞬何の事やらと思ったが、どうやら彼女は虹を掛けたのはエルフレッドの仕業だと思っているようだ。実際は白い羽根の持ち主が祝福したのだろうが、確かに羽根を投げたのが彼であったならば、そう思う人物が現れても仕方がないように思えた。とはいえ、自身で望んで虹をさすことができると思われると後々、非常に困ることは理解していたので、ある程度暈して伝えることにした。
「いや、あれは俺が起こしたわけではない。実は巨龍討伐の際にユーネ=マリア様の使徒に出会うことがあったのだ。必要な時にはあの羽根を、と一枚授かっていたのだ。まさか、このような意味があるとは思わなかった」
実際にクリシュナはユーネ=マリアの使徒として迎えられた可能性が高く、確証が無いだけで嘘は言っていない。そして、そんな彼女がエルフレッドを助けるために使った羽根をこうして、この場に相応しいと考えて空に返した所、虹が輝いた。きっと、それが彼女の思いであり、祝福であると彼が確信していた。それを聞いたリュシカは一瞬キョトンとした表情を見せたが「そのようなことがあったのか......ユーネ=マリア様の使徒に会っただけでなく、そのような使命を承るとは、やはり、エルフレッドはユーネリウス様として特別な存在のようだな」と非常に感心した様子を見せるのだった。
彼は正直、何とも言えない気持ちになった。自身がそれ程、特別な存在であると考えたことはなかったということもあり、胸中は非常に複雑である。




