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空から聞こえる楽しげな声に住人達は空を見上げ、飛来する巨大な影に一瞬恐れ慄いたが闇夜の色から稲光色だと気付くと「何だ。次代様の友達か」と安堵の息を吐いて其々の生活に戻っていった。バーンシュルツ伯爵領、領都。名前をまだつけていないのは単純に領主共々忙しいというのもあるが、ある程度の完成を見てから名付けたいという彼らの考えからである。
人族やエルフ、聖国の人々やライジングサンの獣人、国境が正常化したばかりのクレイランドのなど人々などが、国境、人種問わず集まるのはやはり英雄であるエルフレッドがあってのことである。其々の国の危機を救った英雄が住み治めるこの都には、恩を感じ貢献したい人やあわよくばエルフレッドを一目見たい人々などが多く出入りするようになった。
元来、多くの人が出入りするとなれば治安が悪化するものだが、品の良い街づくりによる一種の敷居の高さやエルフレッドの名声、直属の辺境警備軍の存在もあって犯罪発生率は軒並み低い。住み心地が良く美しい街としてデザイナーズシティの称号を得て、今最も勢いのある都がこの領都なのだ。
上空から離陸、比較的近い高さから街を眺めていると女性陣からお洒落さを讃える歓声が上がり、エルフレッドは鼻高々な気分になる。そして、新しくも大きな白の豪邸である自身の邸宅に案内すれば、皆から感嘆の声が上がるのだった。
「近い将来、私もここに住むと考えた時、とても嬉しくなったものだ。綺麗な街を眺めることも反対側の海や港を一望出来ることもレイナ様の趣味の良さが伺える。無論、我が家の邸宅も素晴らしいが、此処には違った良さがあるからな」
既に共に三日を過ごしているリュシカが初めて来た時の感想を告げれば、周りから同意を示す声が上がった。
「それに多くの人種、人々が穏やかに行き交っているのが良いところミャ。これは偏ににエルフレッドの功績だろうミャア」
アーニャはそもそもの街の雰囲気に感心したらしい。沢山の文化違いの人々が皆一様に穏やかに生活している様は一種の理想である。そして、その言葉はエルフレッドにとっても嬉しいものだった。彼が自身の功績と考えられる物の一つが正にその言葉に現れていたからである。
「そうだね〜♪しかも、頭に浮かべるだけじゃなく実行出来ちゃうくらい稼いでるってのも何だか同級生として誇らしい♪」
正当な報酬として稼いだ物を理想に使っているというのは全く悪いことではない。夢を見せてお金を稼ぐ職業であるノノワールの感想は非常に明快であり、厭らしさは欠片もなかった。
「なんか今までは住めれば何処でも良かったけど〜、こういうの見るとちょっと考えちゃうね〜」
「ハハハ。メルトニアさんがそんなこと言うなんて珍しいね!僕らは研究所兼で使っちゃってるから中々厳しいけど、どちらにしてももう少し規模を大きくしないといけないから、少し参考にしても良いかもね」
成功例を見て感動し、参考にしようと考える者が出るのは必然だ。特にメルトニア、アルベルトについては生涯で稼ぐであろう金額はエルフレッドさえも超える可能性がある。多くの魔法論文が世界を変えていっている功績は龍殺しの様に目に見える物ではないが、業界では既に超えるのが難しいと言われる程のものなのだ。
「私はトレーニングルームとか見てみたい。エルフレッドが考えたとしたら、それはもうきっと世界一のジムみたいなもの。参考になる」
イムジャンヌの視点は相変わらず刀であり騎士だが、戦闘の分野で人類最強と言われる存在の住む場所ならば、そういった部分が気になるのも仕方がないというものだ。そして、エルフレッドが自身の考えで力を入れた部分は正にその部分なので、考え自体は非常に正しいのである。
「まあ、今日は時間があれだから明日だな。街も含めて存分に楽しんで頂ければ次代として嬉しく思うぞ。客室に案内しよう」
「では我はその噴水の辺りで寝るとしよう!!広々としたスペースがあるのは素晴らしいな!!」
とまあ、そんな人の価値観は例え"人被れ"であっても巨龍にはどうでも良いようだ。早速尻尾を抱え込むようにして丸になったアルドゼイレンに彼は少し苦笑した。
「明日も宜しく頼むぞ」
了解と言わんばかりに尻尾を上下させた巨龍に再度苦笑しながら友人達と邸宅内に入る彼であった。
次の日はそれぞれグループを組んでの行動となった。食事などはなるべく邸宅で一緒に取ることにしているが、それも強制ではない。相変わらず護衛という事もあってエルフレッドとリュシカは固定だが今日は街の探索ということで、そこにアーニャとノノワールが着いて来ている。
メルトニア・アルベルトは完全にデート状態であり邪魔をしない方が良さそうだ。無論、食事くらいは一緒に取る予定とは言っていた。当てにはならないがーー。
イムジャンヌはといえば最新鋭のトレーニングマシーンを揃えた半ばジムとかしているトレーニングルームに籠る予定である。最近はダラダラでも長い時間トレーニングをした方が良いという結果が出ているそうなので休憩を挟みながらの一日コースだろう。そこに空中を散歩しているアルドゼイレンが偶に窓から顔を突っ込んでアドバイスを出すという予定なのである。
「ウッシッシ♪昨晩はお楽しみでしたね〜♪お二人さん♪」
「二人部屋なんて婚約前によくやるミャア♪」
泊まりの部屋割の際に連泊しているリュシカがエルフレッドの部屋を使っていることをからかって初々しい反応を堪能してやろうと考えた二人は早速ヒューヒューと囃し立てたのだが、揶揄われた二人は顔を見合わせた後に少し不思議そうな顔をしてーー。
「エルフレッド。皆の気配は無いって言っていなかったか?」
「ああ。配慮はしたつもりだったんだがな」
何だか考えていた反応と違う。こう顔を真っ赤にして「なんてことを言うんだ! !」とか「要らんことを言うな !!」とか「淑女としての云々がーー」とかそういう反応を期待していた二人はエルフレッド達と同じ様に顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた後ーー。
「え?まさかーー」
「あ。え?そんミャーー」
混乱したような声を上げた。アーニャに関しては逆に自身が顔を真っ赤にしている状況である。
「エチケットには気を使っているし、両家公認ではあるがあんまり口外されるのも良くないから、一応胸にしまっておいてくれ」
「それにしても十七というのは体は出来上がっているのに発散するのは憚られる困った年齢だ。婚約前というのもあるから、まあ、そこは口外されない方がいいな」
二人は話し合いを済ませると何故だか挙動不審になっている二人を不思議に思いながらも平然と言った。
「まあ、配慮が足りなかったことは謝るが口外はしない方向で言ってくれると助かる。少なくとも他の友人達は気づいていないようだからな」
「ふふふ。それにしても聞かれていたと考えると少し恥ずかしくはあるな。二人も解って揶揄っているのだろうが、あまりそういうことは言うものではないぞ?」
ほんのり顔を赤くしてメッとしたリュシカに「あ、うん。なんか、ごめん」と経験豊富なノノワールは謝り、逆に全く経験のないアーニャは顔真っ赤にしながら頷くことしか出来なかった。
「さて。話も終わったことだ。どこから回ろうか?」
「そうだなぁ。街を見て回るだけでも中々楽しめそうだが.......まあ、考えながらで良いのではないか?港の方にも行ってみたいからな」




