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慌てて王族の皆様に帰りの挨拶を済ませて溜め息を一つ。時には空から自領を眺めるのも一興だから何も言うまいと頭を掻きながら諦めた彼である。
「流石に我も学んだぞ!!心配するな!!」
本当に大丈夫だろうか?と不安に思う彼を乗せたアルドゼイレンは城下町を越えて、街灯りの少ない地域を進んでいく。濃い闇の中に浮かぶ大きな月と砂粒程の大きさながら様々な色で輝く星々が彼等の上を取り囲んでいる。
自然の夜空が醸し出す光景は何故こうも美しいのだろうか?一色の黒ならば人は不安や恐れを抱くものだ。
しかし、空には色があり光がある。濃淡だけとは思えない闇に慣れた目に移る不思議な色達をこの目は確かに捉えて離さない。そんな美しき空を夜目が効くのか寸分の迷い無く、ぐんぐんと進むアルドゼイレンは穏やかな声でーー。
「次に会うときは戦う時と思っていた」
星空から意識を自身を乗せるアルドゼイレンへと戻した彼に巨龍は言うのだ。
「人には長くも我には刹那の時よ。なれば次に会う時は覚悟の時、ああ楽しんだ。後悔などしようもない。そう思っていたのだ」
「アルドゼイレン......」
「だが、その刹那に人は新たな楽しみを作る。そして、我を楽しませるのだ。まさか祝い事が来るとは思わなかった。勿論、人族の王族と食卓を囲むともな?」
楽しげではあったが何時もとは違う噛み締めるような暖かな熱の籠もった不思議な声でアルドゼイレンは語る。
「刹那で人は変わる。新しきを産む。故に魅せられる。この夜空に広がる星々の様な存在だ。明日には違う輝きを見せて、明日には新しきを届ける。時に人知れず消えてしまうが」
ふとエルフレッドは風を感じた。穏やかに飛ぶ今、強い魔法は必要ないと感じたのか、はたまた自身が語る空を感じて欲しいのかーー。
空の上は夏の空とは思えぬ程に肌寒くあり、しかし、澄み渡っている。そんな夜空の風もまた自身の身体には心地良いのだ。
「反対に我等、巨龍とは月や太陽な存在だ。長く不変。沈みはするがまた登るように長く同じ時を生き続ける。死さえも新たな始まりに過ぎない。変わることのない存在だ。無論、次の我は我であって我ではないのだが......」
山を越えて、森を越えて、小さな街を越えて、また山に入る。その時の中でアルドゼイレンには伝えたい言葉が沢山あった。
「その中で我は人から新たな可能性を知り、新たな価値を知った。人は死にも価値を感じている。朽ちる事が唯の終わりではないと意味のあることだと教えてくれた。なれば、巨龍とて新たな可能性を期待しながらも死に価値を感じていいのではないかと思ったのだ」
「俺は......戦うと決めた。だが、自身の名誉の為だけでは友を殺せるとも思っていない。ましてや死に様の為に手を下すなど出来る訳がない」
新たな可能性が何を示すかは想像もつかないが、死に価値を感じたいなど、そんな理由で自身がこの巨龍の最後を下す事が出来るのか答えは明白だった。
「ふふふ。我が友は傲慢な優しさを持つ男だからな。無論、そうなるとは限らん。今のままなら我が友の命を奪うだろうしな。しかし、我はそうなって欲しくはない。知らぬ者に命を奪われるならば、熱きを秘めたると知る者に時を終わらせて欲しい。我はただ、それだけを望んでいる」
星が動いて瞬き、沈んでいく。光を送っていた砂粒の様なそれが視界の端で失われたように見えたのは錯覚か、それともーー。
「巨龍の時の長さは解らない。何れは戦う事を約束する。だが、俺は納得したい。そして、納得するには人にしては長い時間を有する。その間にこうして時を共にすることもあるだろう。次に会う時が戦う時であるのを期待する事だけは止めてくれないか?人の時間にしても、それは短過ぎる」
決意は固めた。戦う準備もする。しかし、それは明日、明後日の話ではない。エルフレッドには納得が出来ていないのだ。巨龍の価値観と人の価値観は違い過ぎる故に、アルドゼイレンが人に見た可能性や死に様に対する価値が時に生を凌駕することが解らないのである。
「そうさなぁ。待てるだけ待つと言っておこう。今の時間も中々に甘美だからな。ーー海が見えてきた。ということはあれが我が友の治める領か?」
話に集中し過ぎて気付かなかったが、眼前に広がるは既に領都である港町であった。灯る灯りはまだ少ないが計算された道や建物の配置は整然としているの様は空から眺めても、とても美しかった。
「今は両親が治めているがな。この辺りは領地の経済的な中心となる場所だ。会話に入り込み過ぎて案内出来なかったが、その前の山や森に囲まれた街も治めている領になる」
「ほう?それは中々広大な場所を治めているな?そして、我はこのような街が大好きだ。この人工的に整然としている景色は人にしか作り出せないものだからな。人はこのように非自然的ながら美しいと感じる物を作り出せる。やはり、素晴らしい生き物だな」
自然界の頂点にいる存在である巨龍にそう言われるとエルフレッドとしては不思議な気持ちになる部分がある。確かに人の目線から見れば美しく素晴らしいものだ。
そして、魔法は旧文明の様にあからさまな自然破壊を進ませるような害を為す訳ではない。だが、こうして人工物を作り続けることは少なくとも自然にとって良い話では無いのである。
「俺は美しいと思うが......アルドゼイレンが美しいと感じると言われれば俺は不思議と思わざるを得ない。結果として自然は破壊され人にとって住みやすい環境になっているだけだ。自然界の頂点とも言える存在がその様に言うのはハッキリ言って理解不能だ」
彼が問いかけるかの如く言えばアルドゼイレンは笑った。それは馬鹿にするようなものではなかったが、楽しげなものでもない。例えるならば、人という存在ならばそう考えるだろうなーーといった笑いである。
「我が人間被れというのもあるが......我は不思議に思うのだが人は何故自身らが永遠に増え続けると思うのだ?やがては別の星に行かなくてはならない程に増えて、星を破壊し尽くして、全てを壊す存在であると?」
人にしては数多の学問に精通しているエルフレッドにしてみれば人口増加の問題とは旧文明からの大問題だった。確かに今の創世神の救済の時期には落ち着いたが、また増え続けて同じ問題を繰り返そうとしているではないか?
そう考えたが多くを知るアルドゼイレンを前にして、それを言うのは憚られた。答えに詰まっている彼を前にして巨龍は「別に正しい答えがある訳でも無いがーー」と笑い。
「人口が正しく増え続けるならば世界の人口は均一に増えねばならないのだ。だが、単一性の高い民族から徐々に減っていっているではないか?近しい遺伝子はより早く壊れ始め、混ざり合った遺伝子はそれより長く持っているだけ。人がより早く移動でき混ざり合い、やがて単一となって壊れ始めるとするならば、我は一つの人の世界など精々億年に届けば良い方だと思うのだがな」
そして地上へと降り立ったアルドゼイレンは彼が居りやすいように屈んで尻尾を振った。
「ではな。エルフレッド。次は七の夜の後に会おう!その時は友でも紹介してくれ!」
そう言いながら身を起したアルドゼイレンに彼は「時間の会う者を集めるとしよう」と手を振った。飛び去っていく巨龍の後姿を眺めながら彼は自身が今考えるべき事、やるべき事を整理して、その後姿が消えるまでその場を離れることはなかった。




