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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
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 その転がっている鏡とやらですら何処ぞの王宮から持ち帰った品なのだろう。妙に煌びやかそれを恐る恐る覗きこめば、とてもしっくりとくる見た目をした自身の姿が映り込み、彼女は驚きの声を上げた。ミスリルプラチナとやらがどんな鉱石なのかは全く解らないが、その仄かな桜色を放つ銀色は彼女の髪を一層美しく輝かせた。そして、それでありながら邪魔になるような重さは無く、軽く頭を揺すっても髪が崩れて邪魔になるような事もない。美しくありながら騎士として戦うのに実用的なそれは確かに彼女に合っていた。


「うん。これは凄く気に入った。嬉しい。ありがとう」


「そうかそうか‼︎ならば良かった‼︎我も凄く似合うと思っていたから気に入ってもらえたならば嬉しいぞ‼︎」


 腰に前足を当てて豪快に笑うアルドゼイレン。貰った髪飾りを何度か優しく撫でた彼女もまた、とても嬉しそうに微笑むのだった。




 その後、アルドゼイレンに実家の近くまで送って貰ったイムジャンヌが正門を潜ると珍しく兄以外の家族が揃っていた。


「お帰りさね。イムジャンヌ......あらま、えらく別嬪になって帰って来たじゃないか?それにその髪飾りはどうしたんだい?」


 伯爵家の三女ながら長い騎士生活の中で下町言葉がすっかり染み付いた母親が嬉しげな表情で言った。父親はチラリと彼女を見たが何事も無かったかのように新聞を読み始め、コーヒーを口にしていた。イムリアは帰ってきたとはいえ勉強で忙しそうだ。参考書を開き、ペンを忙しなく動かしている様子が目に入った。


 イムジャンヌは母の方を見ると少し頬が緩んだ表情を浮かべて髪飾りを撫でた。




 「コーディネートしてもらった。髪飾りは好きな相手に貰った」




 父親がコーヒーを吹き出した。イムリアのペンが折れ曲がった。唯一、何かしらを感じ取っていた母親だけは驚きながらも「それは良いことがあったさね‼︎相手は誰なんだい?」と興味津々の様子なのである。イムジャンヌは少し首を傾げて考えると母親の方へと視線を戻しーー。


「今は秘密。髪飾りしまってくるね」


 狼狽える父、驚きポカーンとしているイムリアの様子など目にも入っていない浮かれた様子の彼女は部屋へと戻っていった。


「す、好きな相手だと⁉︎いつの間にそんな相手が出来たんだ⁉︎母さん、何か聞いたことあるか⁉︎」


 思春期の娘との付き合い方が解らない不器用さながら、人一倍娘のことを考えている父親は焦りに焦った様子で妻へと訊ねた。


「んんや、私も初耳で驚いたところさね!でも、あの娘の表情を見ていると本当に好きなのは解るねぇ!しかも、髪飾りを送ってくれるなんて、中々上手くいってるんじゃないのかい?」


 父親は汚れた新聞紙を片付けながら「上手くいってるって言っても相手が誰かも分からない‼︎そんな状況じゃ素直に喜べないぞ‼︎」と慌てふためいて止まらない状態だ。


「この間までは全くと言っていたのだが......もしや、昨日今日の話なのか......」


 姉妹で恋話をするくらいには関係が回復したイムリアが、折れたペンをゴミ箱に持って行きながら呟く。中々に鋭い推測だが相手に関しては推測のしようも無いだろう。


「昨日、今日は流石に無いんじゃないさね?なんたって何時ものメンバーで遊んだって話じゃないかい。エルフレッド殿、アルベルト殿、後は居たとしてレーベン王太子殿下だろ?一人は婚約者がいるし、残り二人も間近って話しさね......うん?ちょっと待ちなよ......」


 砂糖とミルクがドバドバのコーヒーを飲みながら思考を働かせ始めた母親に父親は「どうした?気になる点があったのか?」と詰め寄ってくる。彼女は難しい顔をしながら「考え過ぎかもしれないけどねぇ」と呟いてーー。


「イムジャンヌは何で相手の存在を明かしながら正体を秘密にしたんだろうってねぇ。言うのが恥ずかしいだけなのかもしれないとも思ったけど......まさか、言えない相手なんじゃないだろうねぇ」


 相手が巨龍であることを考えると言えない相手という読みはとても良い線をついている。しかし、答えに結びつく訳もなく。その疑いは彼女の友人達へと向けられて行く。


「まさか、婚約者持ちとの浮気?そんな事になったら誰も幸せにならないどころか我が家は終わりだぞ‼︎」


 大慌ての父親に対して母親は「そうさねぇ。それに流石に応援は出来ない方々だからーー最悪、殿下なんてなったら......側室なんてことをあの娘が考えてないと良いけど......」と刀をプレゼントされたことを思い出しながら苦笑した。


「父さん、母さん。私は少しとんでもない事に気付いてしまったのだが......」


 若干、顔を青ざめさせたイムリアが呻くような声で言えば、二人は何に気付いてしまったんだ?娘よと言わんばかりの表情で彼女の方へ顔を向けた。


「そのだな。メイカ先輩が言っていたのだが、あの友人グループでイムジャンヌが親しくしている中にノノワール嬢がいるのだが、もしかすると彼女が相手なのかも知れない......」


「何⁉︎イムリア⁉︎相手が女の子だと言うのか⁉︎」


「あ〜確かに......家にも何度か来たことあったねぇ。部屋に篭って遊んでいるようだったから邪魔はしないようにしてたけど......可能性はあるさねぇ......」


 母親はその時のことを思い出し、仲睦まじげな二人の関係性が別の物だった可能性を考えると存外しっくりくるなと思ってしまうのである。


「うむむ......しかし、娘がそれで幸せだと言うのなら俺達に止める権利はないだろうな......」


「もしや、私が姉妹関係を拒み続けた事があの娘をそうしてしまったのだろうか......なんということだ」


「......まだ本人の口から聞いた訳じゃないけど......もしそうだとするなら笑顔で応援してあげるっていうのが私達の務めってことになるんじゃないかねぇ......」


 とまあ、膨らむ妄想に頭を悩ませるエイガー一家。完全に杞憂な上にそんなノノワールにとって幸せな世界は広がってすらいないのだが、当人達はそれが答えであるかのように考えてしまっている。


「お腹すいた......どうしたの?」


 食卓に帰ってきたイムジャンヌは苦悶の感情を押し隠し、仏のような笑顔を浮かべる家族を見回して首を傾げた。


 その後、家族を代表した父親が言いづらそうに告げた言葉にイムジャンヌは顔を真っ赤にしながら否定した。全ての意見を完全否定した上でーー。


「そんな人様に迷惑かけるような恋じゃない。変な邪推はやめて。私、怒るよ?」


 すっかりプンプン丸の彼女に謝りながら皆はホッと安堵の息を漏らすのだった。話が終わり「それならば良いんだ。ただ、結果によっては縁談の話なども進めないといけないから言えるようになったら言うんだぞ?」と微笑む父親に彼女はコクリと頷いたが、内心はとても微妙な気持ちであった。


(人様に迷惑をかける恋じゃないけど。そもそも相手が人間じゃないって言ったら、きっと皆、大反対するんだろうな)


 態々聞くまでもなく賛成を期待出来ない恋だ。良くも悪くも家族に告げるのは答えが出てからにしようと心に決めたイムジャンヌであった。

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