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その異変は誰もが感じたものだった。本日の夜は別宅に移動することもあり、早目に港での買い物を切り上げたエルフレッド達は夕食を取ろうとイムジャンヌを呼びに行った。
しかし、イムジャンヌとアルドゼイレンがいない。一日中鍛錬をすると聞いていた彼らからすると首を傾げざるを得ない状況だ。
そして、その答え自体は直ぐに解決した。中空から現れたアルドゼイレンの姿ーーその上にイムジャンヌが乗っていたのだ。気晴らしにでも行っていたのかと思っていた皆は彼女の姿を見て冒頭の感覚に陥ったのである。
普段のイムジャンヌは愛らしい見た目をあまり気にしない騎士らしい格好をしている。刀の邪魔になると髪も高めのポニーテールで纏めているのだ。しかし、今の彼女はその髪を下ろし、美容室でも行ったのか緩やかなカールを描く髪型で、服装も流行りの色合いを取り入れ、自身のスタイルにあった愛らしいドレスなのである。
「どうかな?」
野に咲く慎ましくも愛らしい花のように微笑んだ彼女にアルドゼイレンは満足気な表情を浮かべーー。
「真に愛らしい!!やはり、我の目に狂いはなかった!!これからは自身の魅力にも自信を持って過ごすが良い!!ハハハーー」
「う、うん。ありがとう」
モジモジしながら頬を染めた彼女に遂に耐えられなかったのか、走り出したリュシカが思いっきり抱き締めた。
「き、急に抱きつかれるとビックリする」
少し抗議するような口調で彼女が言えば、リュシカは大層満足気な表情を浮かべてーー。
「すまんすまん!!だが、友が真に愛らしくなれば抱き締めたくもなってしまうものだ!急にどうしたと言うのだ!」
彼女が訪ねるとイムジャンヌは照れたように視線を逸しながらーー。
「アルドゼイレンに女性としての魅力がないと思っているって話を相談した。そしたら、そんなことないって言ってくれて実際にコーディネートしてくれた」
「そうだったのか!いや、アルドゼイレン殿は女性のコーディネートまで出来るのか!これは本当に驚いた!そして、素晴らしい!」
べた褒めでギュッと抱き締めるリュシカに「少しくすぐったい」と笑いながらイムジャンヌは目を細めた。アーニャは遠目から「ほお〜」と感心した声を上げていたものの、近くで見たくなったのか彼女達の方へと近付いてーー。
「ふむ。近くで見ると尚の事、見事ミャ♪元々可愛らしいイムジャンヌが一段上の美少女になってしまったのミャ!!髪飾りとかはしないミャ?」
彼女がサラサラになった髪を触りながら言えばイムジャンヌはやはり恥ずかしそうに微笑んで。
「もっと自信が持てるようにプレゼントしてくれるって。それに強くなれるように訓練もつけてくれるみたい」
「ニャハハ♪それは至れり尽くせりミャ♪アルドゼイレン殿も中々粋なことをするのミャア♪」
友人が喜んでいることが単純に嬉しいといった様子のアーニャは昼間のアルコールがまだ少し残っているのか絡み酒気味で空いたグラスに白ワインを注ぐ。テンションも少し高めである。
「ハハハ!!な〜に言ったことの責任を取るのが我だ!!しっかり自信をつけて貰わなければならん!!」
グワッハッハと胸を張って笑うアルドゼイレンをイムジャンヌはチラリと見て頬を綻ばせた。仄かに桜色に染まった頬の色は美容室のメイクのお陰か、はたまた彼女の感情の表れかーー。
「うう〜! !超かわいい‼︎マジ可愛い‼︎ありえないほど可愛い‼︎の三段活用なのに友達としてのハグも許されない‼︎今の状況を作った自分が憎い‼︎憎々しい‼︎憎たらしい‼︎」
クワッと目を見開き過ぎて血の涙を流すノノワールの横でアルベルトが「自業自得過ぎて何も言えないね」と肩を竦めた。「目先の欲望に走るからそうなるんだよ〜」と魔法道具に関しては似たようなことを繰り返している人の事を言えないメルトニアが、最もらしく呟いて何度も頷くのだった。
まあ、彼女の場合はそれをフォローしてくれる素晴らしい旦那をゲットした事で解決しているのだがーー。
その様子を少し離れた所で食事をしながら微笑ましく眺めていたエルフレッドは近くにいた侍女にシャンパンを頼み、傍観しながら思考する。
イムジャンヌの指導をアルドゼイレンが見るというのは彼にとって非常に朗報なのだ。簡単な話、少なくとも彼女の実力がアルドゼイレンの満足するレベルに到達するまでは最後の時が遠退いたからである。そして、その実力を持って闘技大会に望むのであれば、態々自分が指導役を買って出る必要も無いだろう。
巨龍の友の件が一旦保留になり、闘技大会の件は解決。リュシカのSランク試験については頃合いを見ながら支えていくことまで考えれば、常時対応が必要な護衛の任務などはあるものの当面の問題は大凡解決されたことになるのだ。
「今年は大分落ち着けそうだな......」
常闇の巨龍を探し出して倒す時期がいつになるかにもよるが、時間的には一年生の時とは比べ物にならない程に余裕がある。心情の変化から学園生活をもっと楽しみたいと考えていた彼にとっては貴族子息としての普通の学園生活というものが現実味を帯びてきた瞬間だった。
今回、無理矢理開催されたこの自領を巡る弾丸ツアーでさえ、ここまで楽しく穏やかに過ごすことが出来た。ならば、これからの当たり前の日常は非常に心安らかに楽しめるものになるのではないかと期待に胸が膨らむのである。
そんなことを考えていた彼は不意にイムジャンヌと視線が合った。花のような愛らしい笑顔に一瞬宿った決意の色に彼は何故だか多少の胸騒ぎを覚えたのだ。不思議に思い首を傾げていると、彼女は話していた皆に少し離れる旨を伝えて会釈程度に頭を下げた後、視線が合った彼の方へと小走りで近づいてきたのだ。
「エルフレッド」
「うん?どうした?それにしても突然のイメージチェンジには驚かされたが、とても似合っているぞ?」
彼が微笑むと彼女は気恥ずかしげにはにかんでーー。
「ありがとう。私、決意したことがあるんだ」
そう告げる彼女の色は先程一瞬だけ見えた決意の色に染まったものだ。そして、態々聞き返す必要もないほどの熱量を感じるものである。
「そうか」
彼が先を促すように相槌を打てば彼女は大きく頷いてーー。
「今はまだ詳しく言えないけど、もっと強くなる必要が出てきた。エルフレッドにも協力してもらうかもしれない。迷惑じゃなかったらだけど良い?」
強い熱量の中に浮かぶ僅かばかりの不安の色ーー決意については揺らがないが、協力を得られるかはどうかは彼次第である部分に不安を覚えているのだろう。それを笑い飛ばすように彼は「何を今更」と笑ってーー。
「勿論だとも。多忙な時なら話は別だが、俺が友の為に時間を使うことを惜しまないのはイムジャンヌとて知っているだろう?まあ、あそこのお姫様の気分次第もあるが基本的には協力させて貰おう」
茶化すように”お姫様”なんて言うからどうしたのか、とイムジャンヌが振り返ると少し不安げな表情でこちらを眺めるリュシカの姿が目に入った。
「.......私が少しおめかししたくらいじゃあ、どうにもならないくらいに綺麗なのになんで不安になるのか不思議。伝えたい事はそれだけだから行ってあげて?」
「ありがとう。お言葉に甘えてそうさせてもらう。詳しくは後日話そう」
僅かばかりの苦笑と心からの喜びを持ってエルフレッドは彼女の元に歩いていく。その手には新たなシャンパングラスが二つ並んでいた。
あんな様子を見せられれば不安な気持ちなど持ちようがないだろうにと苦笑するイムジャンヌだったが、彼女とて不安になりたくてなってる訳ではないことくらいは理解しているので早々に助け舟を出すことにしたのだった。
「好きってそういうことだよね」
大切な者の姿に一喜一憂して、様々な感情に揺れ動かされ、不安になりるーーそんな気持ちが際限なく自身の心に襲いくる物であることをアルドゼイレンと一緒に街を巡った僅かな時間の中で知った。だからーー。
(エルフレッドの前に立ちふさがる事になるかもしれない。その時の為に強くならないとーー)
好きな者と大切な友人が殺し合うかもれない未来ーー、それに備えると決意した彼女は自身の愛刀を思い浮かべ、その刀に誓うのだった。




