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「フフフ、弱点属性とは思えぬ荒々しき風よ!!しかし、私の炎は何よりも燃え上がるぞ!!」
彼女が纏う炎は黒炎だ。美しき容姿に纏わりつくような黒黒とした炎はそのおどろおどろしさで寧ろ彼女の美を更に昇華させている。
信じられない程の熱量が傲慢な風を掻き消さんと食らいつく。熱波の余波はエルフレッドの皮膚を焼く。あまりに強く燃え上がる黒に大剣を盾にした彼は口角を上げた。
「それ程の炎はあの神化したルーミャにも勝るとも劣らない。そう言えば本質が何の炎なのか聞いたことがなかったな?」
防ぎ、火の粉を散らさんとする黒を暴風で払い緑のそれを向ければ彼女は黒に染まった曲刀を向けてーー。
「改めて言うのは少し恥ずかしいが、これ程までに私らしい炎は無いと言えばエルフレッドはどう思う?」
問いかけながら笑う彼女に「なるほどな」とエルフレッドは肩を竦めた。
「想像するに"愛の炎"といったところか。しかしながら黒と言うのは少し不思議だな」
薙ぎ払い、牽制の風の刃を三発撃って様子を見る彼に彼女はそれを回転切りで掻き消してーー。
「愛とは何も綺麗なものばかりではない。守り、慈愛に溢れた白の炎もあれば嫉妬に狂い滾る黒の炎もあるということだ。愛の本質とは二面性だ」
「なるほど。それは深く強い。それは才能故の二面性か?」
強力な本質魔法を二つも使いこなすことに彼は驚きを隠せないが彼女は「敵ならば隠すべきだろうところだが......」と笑ってーー。
「私の場合は属性が二つあることに起因していると考える。聖属性と炎属性の二つが本質的な部分で混ざり合い、愛の炎となった。元来ならば二つの魔法が混ざり合うことなど有り得ないから理解が難しいのだろう。私の場合は、まあ、それしかないと感じていたから直ぐに覚えられただけだ」
黒の曲刀を構えて再度切り合いに持っていく。恐ろしく早く鋭い斬撃、左右の袈裟切り、横回転切り、回し蹴り、側宙切りと止まらぬ回転運動はバリエーション豊かになり、より複雑に、より高威力に纏まってるのだ。
「本当に強くなっている。良い攻撃だ。ーーそうなるとメルトニアさんやアルベルトが本質魔法を会得した時、俺の天下が終わるかもしれんな?」
緑の風の威力を更に強めながら彼は大剣を曲刀に合わせる。黒の炎で焼き切れぬ暴風にリュシカの表情が歪んだ。
「こうして弱点属性を全て防いでいるヤツがよく言う。特Sランクは伊達ではないということか。ーーまあ、それこそ私の考えが正しい前提且つ理論上はというヤツだ。よく考えてみろ?全ての属性が組み合わさった本質とはなんだ?全知全能か?そんな本質はこの世に二つと無いだろう。となれば、見つけることが非常に難しい。理解もいかない。可能性だけで言えば強いが正しく茨の道だろう」
リュシカは語る。例え、嫉妬の黒、慈愛の白を理解出来たとして本質魔法は発動しない。二つの本質を併せ持つ物が何かを理解しなくてはならない。そうして、初めて本質魔法は発動する。嫉妬、慈愛の二つの性質を持つ愛という本質に気づいてこその魔法なのだ。
隙を突いて攻勢に転じたエルフレッド。リュシカの纏う炎が幻想的な白に変わり緑の風を寄せつけない高い防御性能を持つ慈愛の白は纏う物を全てから守るのだ。
「なるほどな。それは確かに茨の道だ。とはいえ二人なら何れは習得しそうだが......後な。元来、特Sランクとは特別な条件の元のSランクという意味で別にSランクより強いという意味ではないのだ。そこは勘違いしてもらっては困る」
纏う白に暴風を叩きつけ、更には高圧縮のプラズマで追い討ちを掛ける。近くに存在した岩山が消し飛んだがリュシカには一切ダメージが無い。
「それこそよく言うだ。巨龍を一人で倒すという馬鹿げた条件の元での特Sランクだろうが。そなた以外に誰が成し遂げらるものか。冗談も休み休み言ってもらわないと困るぞ?」
再度、黒の炎に切り替えて更に上級炎魔法レーヴァンテインで強化、今までの戦闘の擦り傷が全て消えて爆発的な威力を持つ白の炎と対照的な黒の炎が渦巻き、絡み合っている。
「全くそんな物騒な物を振りかざして......俺が消し炭になったらどうするつもりだ?」
苦笑しながら傲慢な風の威力を最大まで引き上げて彼はウインドフェザーで飛翔する。言葉の割に打ち合い上等。大剣を低めに構えて突撃する。
「私の婚約者は消し炭になるほど弱くないと信じているからな?寧ろ、その余裕っぷりなら、この威力でも防げる気でいるのだろう。全く恐ろしいヤツだ。とはいえ、良い加減やられっぱなしも癪なのでな。一矢酬させてもらうぞ?」
一凪で大爆発を繰り出す白黒の曲刀が唸り声を上げる。決して混ざらぬ螺旋の炎が飛翔し特攻するエルフレッドへと襲い掛かった。
「余裕など既にないが、そこまで信頼されているのならば答えねばなるまい。例え降り掛かるが火の粉ではなく、太陽さえも飲み込まんとする極熱の炎だとしてもな‼︎」
対してエルフレッドは大剣を振るい、風を放った。緑と白黒の閃光が混ざり合い視界を埋め尽くす。余波が多くをなぎ倒す中で立っていたのはーー。
「イムジャンヌよ‼︎そなたの魔法の属性はなんだ‼︎」
「私は木属性」
「ふむ‼︎なるほどな‼︎理想は究極的な身体強化+ホールドユグドラシルでの強化だが、イムジャンヌの魔法が苦手というのはどの程度の物なのか?」
彼女は一旦障壁を張って溜息をついた。
「この程度。壊滅的に駄目。理論のテストとかは満点近い点数を取るし、魔法戦闘学は戦闘の実技だから、特に問題なかったけど、後は使えて回復魔法を少しだけ」
彼女が苦笑するとアルドゼイレンは大笑いしながらーー。
「なるほどな‼︎しかし、それならばイムナリスよりは才能があるようだ。あやつはそもそも属性魔法が一切使えなかったからな‼︎障壁も無属性障壁という最弱の障壁で戦っていた。なれば、属性魔法が使えるだけ望みはあるということだ」
聞けば、イムナリスは小さい頃から全く属性魔法が使えない特異体質だったそうだ。その為、汎用性は高いものの属性魔法に劣る無属性をどうにか戦えるレベルまで鍛え上げて、持ち前の剣術で上に上にと登りつめたそうだ。
「そんな凄い人が居るんだね。なんか驚いた」
「あやつもまた、イムジャンヌの様にストイックな人間でな。強くなる可能性は何でも試していたぞ?結果的には我に負けたが、他の巨龍であれば倒していたかも知れん」
我を選んだのが運の尽きよ‼︎と大笑いするアルドゼイレンに「自信家だね」と彼女は苦笑する。
「自信家も何もその当時からエルフレッドに倒されるまで代替わりした巨龍はガルブレイオスのみ。あの当時なら樹木の巨龍も強かったであろうが我とやつとが戦ったことはなかった。まあ、その当時より最強を自負していた故に我が負けるとは思ってもいないがな」
「ふ〜ん。アルドゼイレンってそんなに強いんだね。しっかりおしえてもらわないとーー」
刀を抜いてやる気満々といった様子を見せたイムジャンヌーーしかし、アルドゼイレンはそれに待ったを掛けた。
「無論、教えるが今からするのは刀を使った練習ではない。身体強化魔法の強化だ。やり方を教える故にまずは刀を納るのだ」
「......そう。わかった。残念だけどしまう」
刀を鞘に戻しながらションボリとしている彼女に巨龍はニヤリと口角を上げてーー。
「そう落ち込むな‼︎次に刀を持った時、そなたは驚く程強くなって我に感謝することになるだろうからな?」
フハハハと楽しげに笑うアルドゼイレンに首を傾げながら、とりあえず言われた通りに体を動かすイムジャンヌであった。




