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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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5

 その後はつつがなく自己紹介が進んでリュシカの番がまわってきた。彼女は特に気負った風もなく淡々と告げる。


「リュシカ=へレーナ=ヤルギスだ。最優秀生の際にも告げたが私はここで素で付き合える友を増やすことを望んでいる。将来の夢は愛し愛される者を自身で選び結婚すること。学園では領地経営の補助や栄養管理等を学んでいければと思っている。よろしく頼む」


 それを聞いたアマリエは熱っぽさを消すように出席表で顔を仰ぐと色っぽい息をついた。


「リュシカ君。君は中々に大胆な事を言うね。それにその口調は家の旦那そのものだ。少し当てられてしまったよ」


 そう彼女の旦那こそリュシカが憧れ口調を真似ることから始めるに至ったアードヤード王国陸軍元帥、[アハトマン=エルンスト=アインリッヒ]である。


 当人の能力もさることながら天才的な戦略で軍神の異名を持つゼルヴィウスに対してアハトマンの異名は"鬼神"。元帥でありながら必要とあれば前線に出て全てを破壊する様からそう呼ばれ恐れられているのだ。


「いえ、小さい頃からの夢ですから今更恥ずかしがることでもないだけです。後、アハトマン殿の戦闘力は私の憧れですから、その奥様にそういって頂けるとなると嬉しい反面、恐縮ですわ」


 そういって微笑むリュシカに「あの筋肉達磨が憧れだと少し心配になるな」とアマリエは苦笑した。


「これはもうお節介というか、老婆心の様なものだが。リュシカ君はブルーローズ宮殿を目指したりはしないのか?あそこに入ることが出来れば君の夢の成熟の力になりそうなものだが......」


 以前も述べたがブルーローズ宮殿は嫁にしたい嫁に貰いたい職業一位の場所である。当然、このアードヤード王立学園でも就職希望率は非常に高い。


「アマリエ先生ありがとうございます。私もそのことを考えたことはあるのですが......私は先生のように立派な軍人になるような夢を持つ令嬢ではないのです。そんな令嬢の、しかもヤルギス公爵家の令嬢が学園生活が終わるまでに相手を決められないなどあってはならないことです。最近は母も何やらきな臭い動きをしていますし......ブルーローズ宮殿はきっと最終手段となるでしょう」


「そうだな。いや、そこまで考えがいっているのならば言う事はない。良い相手が見つかるように頑張るのだぞ?」


「はい!ありがとうございます!」


 リュシカがそう言いながら微笑んで席に着いたのを見ながらアマリエも同じように微笑んだ。


「次で最後だな。エルフレッド=バーンシュルツ君。よろしく頼む」


 立ち上がったエルフレッドは入学式以来感じる様々な視線に咳払いを一つ。少し間をおいて口を開いた。


「......紹介に与ったエルフレッド=バーンシュルツだ。夢はバーンシュルツ子爵領の発展並びに次世代への継承。即ち、領地経営だ。それと並列する程の夢として七大巨龍の制覇を目指している。出来れば学園にいる間にそれを成し遂げたいと考えている。長期休暇などはそちらに時間を取られるが普段は学園生活を楽しみたいと考えている。よろしく頼む」


 するとアマリエは「う〜む......」と唸り声を挙げて胸の前で腕を組んだ。


「エルフレッド君。私は正直言って頭を悩ませているよ。君の活躍は特務師団時代から知っている。陛下の覚えも良いし君はこのアードヤード王国の希望にもなり得る。七大巨龍の討伐は世界平和に繋がる上に君の領地を繁栄させるものとなるだろう。だがな、それはあまりにもリスクが大きくはないだろうか?しかも君は人助けを買ってでもするような人間だ。功績がなくとも失うのは惜しい」


「そう言って頂けるのは嬉しくも恥ずかしくもありますが私はそこまで優れた人間ではありません。七大巨龍を倒し伯爵位を得て、あの森林ばかりの広大な領地を開墾しながら余生を過ごせれば満足なーーただそれだけの人間です。まあ、あれだけの土地ですから領主ともなれば他家のような兼業は難しいでしょうし......」


 アマリエは苦悶の表情で「ともすれば与える土地を誤ったのだろう」と聞く人が聞けば不敬罪にもなりかねない発言をしてーー。


「......七大巨龍の討伐は本当に必要か?君程の実力ならば別の功績の挙げ方もあるだろう?弱点属性の巨龍を倒したとはいえ残りは曲者揃いだ。聞けば、今回の討伐もかなり危うかったのだろう?」


「もっと言ってやって下さい先生‼︎」とリュシカの野次が飛んで皆が笑い出した。それに対してエルフレッドは苦笑して見せるとバツが悪そうな表情を浮かべた。


「あまり詳細がばれると親やそこの友に阻止されてしまいますが、エリクサーが無ければどうなってたのか解らないくらいにはーー」


 嘘である。エリクサーが無ければ確実に死んでいた。しかし、それを馬鹿正直に話す程に頭が回らない訳ではない。


「私は個人としても教師の立場としても、その事を親に密告してでも辞めさせたいと考えているが?」


「そうなると学園から逃げ出さなくてはなりませんねーー「エルフレッド‼︎」


 リュシカの怒鳴り声に肩を竦めながらエルフレッドは言った。


「先生、自分はそれを変えれません。人生を賭けて成し遂げたいのです。誰が止めようともそれは変わりません」


「......それ程のことか?」


「はい。それ程のことです」


 寸分の迷いなくそう答えるエルフレッドにアマリエはその瞳が本気の色で染まっている事を感じ取って溜息を吐いた。


「まあ良い。そこまで言われては反対とはいえまい。残りの巨龍の居場所を考えるに次は夏休みだろう?それまでに一度私達の言葉を考えてみてくれ。あと、今回の入学式みたいにあまりにも学業に支障をきたすようであれば引きずってでも止めるからな」


「かしこまりました」


 エルフレッドはそう答えると困った様に笑いながら自身の席に腰を下ろすのだった。














○●○●













「あら、もうバレたのですの?」


 ヤルギス公爵家の蜜蝋が着いた招待状を見ながらユエルミーニエは微笑んだ。招待状に付随した席順を見れば王妃を除いた何時もの面子が顔を並べている。自身がギルドに諜報員を仕込んでいるようにメイリアも諜報員を仕込んでいたのだろうと思えばバレるのも時間の問題ではあったが、この反応の早さ見るに向こう側の本気っぷりが伺える。


(ですが、こっち側にはちゃんとした"理由"がありますの)


 そうである。招待状が届いてもユエルミーニエが全く焦っていない理由。それはレイナからの推薦を受けてエルフレッドを公式に家庭教師として迎え入れたという正当な理由があるからだ。加えて一番適任であるルーナシャは既に婚約済み。まさか、次女のフェルミナと懇意にさせようと思っているなどフェルミナの状態を知っている三大公爵家の面々が思うはずもあるまい。


「レイナちゃんともゆっくり話したかったし丁度良かったですの」


 牽制しようとしているメイリアは、まさか自身に塩を送っていることになるとは思ってもいないことだろう。


(少しずつ外堀を埋めないといけませんわねぇ)


 ユエルミーニエはそう考えると頬を釣り上げる。さも愉快だと言わんばかりの表情でお気に入りのハーブティーに手を付けるのだった。

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