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ノノワールは「そ、そんな......」と呻きながら力なく席に着いて徐々に瞳から光を失っていく。
「あ、ああ、そんな、う、うう......あっ......恋とは何だろうか?恋とは脳の伝達物質によって構成される一種の勘違いのようなものでーー「ああ‼︎大変だ‼︎エルフレッド‼説明する前から廃人モードになってるぞ‼︎」
今朝と全く同じ状態に逆戻りした彼女を揺すりながらリュシカが叫んだ。
「まさかイムジャンヌに虚無の住人にされかけたノノが自ら空の住人になるとは驚きミャーー「そんなこと言ってる場合じゃなくないかい⁉︎思った以上にやばいんだけど⁉︎イムジャンヌさん⁉︎ちょっとフォローをーー」
「期待させたら駄目。無理なものは無理ーー「それは解ってるよ‼︎そうじゃなくて、そうじゃなくてーーああ、もう‼︎」
わたわたと慌てふためく皆を前にエルフレッドは溜息を漏らした。額を押さえながら苦悶の表情を浮かべる彼が何を思うのか解らないが、この事態をどうこう出来るとは思っていないようだ。
皆が皆して、それぞれの反応を見せる中で今まで無言を貫いていたルーミャが「仕方ないなぁ〜」と立ち上がった。
「ノノ‼︎」
空の表情のまま顔を上げたノノワールが「......ルールー......?」と呟くように彼女を呼んだ。
「失恋は辛いよね?良いよ、妾のこの母性がいっぱい詰まった豊満なお胸に飛び込んできな?今日だけ許す。涙と一緒に忘れちゃいな!」
「ルールー......⁉︎」
「あ、でも抱き着く以外は駄目だかんね?抱き着く以外の何かした瞬間にそのまま神化の焔で消し炭にするから」
「ルールーぅうう!!!」
うわーんと涙を流しながらノノワールがルーミャに抱きついた。「辛かったよぉお〜‼︎」「うんうん、辛かったね?ヨシヨシ頑張った」と慰めている内に彼女の瞳に光が戻っていき、皆はホッと胸を撫で下ろしたがーー。
「さ、流石、アマテラス様の血を受け継ぐ半神‼︎溢れんばかりの我儘母性ボディーが最高過ぎる‼︎このまま、昇天しちまいそうだ‼︎」
「......ウヘェ。なんか色々ついてるんだけどぉ。これ、離れる前に浄化魔法掛けて綺麗にしてよねぇ?」
失恋に絆されて抱き締めるんじゃなかった......と後悔を全面に押し出して尻尾と耳を垂らしているルーミャを見て皆は本当にブレない奴だなぁと呆れる他なかった。
「ということでルーミャ×ノノワールエンドで話が一件落着したところでーー「リュシカには悪いけど、お母様とお祖母様にエルフレッドの事が好きすきで頭がおかしくなりそう、どうにかならない?って泣きながら電話するね♪今から」は俺の勘違いだったようだ。本当にすいません。許して下さい」
どうやらアルベルト仕様の弄りは彼女には効かないらしい。その言葉を聞いてギョッとしたリュシカは「冗談だよね?電話しないよね?」とオロオロとしているのを見て、ルーミャは笑わぬ瞳で微笑みながら「しないよぉ。エルフレッドが誠実な対応してる限りはねぇ♪」と楽しげな声で言うのだった。
「ルーミャ......恐ろしい娘ミャ⁉」
と妙な戦慄を覚えているアーニャに呆れながら「そろそろ本題に戻ろうよ?繰り返しになるけど廃人モードっていうのが思った以上にやばいことはさっきの見て解ったからさあ」アルベルトは苦笑するのだった。
「うん。私もそう思う。先ずは理由から聞かないと」
このままでは埒が開かないと思ったのだろう。彼に同調したのはイムジャンヌ。真剣な表情で皆を見渡し賛成を求めている。
しかし、本題の中心であるノノワールは困ったように頬を掻くのだった。
「理由を話すのは良いけど、本当に解決策が無いって言うか......私としては皆とこうして笑い合えるのが最高なんだよね。エルちん、リューちゃんに言ったことにプラスして言えば絶縁関係にある両親がストレスで、仕事が選べる立場じゃないことがストレスでーー仕事は何れどうにかなると思うけど両親は連絡先も解らないし正直会いたくないから」
名門伯爵家の令嬢として産まれた彼女が男性でも女性でもなかったことを両親は受け入れられなかった。時に子供の妄想と笑われ、様子がおかしいと気付いた時には強制的に女性であるように躾けられた。そして、それでも駄目だと解ったら全てを否定されて絶縁されたのだ。
嫁げない娘に価値などない。
そうハッキリと言われた事実は彼女の心を壊して追い込んだ。好きな仕事のちょっとしたストレスにさえ耐えられない程に破壊されて聖魔法が入った魔法薬を浴びる程に飲みながら生きてきた。
だから、本当に嬉しかった。アードヤード王立学園のSクラスは人間性が問われる。そんな中でも特異な者を見る目は変わらないんだと諦めた時にエルフレッドや今の仲間達に出会えた。皆との日常に心穏やかになり魔法薬の量は目に見えて減っていった。自分の事を"普通の人間"だと認めてくれる仲間が漸く見つかったのだとーー。
「ノノ......」
「私、本当は怖かったんだ。エルちんに舞台のチケット渡してさ、来なかったらどうしようって......何か漸く普通の友達が出来たかもって思ったのに実は影では気持ち悪いって思われてないかって勝手に悩んで副作用が無いハズの魔法薬を身体が震える程に飲んでさ。そしたら、エルちんとリューちゃんは普通に来てくれたじゃん?しかもメイカちゃんに振られてボロ泣きの私を慰めてくれたり?嬉しかったなぁ。これ以上は想像できないくらいね。それにーー」
ノノワールは目を見開きながら嗤った。一変して恐ろしい雰囲気を漂わせながら目元を押さえている。
「私は両親を絶対に許さない。私とあの二人の間に幸せな結末なんて有り得ないの。みんなに協力なんて頼めないよ。だって、私は絶対に復讐する!!今は方法も思いつかないけど絶対に後悔させてやる!!それも一気に楽にしてやるような方法じゃない!!私が耐えた十五年分、いや、もっと長く苦しみ悶えるような酷たらしい後悔を刻んでやるんだ!!......だから、愚痴を聞いてくれるだけで十分♪」
そして、彼女は何時ものノノワールに戻った。圧倒的な憎悪を撒き散らし、周りを震え上がらせるような負の感情に塗れた彼女は消えた。だが、それが彼女の根底であるということを皆が理解するのはそう難しいことじゃなかった。
「なるほどな。もう綺麗事で終わる段階はとうに過ぎているということか......」
「そゆこと♪エルちん、流石♪よく解ってる♪」
楽しげな表情で告げる彼女にリュシカは困惑を隠せない様子だった。
「それ程までに難しいことなのか?性別が男女だなんて人間が勝手に決めたことだ。今ではLGBTなんて当たり前の認識だろう?少なくとも理解しようと努めているではないか?それだけのことが、ここまでノノを追い詰めるような事態を巻き起こすなんて俄には信じられんが......」
「リュシカの考えは綺麗過ぎるミャ。妾達はきっと周りから見れば特殊なのミャ。全く偏見がないから当たり前のことでノノのアイデンティティが傷付けられる事実が受け入れられないと考えてしまうのだろうニャア。でもニャア、そうなることが百%素晴らしいことだとして皆が受け入れられる訳ではないミャア。どうしても自身が理解出来ない者と相対しているように感じてしまう人間の方が多いのニャア。だから、ノノは苦しんで孤独を感じ、妾達に会えたことを感謝した。でも、それは最悪から救っただけで取り返しがつかない状態である事実には何の変わりもないのミャア」
アーニャが悲し気な表情で言ったのは世の中の現状とノノワールの心情の話ーーハッキリと言葉にはしなかったが手遅れだと言ったのだ。もし後何年か早く彼女と自分達が出会っていたならば、彼女と両親が絶縁しない未来もあったかもしれない。そして、両親が良き理解者になり家族と共に苦難を乗り越えて彼女自身もここまでボロボロにならずに済んだかもしれない。
だが、それは所詮、その可能性があったという話で現在進行ではないのだ。




