表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
247/457

21

 食事も終わり、特にメンバーも変わらずで行動を開始した中でイムジャンヌは再度トレーニングウェアに着替えてトレーニングルームへと戻った。残暑とはいえ、まだまだ熱いので最終的には脱ぐだろうがノノワール対策で透けないような上着を羽織っている。


 あの友人は本当にああいうところが無ければ良い娘なのだが、まあ、本人が語る通り、そもそもの性別が違うので付き合い方が難しいのだ。彼女は思い出しては溜め息を吐きながら自身の強みを最大限に活かすトレーニングの為に準備を始めた。


 剛の剣は即ち強靭な下半身より生まれる。


 強力な踏み足、蹴り足でドッシリと土台を作り、時に踏みしめて、時に蹴りつける下半身の安定こそが威力の源なのだ。


 一旦、リミッターである重りを全て外して普段より少し重い百五十kgの重りをつけたバーでゆっくりとスクワットをこなしては腰を傷めないように入念にストレッチ。長めのインターバルに好きな曲を聞いて、また、スクワットに戻る。そんなトレーニングを繰り返していると暇潰しがてら有益な情報をくれるアルドゼイレンが窓から顔を出した。


「精が出るな!!剣聖の末裔よ!!とはいえ、そろそろ上半身のメニューにした方が良いだろう!!そして、下半身が休まったと思ったら再度鍛えるのが効率的だ!!」


 バサリ、バサリと羽ばたきながら意識してか、してないかは解らないが涼しい風を送ってくる巨龍に「そうなんだ。ありがとう」と微笑めば「気にするな!!我はストイックな人間が大好きだぞ!!」と笑った。


 ストイックな人間が大好き。何だか巨龍がそんなことを言うのが可笑しくてクスリと笑ってしまう。ーーが、それと同時に自身が異性としてそんなに魅力的な存在では無いと考えていることもあって、ちょっと斜に構えた捉え方をしてしまうのだ。


「ストイックな人間が大好きだなんて何だか口説かれてるみたい。そんな訳ないのにね」


 普段着では解らないが力が入った時のイムジャンヌは非常に筋肉質な状態になる。女性らしくほっそりとした筋肉ではあるのだが、アルドゼイレンを以てして筋密度が高いと言わしめた特異体質的なそれは状態によっては女性らしさを完全に捨ててしまっていた。


 だから、少し笑顔に翳りが出た。別にそうなることが嫌な訳じゃないし、もう騎士一筋で良いかなと自身でも思っていたが、やはり、周りが恋に一喜一憂してる姿を見ていると自身もと少し憧れが出た。感情的に不安定なハズの彼女等が何故だが非常に魅力的に思えて仕方がないのである。


 そんな彼女の気持ちを知らないアルドゼイレンは不思議そうな表情で首を傾げるのだ。


「そんな訳ない、か?剣聖の末裔は自身にあまり魅力を感じていないのか?」


「どうかな?でも、少なくとも私の周りにいる娘達みたいにはなれない。リュシカもアーニャもルーミャも性別はあれだけどノノも、それにメルトニアさんだって女性的で魅力的だから。あんな風には絶対ならないなって」


 アルドゼイレンは少し考えるような素振りを見せながらーー。


「まあ、流石にエルフレッドの番は特別過ぎると思うがーーというよりあそこまで来ると並大抵の男は恋愛対象にしようとも思わんだろうな。だが、その他の娘と比べて剣聖の末裔が劣っているなどと我は全く思わないぞ?」


「ふふっ、そうかな?巨龍なのにお世辞が上手いんだね」


 イムジャンヌは視線を逸らすようにチラリと鏡を見た。その瞬間、トレーニングウェア姿で鏡に映る自身の姿を見ると熱が冷めるように現実に引き戻されるのだった。膝を抱え座り込む自分は未だ幼少の少女のようだ。特に今みたいにスタイルが隠れる格好は幼女と見紛うそれなのだ。


 だからといって逆にスタイルが解るような服を着れば力が入る所に血管が浮き出る程に鍛えられている。仲間内の娘達の誰に勝てようかという話であった。


「世辞か......うむむ......いや、我は世辞は言わんタイプだが......そうだなぁ......なんと言えば納得するのだろうなぁ......」


 そんなことを言いながら、人間の手の様な前足を組んで首を傾げるアルドゼイレンの姿は非常に面白い。イムジャンヌからすれば自分のような小娘に魅力的であることを伝える為に地方信仰では神とも言われる存在が頭を悩ませている状況のだ。


 思わずながら、何度となく笑ってしまう状況の中でアルドゼイレンは良い事を思いついたと言わんばかりの表情を浮かべて朗々と告げるのだった。




「そうだ!!もし我が人間であったならば我はそなたを番に選んだであろう!!」




 ポカーンと口を開けてクリクリとした瞳を大きく丸くしたイムジャンヌが「え?」と言葉が出ずに漏らすのも気にせず、稲光色の巨龍は楽しげな表情で語るのだ。


「まず、エルフレッドの番は女神みたいなものだ!!大層美しいが相手にするのは考えられん!!そして、双子姫は性格的に合わんだろうな!!ノノっちはお互いに対象外!!そして、あの魔女は魔法が絡むと危険過ぎる!!その点、そなたはストイックな性格が好ましく素直だ!!表裏が無い点が特に我としてはとても話し易い!!人間の感性は解らんが鍛え上げられた体も努力の結晶と思えば正に至極の宝石よ!!よって我ならきっとそなたを選ぶ!!」


 その言葉はイムジャンヌの何かに触れた。鼓動が普段と違う。顔が走った後のように熱くなっていく。


「だから自信を持つが良い!!最強の巨龍が人間だったならば選ぶと言った程の娘よ!!何も心配いらん!!そうだ!!トレーニングが終わったら我と一緒に街へ行こうではないか!!魅力的な存在である事を証明しよう!!さて、我は一旦昼寝に入る!!また後で会おうぞ!!」


 様子が変わったイムジャンヌに気付かずにアルドゼイレンは空へと飛び去っていった。ポツンと取り残された彼女は胸の辺りをギュッと掴んで「なんで?」と呟いた。


 アルドゼイレンは自身が人間だったならばと言ったじゃないか?なのに何で、その言葉をこんなにも()()()()()()()()()()()ーー。


 前々から自身は少し変なのかも知れないと思ってはいた。というのも周りの皆はエルフレッドに恋をしていた。助けられ、救われ、それを誇示することもない。そうでなくても彼自身とても魅力的な存在である。


 しかし、自分は憧れこそあれど、そういう対象で見たことはなかった。単にタイプの問題かと思いもしたが、考えてみれば、これまで恋愛感情という感覚を持ったことがない。思い返せば世の男性に興味がないようにも思えた。さりとてノノワールのような性別が違うという訳じゃないのだ。


「こんなのおかしいよ」


 思わず笑ってしまったのは今までのような楽しい笑いではない。余裕が全くない。苦しくて仕方がない。辛い笑いなのだ。何故ならば、自身の考える通りの想いならば既に幸せな結末は残されていないからである。


 エルフレッドはどんなに仲良くとも何れ戦わなければならないと言っていた。命を賭けた戦いになるとーーそして、そうじゃなくても種族も違う。自身が対象になる訳がない。繰り返しになるが事実、巨龍は自身が"人間ならば"と初めから対象でないことを明言していたのではないかーー。


 なのに、理屈では解っているのに、ああ、何故、この胸は治まることを知らぬ程に高鳴り()()()()()()()()()()?


「こんなのおかしいのに......」


 イムジャンヌの瞳から一筋の涙が溢れ落ちる。運命の元に動き始めた歯車は止まることを知らず、その涙は寧ろ潤滑油であるかのようにその想いを加速させていった。


「なんで......こんなに胸が苦しいの?」


 馬鹿な自身の胸に問いかけるようにイムジャンヌは切ない声で呟いた。帰ってきた答えは辛い程に苦しく高鳴る胸の鼓動であった。


 恋を知らぬ少女の初恋を攫ったのは人族被れを自称する巨龍ーー。


 この恋が幸せな結末を描く事はないと彼女自身が理解しているにも関わらず、胸の鼓動は留まることを知らないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ