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「駄目。硬い。リミッターを外してもビクともしない」
そのアルドゼイレンの背中の上で重りを外し、コツコツ拳を当てていたイムジャンヌが呟けば「マッサージ御苦労!!しかし、纏うオーラは普通の人族だが、その怪力は古のドワーフか?」と巨龍は首を傾げた。
「違う。成長期が遅いだけ。酷い」
「ハハハ!!そうかそうか!!いや、悪気があった訳ではない!!余りにも人とは思えない力だったからな!!ならば、素晴らしい怪力娘よ!!きっと常人より筋組織の密度が高いのだろう!!成長したいならば人の倍は食べないとな!!」
「それならいい。アドバイスありがとう。沢山食べる」
言うや否や背中からピョンと飛び降りて、テーブルに用意されたセルフサービスの食事をガツガツと食べ始めた彼女に「良いぞ良いぞ!!聞いたことを直ぐに実践する!!正に学ぶ者の鏡よ!!」と楽しげな表情を浮かべ、自身も食事を手をつける。
そんな皆の様子を眺めながら穏やかな表情を浮かべていたエルフレッドにリュシカは微笑ましいと表情を綻ばせーー。
「一時はどうなるかと思ったが、まあ、器が広い者ばかりと言うこともあって存外上手くいくものだな?」
「器が広いーーか。まあ、そうだな。あまり種族とかは気にしない者ばかりだから大丈夫だろうとは思っていたが思っていた以上で良かった」
「ふふふ。そうだな」
隣で楽しげに微笑んでコテンと肩に頭を乗せるリュシカを少し撫でて笑いあう。
「さて、私も久々に話してこよう。エルフレッド、また後でな」
「ああ、リュシカ。また後で」
満足した様子で微笑んで巨龍の方へと向かっていく彼女。
「久し振りだな!アルドゼイレン殿!」
と笑い掛ければーー。
「おお!!エルフレッドの美しき姫よ!!」
と笑った。
その言い方はどうなんだ?と思ったが周りからも特に反応もなかったので何も言わないことにした。
本日はメインを飾る肉、魚を中心に色とりどりの料理を用意したセルフサービスのパーティー形式であり、席はあれど自由に移動が許されている。
そのため、アルドゼイレンの元を行ったり来たりする友人達やエルフレッドのように一人でゆったりとその様子を眺めながら楽しむ者もいるのである。
王族についてはリュードベックは公務の関係で婚約式の日付等を連絡して早々に席を外し、クリスタニアはアーニャとイムジャンヌの間を行ったり来たりーーレーベンはアーニャと仲睦まじい様子を見せながらアルドゼイレンに興味ある分野の内容を聞いている。
王女殿下は思った以上にファンなのか隙を見てはノノワールに話しかけては嬉しそうな様子を見せていた。エルフレッドとしてはそのまま観劇を楽しむ淑女の道を歩んで欲しいと願うばかりである。
(それにしてもアーニャとレーベン先輩はあれ程仲が良かったのだな)
エルフレッドからすれば自身との縁談があわやの所まで進んでいた相手がボディタッチや肩に手をやる仕草を見せながら、友人達を驚かせている姿に不思議な感覚があるのだが、こうなってみれば自分との話が破断になった事が誰にとっても素晴らしいものだったと思うのである。
リュシカのような恋愛脳ではない彼でさえ実は周りにバレないように愛を育み、親族の一件で無くなり掛けたそれが今漸く花開いたのだと妄想してしまうような状況で何だか安堵の息が湧いてくるのである。
無論、真実を知る者ーー要は本人達ーーからすれば今の状況さえも打算かつ計算された動きで素晴らしい婚約になったことを周知しているだけなのだが少なくとも周りは喜んでいた。
そもそも本人達も互いに嫌悪感が無い上に人としては好感を持っている。今は恋や愛の感情は無いだけで育むつもりはあるので全部が全部演技と言うわけでもないのだ。考え方によっては恋のように一方的に相手に期待して傷付いて破綻するような状態ではなく、互いに協力しお互いがお互いの為に動き、関係を前向きに捉えている今の状況の方が良い事も多々あるのだ。
ーーとまあ、お見合い結婚って幼馴染で結婚するのと共通点が多いよね?という話はおいといて、今回の友人有りの食事会は特に大盛り上がりを見せた。人族被れを名乗りながら友と呼べる者がエルフレッドくらいしかいないアルドゼイレンも非常に楽しそうである。そして、食事会が終わればバーンシュルツ伯爵領ツアーと開催が決定された経緯には納得いかないものがあったエルフレッドも、その内容自体には非常に楽しみに感じている。
気持ちのプラスマイナスで考えると非常に僅差な気はするが......まあ、良いのである。
「私もいつかはバーンシュルツ領を見てみたいですわ!もう少し大きくなった時はお願いします!」
「視察も兼ねて行く事はあると思うけど友達とのお泊まり会なんて非常に羨ましいよ。アーニャも楽しんでおいで」
「何かの折には必ずや招待できればと思っております。その時はよろしくお願いいたします」
「レーベン様!ありがとうございますミャ!妾は楽しんできますミャア♪」
「アーニャちゃん!帰ってきたら、またお話しましょう!私、楽しみにしてるわ!」
「はい!お義母様!」
食事会も終わり、アルドゼイレンの上に乗り込んだエルフレッド達を見送る王族の方々に、皆はそれぞれ挨拶をして空を見た。初めての者も多い中の飛行だがアルドゼイレンからすればこの人数や状況でも全く問題はないようだ。
「それではアードヤードの王族達よ!また機会があれば会おうぞ!......飛べない巨龍は只の巨龍だ‼︎」
魔法で固定するや否やグングンとスピードを上げるアルドゼイレン。楽しげな声を上げる友人達、到着すれば寝るだけの時間になりそうだが、そんなことは関係ない。話せや騒げやでワイワイガヤガヤと空の旅を楽しむのだ。稲光色に輝く巨龍の上、空を飛ぶアルドゼイレン自らも話に参加して、その行程はゆっくりとしたものになった。
しかし、それと同じくらい愉快で二人で飛んだ時とは比べ物にならない程、笑いに溢れ、掛かった時間は前回より一時間は多かったのだが体感時間は前回の半分にも満たなかった。代わり映えのない景色が誰かの思い出話に変わり、その思い出話が話を呼んで、知識や造詣の優れたアルドゼイレンが語れば皆が興味深そうに耳を傾ける。有意義であり、何時迄も騒がしく話題が尽きる事もない。
何と素晴らしい時間で学園生だから満喫出来る大切な時間を過ごした記憶は生涯色褪せない物になるだろう。種族を超え、性別を超え、彼らの友情は確かに育まれたのである。明日からの街巡りも確かに楽しいことに溢れているだろうが、巨龍に乗り友人達と話したという特別な経験は彼らの距離を一層近づけたのだった。
「うぅ〜、今頃みんな絶対楽しんでいるんだろうなぁ......私も行きたかったなぁ......巨龍と話すなんて中々出来る事じゃないしぃ......」
「ルーミャ‼︎気が散っておるぞ‼︎喝ッ‼︎」
「ヒェ〜‼︎すいません‼︎お母様‼︎」
そんな仲良しメンバーの中で只一人お留守番を王になる為に精神力を高める禅の修行中のルーミャは邪念を抱いて肩をバシバシ戒められながら悲痛な声を上げた。その横で完璧な姿勢で集中し、深層心理を体感しているフェルミナはその物音に一切気付いていないようである。
王とはかくも孤独で辛いものなのか、と何だか悟りを開いた気になりながら皆のことを夢想した彼女が、その後数度に渡り戒めを受けるハメになったのは言うまでもなかった。




