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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
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「うわーん!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい !!存在だけは消さないで!!私が、私が悪かったから〜!!」


 大慌ててで縋り付いて泣き喚くノノワールに「......あなた誰?なんで泣いてるの?」とイムジャンヌは困った様子で首を傾げた。あまりの徹底ぶりに周りの皆は本当に彼女の記憶からノノワールは消えてしまったのじゃないかと思う程の様子であった。それと同時にイムジャンヌは絶対に怒らせてはいけないと思うエルフレッド達だった。




「ゔゔ〜ずびばぜん。もう変なことしません〜!!」


「......もう、わかったから、とりあえず顔とか声とか綺麗にして。皆が困ってるから」


「ずびっ......はい......」


 それから十分程の攻防の後、どうにか泣きの一回を貰った彼女に周りの皆も少しホッと胸を撫で下ろした。


「いやあ、それにしてもさっきの対応は真に心臓に悪かったぞ?本当に記憶の中から消された人間を見ているような感覚になったからな」


「仕方ないよ。どんなに怒ったって結局エッチなことばかりしてくるから、もう普通の怒り方じゃ無理かなって思った。私だってよっぽどの事がないとあんなことしない」


「だろうミャ。まさか、絶対悪のノノが流石に気の毒に見える程の対応が待っているとは思わなかったミャ。とはいえ自業自得には変わりないからしっかり反省しないとミャ」


 近海で取れる貝や白身魚の焼き物を楽しみながら白ワインを手にしたアーニャが苦笑する。流石に反省したのか小さくなったノノワールは「はい......すいません......」と別に罰を課したわけではないのに率先して海藻ばかり食べていた。どんな反省の仕方だ。


「まあ、とりあえず解決してよかった。折角、自領に友達が来てくれたというのに仲違いしてしまったら俺も少し申し訳なくなってしまうからな」


「......それはごめん。エルフレッドには助けてもらってばかりなのに少し甘えちゃったかな?」


 申し訳なさそうな表情でシュンとしているイムジャンヌを見て「いや、イムジャンヌは全く悪くないぞ?ただ、俺の気持ち的に少しそうなったら嫌だと思っただけだ。寧ろ、あのくらいやらないと反省のかけらも無い奴だからな。対応自体は良い薬になったと思っているぞ」とあくまでも自身の気持ちの問題だとフォローを入れる。


「うぅ〜私が悪いから言い返せない〜泣きっ面に蜂〜ぶーんぶーん」


 ものすごく悲しげな表情ながら巫山戯ているとしか思えない発言に「......ちゃんと反省してるんだよな?」と彼は苦笑した。


「まあまあ、とりあえずは一件落着ってことだよね?後は当人に頑張ってもらって、僕達は美味しい食事を楽しまないと。折角、エルフレッド自慢の料理長が手ずから焼いてくれての海産物なのだから冷めてしまっては勿体無いよ?」


「そうそう〜海老とかプリップリだよ〜!貝も魚も美味しいし〜そして、白ワインとホントに合うから〜。ヒトデ焼いてくれなかったのはちょっと残念だけど」


「......うん。折角美味しい物が食べれるんだから人の家まで来て新たな食の可能性を探すのは止めようね?それにもうお金に困ることは絶対に無いから安心して」


 未だに過去の餓死寸前のトラウマを引き摺っているメルトニアの悪癖に困ったように頬を掻いたアルベルト。そんな皆を見渡したアーニャはグラスに入った白ワインを飲み干すとプハーと満足気な息をついて一言。




「......みんな苦労したのミャ」



 シミジミとしながらも、焼き立ての貝を穿ってアチチと耳を触った彼女の言葉は何故だが皆の心に少なくない感情を残すのだった。


「ふむ!しかしながら、こうやって皆で突く食事というのは何度経験しても楽しいな!!我はまだ、エルフレッド出会ってからしか経験がないが、一人の時間よりも食事が美味く感じるというのはどうやら本当のようだ!」


 大きめの海老を殻ごとガリガリ食べながらアルドゼイレンが笑う。フレンドリーな巨龍であるため、永い時間の中では自分達のような存在が居たとしてもおかしくないと思っていたエルフレッドは、その事が意外であった。


「前々から思っていたのだが、それだけ友好的な性格であっても種族を越えた友というのは中々出来ないものなのか?」


 シャンパンを傾け、喉を潤しながらエルフレッドはアルドゼイレンを見る。その表情は昔を思い出すだけにしては少し物悲しい色が強いように思えた。


「そうさなぁ。まあ、元々我とてこういう存在だったわけではない。人と憎み合い、嫌い合った時期もあれば、一方的に怖がられ嫌がられた時期もある。そして、深く関わらず傍観者であることを決心したことさえあるのだ。エルフレッドの存在というのは我にとっては嬉しくもあり、ある種の不可思議な存在でもある。ただ、人と龍が絶対に分かり合えず、一線を引いた付き合いしか出来ないというわけではない事実に気づかせてくれたのは紛れもなくお前だ。我はこの時間を楽しむと同時に感謝をしているぞ?」


「ふむ。お前の過去に興味がないかといえば嘘になるが、しかし、今のお前が俺にとってのアルドゼイレンであるという事実は何も変わらない。そして、だから不思議に感じてしまっただけだ。なるほどな。昔のお前はこうじゃなかったのか......人と憎しみ合い、嫌い合った時期もあったのか......」


 そう考えると実は何も不思議なことはないのだ。アルドゼイレンとて他の巨龍と全く同じ時期があって、何かのキッカケで今の特殊な巨龍になったというだけの話である。ならば、わざわざ過去を知らなくても今のような友が居なかったという事実は何もおかしなことではないのだ。


「もし、後五百年早く会っていれば我とお前は既に殺し合っていただろう。そして、二百年前ならばお互いに不可侵を選ぶか、英雄を名乗るお前の討伐対象になるしかなかった......そのくらい不思議な縁だということだ。それにエルキドラとの戦いの後だって何故か放っておけない気持ちになったのだ。今思えば元から何か不思議な縁があったのかもしれないな」


 次は大ぶりな魚を齧りながら「この魚は内臓の苦味が人を選びそうではある。我は通だからこういうのもいけるぞ!」と楽しげに笑っている姿を見ると確かに普通の縁ではなかったのだろうなと思うのだ。


(さりとて、お前は俺の手に掛かることを望んでいるのだろう?)


 もう口に出す事はしなかったが、エルフレッドの胸中はより複雑なものになっていた。そうだ。元の出会いはエリクサーを飲んで尚、エルキドラの氷で凍え死ぬ可能性があったエルフレッドをこの巨龍が気紛れながら助けてくれたことにあったのだ。ーーであるならば、俺はその恩人の願いの為に恩人を手に掛けなくてはならない。


 そして、その為により強くならないといけないのである。そんな悲劇などあるのだろうか?そして、一回の縁ではない気紛れが続きこうして互いの住む場所を行き来して、共に食事を取り、時に共通の敵の為に高め合い、そして、馬鹿をして楽しみ合っているのだ。


 考えれば考えるほど、その結末は望まぬことなのだ。だからといって、もう説得をしても無駄だという事実を受け入れた今、その終わりが変わることはない。変わるとすれば巨龍の望み通りにエルフレッドが打ち勝つか、自身の力足りずアルドゼイレンに破れてエルフレッドが朽ちるかのどちらかだけーー。


 後何度か交流すれば、もう笑い合うことさえなくなるだろう。


 最後の巨龍討伐ならば、その時は大剣を置く時かも知れないと彼は胸の内で思うのだった。

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