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昼食時が近く残暑の時期ということもあって夏は過ごしやすいハズのバーンシュルツ領であったとしても流石に日差しが気になった。潮の香りに乗って薫るのは様々な国々から小国列島へと渡り、運ばれてきた貿易品やそれを運んできた商人が纏ってきた他国の香りである。
言語自体は世界政府の指導の元、統一されているが訛りは独特のものがある為、多くの国の訛りが混じっていることもまた多文化感を感じさせる要因となっているのだ。売っている物も統一感は一切無く、料理の店が二、三件続いたかと思いきや、その隣で装飾品を売ってたり、魔法薬を売っていたり、かと思えば武器や魔法研究の材料、一見するとガラクタにしか見えない品々を並べる者、独特な香りのスパイスを売る者など、その多様性は店の数だけと言えるだろう。
「シャンパンの横で清酒が売られているぞ?」
「あっちはチョコレートの横で羊羹ミャ」
「串焼き屋の隣の服屋はちょっと可愛そう♪」
「それでも並べたいということは中々に客入りが良いんだろうな」
とそれぞれ感想を漏らしながら眺めていると怪しげな魔法関連商品を並べている出店の前に見知った顔を発見した。
「クレイランドで稀にしか出ないバジリスクの目玉か〜これ欲しかったんだよね〜でも、適正価格じゃないし......ダーリン買ってもいい?」
「うん。このくらいなら良いんじゃないかな?適正ではないけど最近全然出回ってないところを見ると希少価値が上がったのかも。ハニーの好きにしたら良いよ」
「やった〜!嬉しい〜!ダーリン愛してる〜!」
「ハハハ、弱ったなぁ。でも僕も愛してるよ?ハニー」
暫し気付かれないように二人の様子を眺めていた四人は良い所にあったコーヒーショップでブラックコーヒーを買うと飲み欲してーー。
「アルベルトって二人の時だとああいう感じなんだな。俺の想像以上だ」
「なんか印象変わるわ〜ちょめちょめ人の時から片鱗あったけど......」
「それにしても、なんでバレてるのに頑なにハニー呼びを隠そうとするんだろうミャア。不思議ミャ」
「恥ずかしいのだろう?とはいえ、昨日の食事会の時点で色々手遅れだと思うのだが」
生暖かい視線を送りながらゴニョゴニョと話していた四人。買い物を終えたアルベルト達が腕組みしながら振り返りーー。
「えっ!?みんな居たの!?いつから!?というか声かけてくれたら良いのに!?」
すると生暖かい表情から一変すぅと真顔になったノノワールはリュシカの方へと歩いて行き、彼女へと視線を向けると満面の笑みを浮かべてーー。
「やった〜♪嬉しい〜♪ダーリン愛してる〜♪」
リュシカは某女性劇団の男役を思わせる良い声でーー。
「ははは、弱ったなぁ。でも僕も愛してるよ?ハニーー「実演しなくていいから!!お願いだから声掛けてよ!!というかリュシカさん無駄にイケメン過ぎるよ!!」
やってもない顎クイをして見せるリュシカにノノワールが「ヤバイ、濡れたわ」とモジモジした後に浄化の風を唱えた。そんな二人を見ながら、やれやれと肩を竦めたアーニャである。
「ああ、そう言えば、さっき話を聞いてて思ったのだがちょめちょめ人よりちょめ人の方が著名人っぽくっていい気がーー「そんな話する前に声を掛けてほしいっていう話なんだけどエルフレッド君!!」
迫りくるボケの猛襲にツッコミの手を緩めぬアルベルトの攻防は既にお家芸のようなものだ。
「もう〜、ノノワールちゃんったら直ぐに嫉妬して、そう言うことやっちゃうんだから〜」
「ムキーッ!だって、だって!私が上手くいってない時に限ってみんなラブラブイチャイチャしやがるんだもん!!酷い!!女の子紹介しろ!」
そして、頃合いを見てメルトニアがノノワールをからかい、彼女がキレるオチーーここまでがワンセットなのだった。
そんなことをしていたらランチに丁度良い時間帯となっていた。残りの港散策は後半にとっておく事にして、一度邸宅に戻ることにした。手早くエルフレッド、メルトニアの転移で帰還ーーノノワールがイムジャンヌを呼びに行き、庭園と直結したテラス席に集合して、そこでランチを食べる話となっている。
窓から顔を突っ込んでいたアルドゼイレンが先に合流。あれこれ話していると右頬に紅葉を作ったノノワールが何故か一人で降りてきた。
「イムイム、トレーニングウェア着替えてから来るって」
「......またなんかやったのか?」
冷たい眼差しを送るエルフレッドにノノワールは頭を掻きながらーー。
「いやぁ、参ったね〜最近のトレーニングウェアって透け透けエチエチ何だもん。お胸にダイブしてお尻にタッチしたら、胸倉掴まれて超絶マジギレビンタされちゃった」
「漸く弄った件が緩和してきた矢先によくやるミャ。ここまでアホだと逆に清々しいミャ。あっ、先は言っとくけど妾になんかしたら張り倒して踏みつけまくるから、そこんとこ宜しくミャ」
あくまでも宜しく!と軽い感じで笑うアーニャに「そんなハードな駄犬プレイは流石にノーサンキュー」と冷や汗を垂らすのだった。
「皆。ごめん遅くなった」
パタパタと小走りで現れたイムジャンヌにチャレンジャーなノノワールは笑顔で近づいてーー。
「いいよ〜♪気にしないで〜♪一緒に食べよ〜♪」
「......」
その瞬間、イムジャンヌを中心に無が発生した。前迄はまだ蛆を見るような目や軽蔑の眼差しのような感情のあった何かが見えていたが、今は全くの無である。
3秒くらい無の時間を過ごした彼女はパタパタと走り出してアルドゼイレンへと近付きーー。
「さっきはありがとう。勉強になった」
「いや、気にするな!!特異体質みたいなものだからな!!自身の体にあったトレーニングをせねばな!!」
ニコリと笑うイムジャンヌと豪快に笑うアルドゼイレン。皆が冷汗を垂らす中、チャレンジャーノノワールは再度、イムジャンヌに近づいてーー。
「ほら〜♪イムイム〜♪無視しないでよ〜♪ご飯一緒に食べようって〜♪」
「......」
そして、再度形成される無。永くを生きているハズのアルドゼイレンですら何と言ったら良いか解らずに冷汗を流す中で、イムジャンヌは再度走り出してーー。
「皆、ご飯食べよう。トレーニング後だからお腹が空いた」
「そ、そうか。まあ、トレーニング後は空腹になるものな。本日は我が家の漁区で取れた海産物を用意させてもらった是非とも楽しんで欲しい」
エルフレッドが笑うとイムジャンヌは「海産物は楽しみ。ありがとう」と何事もなかったかのように平然と言うのだった。
「ノノ !ノノ!まずいミャ!早く謝るミャ!土下座するミャ!恥も外聞も捨てて伏せをするのミャ!......犬だけに」
ポロりと獣人ジョークを挟みながらも大慌ての様子でアーニャが言えば、ヘラヘラした表情から一変、決心を露わにしたような表情を浮かべたノノワール。しかし、その決心はアーニャの方へ困った表情で振り返ったイムジャンヌの言葉によって凍りついた。
「ノノ?ノノって誰?新しいお友達?」
夏だというのにバーンシュルツ伯爵邸、庭園前テラスは極寒の地のように凍りついた。どうやらイムジャンヌのなかではノノワールという存在は虚無の中に取り残されてしまったらしい。




