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まず、話し合いの主な内容としては婚約発表の時期や結婚となった際の相互の貿易など貴族としての部分を詰めていった。婚約発表時は伯爵だが結婚時は辺境伯以上が望ましいとのことから結婚時期は卒業後とした。
リュシカの場合は王族との特殊な約束から恋愛結婚の場合のみ、相手の身分は問わないとされているため伯爵でも問題ないが、爵位云々の事情はヤルギス公爵家の希望に則ってである。
それにこの時期の婚約は確約のようなものである。九割九部九厘、そのまま結婚する。なので態々焦る必要はないし学生婚に拘る必要もない。
そして、そこらへんの話が最も時間が掛かったことであった。公爵から辺境伯への話は余程問題が無い限り頷くだけなのだが、ヤルギス公爵家が単純にエルフレッドに対して非常に恩を感じているということもあって、平等に等しい条件が組まれ、寧ろそれで大丈夫なのか?と聞きたくなるほどである。
お互いの関係が良好にあり、全く問題が無い故の婚約とは、それほどまでにスムーズに進むのである。そして、大々的な婚約発表は三ヶ月後に設定される。場合によってはカーレス、アーテルディアより早い可能性さえあるが、そちらはクレイランド次第だろう。
とはいえ、あちらも立ち直りの兆しが見え始めたという情報が出てきている。ならば、前後はあれど今年中には双方という可能性は大いに高い。
「さて、話し合いは以上になりますわ。レイナ様、お久しぶりに二人の時間が作れそうですから、食事会の前に少しお話しましょう?」
「まあ!メイリア様からお誘い頂けるならば喜んでいきますわ!」
「うふふ!レイナ様ったら......それではバーンシュルツ伯爵、エルフレッド君、ゆっくりなさって下さい。貴方、リュシカ、先に席を外しますわね?」
「ああ、私も国の事業で時間の取れぬエヴァンス殿と交友を深めようと考えていたところだ。楽しんできなさい」
「お母様。レイナ様、食事会の時にまたお話しましょう」
和やかな笑みと華やかな笑顔に送られて彼女達は席を立った。二人を見送るように視線を送っていたゼルヴィウスはエヴァンスへと顔を向けてーー。
「さて、我々も......このような良き日は少しフライングをしたいと思いましてね?良ければ当家自慢の葡萄酒がありましてーーエヴァンス殿、お酒は?」
「ヤルギス公爵閣下の誘いとあらばーー大きな声では言えませんが嫁程強くは無いのですが、嗜む程度ならば......」
と和やかな笑顔で背中に手をやり友人の様相で席を立つ二人ーー元々、硬くて真面目が共通点の二人である。割と馬は合うのかもしれない。
「エルフレッド君。くれぐれもリュシカの事をよろしく頼むよ?」
「かしこまりました。どんなものからも守り抜いてみせます」
「ハハハ。本当に心強いな」
そう言って笑顔を見せるゼルヴィウスの横でエヴァンスは少し茶目っ気のある表情を浮かべてーー。
「リュシカ嬢。我が息子を選んでくれた事を心より感謝致します。無論、息子には少々勿体無いのではという気持ちも御座いますが......私に似て、少し堅苦しく融通の効かぬところは御座いますけども誠実さにおいては誰にも負けないと考えておりますので、末永くお付き合い頂けたら幸いです」
「勿体無いなんてことは御座いません。私には彼しかいないと考えております。こちらこそ末永くよろしくお願い致します」
彼女が心からの微笑みを見せればエヴァンスは少し楽しげな笑みを見せてーー。
「そこまで思って頂けているとは我が息子も幸せというものです。ーーエルフレッド、期待を裏切らぬようにな?」
「無論、解っている。父上こそ公爵閣下の期待を裏切らないでくれ?」
彼が口角を上げて言い返せば「コイツめ!!ーーしかし、肝に命じておこう」と後ろ手に手を上げた。
「では、公爵閣下お待たせ致しました。行きましょう」
「いえいえ。娘に声を掛けて頂いて嬉しかったですよ?今日は良いお酒が飲めそうだ。ーーでは、我々は行くが二人も食事会に遅れぬ程度に楽しみなさい」
「ありがとうございます。公爵閣下」
「はい!お父様方もまた後で!」
二人を見送って閉まる扉を暫し見つめていたエルフレッドとリュシカーー。
「漸く纏まった......長かった......」
「......待たせてしまったな?」
エルフレッドの隣の席に移動して万感の思いを吐露するように呟いたリュシカに対して、彼が少し申し訳なさそうに言えば「ふふふ。待ったとも?しかし、それはタイミングの問題だから致し方ないことだ」と彼女は微笑んでーー。
「私はここに来るまでに色々考えたんだ。どうしたら良いかも解らない時期だってあった。不安で仕方ない時期もあった。悩み苦しんだ。だから、今こうして話が纏まっただけでホッとしているし、幸せを感じている。今でこれだけ幸せならば、婚約の発表はーーその後は、どれだけ幸せなのだろうな、と心躍る思いだ」
「そう......か。その話を聞けば、俺はとても嬉しく感じると同時に申し訳なさを覚えてしまう。不安や悩みを与えてしまったのも俺なのだからな。ならば、これからは極力その思いに答えていきたい。無論、お互いが幸せになるためだ。そのくらいの気持ちは持っていいのだろう?」
リュシカはタイミングの問題だから致し方ないと言った。先に好きになり、問題を抱えて、悩み苦しみ、報われた。しかし、エルフレッドは極力、その時の思いが報われる程に幸せになれるように答えていきたいと言う。
それがお互いを幸せになる方法なのだと笑うのだ。
「そなたは本当に生真面目な男だ」
彼女はそう言ったが心から喜びの溢れる表情でエルフレッドへ抱き着いてーー。
「しかし、それがお互いの幸せに繋がるのならば私は喜んで受け入れる。私の為だけじゃない。お互いのこれからの為を思っての行動に何の迷いがあろうか?期待しているぞ?」
隣合わせた席を近づけて抱きしめ返しながら彼は「当然だ」と笑うのだ。
「そうでなければ何の為に一緒に居ることを選んだんだ?幸せにしたい気持ちは無論あるが、共にあれば幸せだと考えたからだ。互いの未来が幸せになるよう、精一杯努めるのが俺の役割であるのは言うまでもない」
食事会までの一時を穏やかに過ごした二人ーー。その時間は何にも変え難い幸せな感情に包まれていた。
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早々と巨龍討伐を終えたことで夏休みに長い時間を得たエルフレッドは珍しく一人の時間を過ごしていた。ある程度の安全性が保証されているクレイランドへとヤルギス公爵家一行が向かう為に護衛の任が一時的に外れたのだ。
無論、エルフレッドとしてはクリシュナの件もあるのでついていっても良かったのだが、未だ彼女の件についてはデリケートな面が拭えない事と両家間の機密性溢れる内容とのことで恩人である彼であっても遠慮して欲しいとのことだった。
ならば、リュシカを置いていくのはーーとも思うのだが未だにコルニトワには彼女が必要なようだ。とはいえ、いつまでも我が子、我が子と依存させているのも如何なものなのだろうか?と思うもののヤルギス公爵家の方々が何も言わない辺り、実際の所は何らかの形で折り合いがついているのかもしれない。




