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そんな事を考えながら特にすることがなく、朝の鍛錬の後にぼーっと携帯端末のメッセージを眺めては友人達と連絡を取り合っていた彼は傲慢な風の本質が解決した件の詳細や御礼を送っては返信を返すを繰り返していた。
特にアルベルトとメルトニアの魔法狂いの二人は食いつきが酷かったが、あまりに特殊な魔法形態であることとエルフレッドの魔法の場合は使える対象さえ印で固定される事から、発動条件さえ不明であることを説明すればメッセージは沈黙している。
今頃、研究所は数多の論文が乱舞する狂気の間と化していることだろう。
傲慢な風という本質魔法から派生したあの奇跡の回復魔法はあれから使える方法が全く解らない。同じ印を描いても発動する気配すらなく魔法として成立しないのである。
無論、魔力消費量が異常に多く、自身への負荷が極限まで掛かる魔法である為、早々使うことは無いだろう。そして、あの状況を考えると自身に使えるとも思えない。
しかし、万が一、自身の大切な誰かに何かあった時に使えるのならば、救えるのならばーー是が非でも修得したい魔法ではあった。
「とはいえ、全く解らないのだがな」
基本的に印を描き、魔力を流し込んで魔法が発動しないことはありえないのだ。そして、自身の頭の中には完璧な印が記憶されている。要は前代未聞の魔法なのである。
逆にーー。
エルフレッドは部屋の隅に落ちていた埃を極僅かに低気圧を操作して集めて見せた。当然、意味がない行動なので浄化の風で部屋全体を綺麗にするが、そのくらい精密に操作が出来るようになったということだ。
無論、魔力を最大限に使えば、あのビャクリュウの身体を分断したような超高気圧と超低気圧の同時発生という危険な操作もすることが出来る。
まあ、あの後、大草原の一部が大変なことになったのだが巨龍討伐でああなったと言えば大半の者は納得した。そして、その言葉に嘘はない。
珍しくダラダラと過ごしていたエルフレッドは、たまにはこういう日もありだなぁ〜と怠惰に携帯端末を眺めていた。無論、最低限の訓練等はするが、次の討伐に定めている常闇の巨龍について調べるのは後で良いだろう。
『マジヤバい!!』
ノノワールである。騒がしい奴だと思いながら『なんだ?騒々しい』と返すと秒もしない内に返信が返ってきた。
「これは......本当か......?」
あまりに驚いたエルフレッドは何度も携帯端末を見返して返信する言葉を探したが思い付かなかった。
『レーベン先輩、アーにゃんと婚約だって!!』
つい最近、当事者同士であったというのに何が起きたのやらと頭を抱えたエルフレッド。とりあえず『誰情報だ?』と情報の出処を調べる彼だった。
○●○●
時は遡り、ビャクリュウ討伐を祝った宴会の二日後、親馬鹿宜しく「当学園に入れてから娘が歪んでおるのだが?」と抗議の連絡を入れて緊急三者面談の上でアマリエに平謝りをさせたシラユキだったが、その帰りーー。
「アーニャがその気なら早々に話をつけたいと思っておる。連絡してみても良いか?」
と告げる彼女に「宜しくお願いしますミャ!お母様!」と言った事から、速攻で縁談を持って行くことにしたシラユキは来訪の際は我が城へと言われていた事を利用して入城、早速話をすることにした。
突然の来訪で、突然の縁談である為に当然アードヤード側は困惑した。その後、話し合いを提案された訳だなのだが当事者であるレーベンが現れたことで話の流れが一気に変わった。
「そうなる気がしていたから」
と両親に告げて当人同士と両親での話し合いを提案。当人が乗り気な様子を見て国王、王妃共に混乱しながらも提案を受諾ーー急遽、食事中に引っ張り出されたコガラシも交えての緊急の会談となった訳である。
シラユキ、リュードベック間での会談ではエルフレッドの件は自身が最良と考えた結果で有り娘の気持ちはレーベン王太子殿下にあったと説明された。もし今日のレーベンの反応が無ければ、リュードベックも眉を顰めたのだろうが彼の反応があまりにも当然そうなるだろうと受け入れたものだったので信じるに値すると判断ーー両国の貿易と利権の話まで一気に加速していく。
王妃とコガラシはそんな二人を眺めながらも取り残されつつ、挨拶をしたり両国の文化について話したりと世間話の延長線上の話をちょこちょことするのに留まるのである。
「それでアーニャ王女殿下はもうエルフレッド殿に対する気持ちは無くなったってことで良いのかい?」
二人になり遮音魔法が掛かった部屋の中でレーベンは向き合ったアーニャへと訊ねた。
「実は結構前から薄くはなっていましたミャ。月を見ながら涙したのはもう半年以上も前の話ですミャ。最終的には二人のイチャイチャを見て凍りついたのでポイッしましたミャ。スッキリですミャ」
「ハハハ。なるほどね。それはそれはーーそれで二番目の僕にお鉢が回ってきたってことかい?」
席について楽しげな笑みを見せる彼が茶菓子を薦めながら言えばアーニャは悪びれた様子もなくーー。
「そういうことですミャ。それにリュシカの存在を考えれば今は一番ですミャ」
袋に入った茶菓子を上品に食べて紅茶を楽しむアーニャに「一番であるなら光栄だ。まあ、そういう意味じゃないだろうけど」と同じ茶菓子を食べて苦笑する。
「ふふふ♪殿下はおかしな事を言いますミャア♪それに無理に縁談を進める必要もないのですミャ?お互い同意の上でないと成り立たない話ニャア♪」
彼女が試すように言えばレーベンは苦笑しながら「王女殿下は全て解って言ってるね?」と紅茶を口にした。
「僕は君の能力を是が非でも我が国に欲しいと思っている。ただ、エルフレッド殿と君との縁談だとリュシカ嬢が駄目になってしまう。その点、僕ならばそういった心配がない。その上で見目麗しく才能があり歴とした王族の王妃を手に入れる事が出来て、君はーー」
「愉悦を堪能することが出来るのミャ♪」
レーベンはブレない彼女に「すっかり歪んじゃったねぇ」と微笑んだ。
「まあ、そういうことだね。お互いにとって良い政略結婚って訳だし、僕としてはこれ以上はない。無論、嫁いでくることになれば最愛の女性として見るように努力しよう。君はそれで満足かい?」
「勿論ですミャ♪寧ろ、レーベン王太子殿下がすんなり納得してくれたことの方が意外ですミャ♪お陰ですんなり話が進んでエルフレッド達の度肝が抜けそうミャ!愉しみニャア......」
一瞬、愉悦の世界にトリップしたアーニャはさも意外だと笑ったあとに再度茶菓子の袋を手に取った。柔らかな口触りにザラメの食感ーーこのカステラは中々自身の好みを捉えていると彼女は微笑んだ。
「そうかい?君ならここに来るまでに確信があったと思うのだけど?まあ、王妃だから直接的に掛かりはしないが軍事や防衛に存分に力を発揮してほしいと僕が考えてることくらい」
そう言って彼が微笑めばアーニャは「九十三%ミャ」と呟いた。一瞬、眉を顰めたレーベンに彼女は尻尾を揺らして、カステラを堪能した指を色っぽく舐めて見せた。
「レーベン王太子殿下が妾の話に乗ってくる可能性ミャ。百%じゃ無ければ確信では無いのミャ」
「......ふふふ。やはり、僕の目に狂いは無いようだ。今後とも宜しく頼むよ?婚約者様?」




