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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
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 黒紫の大蛇をなぞらえた太古の巨龍は自身の内より作り出した小さな蛇に意識を移し、自身の願いを叶える存在を探す為、欲深く罪深い人物を探し始める。


 創世神の戯れはかの巨龍の自尊心を傷つけて、その立場さえも奪ったのだ。ならば、自身の願望は神の意向に反旗を翻すこと。そして、今がその時である。


 成熟の時を永く待ったであろう創世神の願いを壊し、次に御身に擦り寄るのはーー。


 黒紫の蛇は人里の影を行く。活気に溢れた小さな島の港の街ーー望む人物は何処か何処かとーー。













○●○●













 記者ジェームズのシナリオは完成されつつあった。


 ヤルギス公爵令嬢は悲劇にもレディキラーの餌食となった。しかし、他者に比べて外傷はなく、健全に近しい状態に疑問符を浮かべざるを得ない。そこにとある筋から精神的な病の可能性が示唆された。


 確かにレディキラーの異常な犯罪を見せつけられれば、そう言った可能性もゼロではないが、それだけでは彼女に外傷がなかった理由の説明が難しい。


 私は真相解明の為に調査を続けた。どうも、ヤルギス公爵家は何かを隠し、他家もその隠蔽に協力している節があったのだ。この隠蔽が彼女の名誉を守るためだけならば致し方無い面もあったかもしれないが、私は調べていく内に縁談を推し進めるための隠匿である真実に辿り着いたのである。


 そして、その相手が平民より成り上がった稀代の英雄、エルフレッド=ユーネリウス=バーンシュルツ伯爵子息だと解った今、私は真実を明らかにして、この上級貴族による陰謀を阻止せねばならないという正義感に突き動かされたのだ。


 文章を書きながら彼は思考を巡らせた。どうすれば、より真実にーーそして、ヤルギス公爵家にダメージを与える程に世論を動かせるのか?あくまでもヤルギス公爵令嬢は可愛そうだが、英雄との結婚の為に不都合な真実を隠すのは如何なものか?という流れに持っていかなくてはならない。


「そうか。そこで外傷があった事実が使えるのか!!」


 その思い付きは正に悪魔の一手というべき所業であった。様々な被害者の傷を抉り、ありえぬ疑いを齎す破滅の一手。トラウマも被害者の感情も全て無視したような文章を自身の手が作り上げていることをジェームズは考えもしなかっただろう。


 最も辛い被害者を作り、それでも陰謀を使って隠すのは結婚するのに相応しくないのではないか?


 その問い掛けの為だけに考えられた文章は多くの人々の心を傷つけるものになったのだった。




 余りにも悲しい話ではあるが当時十二歳の少女は()()()()()を強要された疑いがあり、子宮に外傷をおった。それが原因で子宮内膜症を患い、跡継ぎに関する不安がある。




 完全な妄想と悪意、しかし、あくまでも疑いと濁しながら真実でその可能性を高めている。余りの出来の良さに反吐が出そうな記事であった。


 それは辛い真実だが、その真実を隠匿して英雄と縁談を推し進めるのは間違いではないだろうか?彼の未来は国の未来である。私は決して許されるべき行為ではないと考えた。


 読者の皆様にも一度考えて欲しい。ヤルギス公爵家の令嬢に起こった悲劇は私も考慮すべきだと思うが、その真実を隠されたまま勧められた縁談は結局はお互いの為にもならないのだ。


 私は真実を追求し、ここに記載していこう。今こそ大いなる権力と戦う時であるとーー。


 彼は書き綴った文章に目を通して素晴らしい物が書けたと感じた。一部の者に取って最悪の記事というのは彼にとって最高の記事なのである。出版時期にはかなり慎重にならなくてはならないが婚約発表の時か、更なる問題を期待して結婚の発表まで待つかーー。


「まだ何かが有りそうな感じはあるがな......」


 長くゴシップを取り扱っていたジェームズの勘が告げていた。この記事は暫く温めた方が望む結果がより望む結果が得れそうだと。


 彼はその記事を一旦、鍵付きの引き出しの中に入れて次の記事の見直し作業に入った。看護師を食い物にする偽愛妻家の外科医の記事がアードヤード国立病院を一時的に揺るがす事態になるのは、それから一週間もしない間の出来事であった。













○●○●













 平穏な日々に調べ物をしながら訓練をする。エルフレッドの日常はとても穏やかに動いていた。夏休み明け頃にカーレス、アーテルディアの婚約等が発表されるとの一報が届き、秋口は有力家の婚約ラッシュになりそうだなぁ、と自身の婚約が含まれている事は棚に上げて微笑む彼である。


 元来、こうも時期が近いとずらしたり、遠慮したりするものだが、それぞれが割とずらし辛い事情を抱えている為、三週連続で行い、最終週にレーベン、アーニャの婚約発表を行うという流れになりそうである。


 他の貴族は出費が嵩んで仕方ないだろうが王家からの要望となれば仕方あるまい。何らかの配慮がなされることに期待するのみだ。とアーニャ自らのリーク且つ謎の箝口令で悶々とさせられている彼はそろそろこれは何らかの要らぬ意図があるな、とは感じていたが、それが何なのかまでは考えが及ばないのであった。


 まあ、それが立場を利用した最初の弄りだとは誰も思うまい。そして、喜んでいるのも悶々としているエルフレッドを想像して悦に浸っているアーニャと協力者のノノワールぐらいなのだからどうしようもない話だ。


 そして、秋口に婚約ラッシュがーーとなれば時期的に徐々に関係者への説明と会合、そして、関係者による臣民へのリークが始まる頃である。俄に今年は凄いことが起きると匂わせておくのは企業の活性化や国民の活気へと繋がる。


 特に今回は英雄エルフレッド、黄金世代筆頭とされるヤルギス公爵令嬢リュシカから始まって、その兄で次期ヤルギス公爵のカーレス、クレイランドとの国交正常化の架け橋を担う皇女アーテルディア。


 最後に国民待望のレーベン王太子の相手が創世神が一人アマテラスの血統を持つライジングサンの半神アーニャ王女となればアードヤードの歴史が大きく動く一ヶ月となるのは誰の目にも明らかだ。


 既に内々の当主会談では大きなイベントやパーティーの連日開催、秋の少連休の日程変更、新たな祝日の制定、闘技大会の日程調整等、大規模な予定変更が話し合われている段階だ。


 そこにクレイランドやライジングサンの要人との日程調整まで入ってきている今の状況は関係者において休みなど取る暇も無い忙しさに思えた。現にエルフレッドの両親などは大半を寄子やエルフレッドに任せて既に一週間程、王都に籠りっぱなしだ。


 それに比べれば、ちょっとした当主業務の後は自由なエルフレッドは暇なものであった。結婚式ならまだしも婚約式で忙しいのは当人よりも当主達なのである。


 だから、彼等は実習のように公務や当主業務を遂行し、婚約者に贈る品の選別や衣装合わせ等を緻密に行う事さえ間違えなければ万事問題無いのであった。


 今日は鍛錬を熟した後に屋上で港側の風景でも眺めて過ごそうかなどと呑気に考えていたエルフレッドは、慌ただしいノックで現れたルフレインの持つ手紙によって午後の計画の全てが霧散するなど考えもしていなかった。

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