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「柔の剣の使い手?私が......ですか?」
「そうだったんだ......じゃあ、お姉ちゃんの本当の実力って」
剣術の道を進む二人だからこそ、その間違いが大きな問題であったことに気付けたのだろう。ひとえに剣と言ってもと力強く全てを切り裂くだけが全てではない。力をそれ程入れなくとも、正しい位置に正しく剣を置く事が出来る技術に特化した者だっているのだ。
彼等の身近な人物で言うならば正しくレーベン王太子の剣術とイムジャンヌの剣術の違いである。粛々とした一撃から全てを正しく切り裂くレーベンの一撃と、ともすれば防御した相手の剣ごと力でねじ伏せるイムジャンヌの一撃は根本的に全く違うのだ。
エルフレッドは「才能が違うと解っただけで全てを正しくは言えませんが......」と前置きした上でーー。
「少し才に難があった剛の剣でレーベン王太子と互角な訳ですから、より才能がある柔の剣ならば何処までもーー剣聖の再来は誇張でも何でもない真実となりえるでしょうね。全く、イムリア殿といいエルニシア先輩といい、才能に対して更に才能が見つかるのは私のような凡人には理解しがたいことですよ......」
自身が羨望しても手に入らないそれを元より才能を持つ人物が手に入れる様には思わず溜め息を禁じ得ないエルフレッドである。
「剣聖の再来も誇張では無いですか......」
俄には信じられないと自身の手を見つめてグーパーを繰り返すイムリアにイムジャンヌが微笑んだ。
「お姉ちゃん。良かったね。やっぱりお姉ちゃんは凄かった」
「イムジャンヌ。私は......本当に愚かだったな......」
エルフレッドは二人の様子にホッと安堵の息を吐いてーー。
「後は以前、イムジャンヌが見ていた守りの剣とやらを参考にされるのが良いと思います。無論、乗りかかった船ではありますのでお困りの際はお手伝い致しますが、私自身、剣聖様に到達出来る程の剣術は持っていないと思いますので足掛かり程度に」
「そのような失礼な事は出来ません。お陰様で私はちゃんと妹に向き合えそうです。バーンシュルツ伯爵子息殿。真に感謝致します」
漸く視界が開けたと微笑んだ彼女に「いえ。その分はイムジャンヌに返して下さればそれ以上の望みはありません」と彼も同じように微笑んだ。
「エルフレッド。ありがとう」
ニコッと嬉しげな表情を見せた彼女は結構酷い目にあっていたはずなのだが、本当に姉が大事なんだなぁと何だか感心したエルフレッドだった。
「気にするな。大して時間も掛からなかったしな。それよりも今日はイムリア殿に沢山甘えなくてはな?そのくらいはしても良いくらいには恩も溜まっただろう?」
彼が冗談めかして言えばイムジャンヌは瞳を輝かせて少し距離のあったイムリアの元へと走っていった。
「お姉ちゃん。ギュってして」
「ハハハ。イムジャンヌは何でそんなに私が好きなんだ?」
困ったような表情で抱き締めたイムリアに「お姉ちゃんだから」と頬摺りして堪能した後にちゃっかりと手を取って歩き出すした彼女。
「エルフレッド。御礼はする。またね」
「バーンシュルツ伯爵子息殿。この恩は必ずやお返しします」
「いえ。特に気にすることでは......まあ、何れと言うことで」
そう言いながら空気を読んだエルフレッドは転移の魔法陣を唱えた。
「今日は一緒に寝る」
「......全く何を言い出すのかと思えば家族が驚くだろう?それにもう高等教ーー」
困り果てた様子で何やかんや妹に丸め込まれているイムリアを見て微笑ましさに頬を緩めるエルフレッドだった。
○●○●
常闇の巨龍は謎の多い巨龍であった。小国列島に数多の場所で目撃されているものの被害はまちまちーー活動期やそれ以外の区別がそもそも無いようで気まぐれだ。
使う魔法も闇魔法だとはされているが全てを無に返すという伝承に謳われるそれが、果たして闇魔法なのか何なのかさえも解らない。黒紫の巨龍だということが解っている程度で情報も非常に少ないのである。
余りに情報が集まらないのであれば、実際に小国列島に向かうか少しは何かを知っていそうなアルドゼイレンに聞くのもありだと思っているが、時期をかなり選ぶ物ではある。
何故ならば緊急の包囲網を張ったこともあってレディキラーが潜伏している可能性が高いのは間違いなく小国列島だからなのだ。いくら護衛として自身が着いていくとはいえ、最も危険な地域に彼女を連れて行くこと自体憚られる。
では、護衛の任が外れている今がチャンスと言えなくはないが、今は小国列島についての情報収集さえも済んでいない状態で何をするにも情報不足且つ時期尚早ーーアルドゼイレンを以てして中々と言わしめた実力はビャクリュウにて体感済み。万全の態勢と下準備を持って望まなくては次こそ命は無いだろう。
大体ビャクリュウ戦というのは神のお情けで生きていたようなものであり、自身だけで倒したと自信を持って言えない部分を感じている。いや、無論、あからさまに手伝って貰った訳でもなければ、明らかな回復があった訳でもないがあのような常軌を逸した状態から回復出来るなんてことが早々ある筈がないのである。
とまあ、国立図書館で借りた本で情報収集をしながら、思考を巡らせていた彼はどうやらまた長い時間、思考の渦に巻き込まれていたようだと溜め息を吐きながらコーヒーを沸かした。
空の色は暗い。イムジャンヌと別れた後、夕食はアルベルトと食べた。喋り口調は落ち着いていたが、やはり、研究所内は"本質魔法"と"属性性質魔法"についての仮の論文で埋め尽くされており足の踏み場もない様子のようだ。
食欲が減退する程に徹夜を繰り返している辺り、何処かで強制的にストップをかけないといけない気はするが「エルフレッド君のお陰で人生で最も充実しているよ!」と血走った目で喜ばれたら、止めるのも悪い気がしてきたので、もう少し様子を見ようと思った。
コーヒーが出来たので大きめのグラスにかち割り氷を四つ入れて注ぐ。新邸宅の自身の部屋についたバルコニーは街の発展と夜の風景を一望出来るお気に入りの場所だ。
街道の一本すら芸術性を持たせた美しきバーンシュルツ領の領都。現辺境警備軍総長の子爵が住む旧領都とは全く違った発展の仕方を遂げている。あちらもあちらで自然との調和に空気の澄んだ美しい場所だが内情は小さな農村を纏め上げた小さな街の集合体である。
無論、バーンシュルツ家の資金援助の元、未だに開発が進んでいる段階だが、こういった見るからに完成された美の街に仕上がることはないと思われた。それもこれも今後の事は寄子である子爵の考え方次第だろうがーー。
母親の意向に建築家ランドリックの美的センスを加味した街作りはエルフレッドの目から見ても非常に良く思えた。反対側屋上から見える港の眺めも壮観で総じて心安らぐ場所であった。
チリンとグラスの中の氷が溶けて音を鳴らす。そんな一見何の変哲も無い情景でさえ、お洒落に見えてしまう場所なのである。コーヒーを飲みながらホッと一息を吐いた彼は底知れぬ充実感に浸っていた。
まだ解決していない問題もある。そして、自身の目標は達成されていない。やらないといけないことは沢山あるが今日くらいはゆっくりとしても良いだろう。
明日には何が起きるかは解らない。少なくとも調べ事は継続される。そんな明日の事は一度置いておくことにした彼は、束の間の休息を楽しむのだった。




