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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第ニ章 氷海の巨龍 編
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 今日は本当に行動すべき日ではなかった。


 冷徹な物々しさを醸し出す高級な馬車ーーホーデンハイド公爵家の馬車に乗せられたエルフレッドは薄幸の美女といった様子の貴婦人の言葉に相槌を打ちながら自身の過去に思いを馳せていた。


 ヤルギス公爵家御一行との話し合い(?)を終えて反省文を書き終えたエルフレッドはグレン所長との約束を守るべく冒険者ギルド本部にて素体提供の手続きを行いにいった。討伐者本人の依頼と言うこともあり、すんなりと話がついたので久々に外食も良いなと街を散策していたところだった。


 すると、その隣をバロック様式の高級馬車が音も無く止まったのだ。


「そちらに居られますのはレイナちゃんのご子息のエルフレッド君ではありませんか?」


 馬車越しに声を掛けられてメイリア公爵夫人と言い我が母は何をどうしているんだ、と遠い目をしながら「我が母の名はレイナ=バーンシュルツで私はエルフレッド=バーンシュルツで間違い御座いません」と返事を返したところーー。


「まあ‼︎こんなところで出会えるなんて私は真に幸運でしてよ!レイナちゃんには本当にお世話になってるの!是非お家に入らして!」


 と断れぬ誘いで優しく拉致された訳である。


「家の長女のルーナシャはこうお父さん似で落ちついててねぇ。獣人の特徴も少なくてカーネルマック公爵家の次男のサンダース君が婿養子で来てくれることが決まっているのだけど次女のフェルミナは私の若い頃に似ちゃってねぇ〜、もう本当にやんちゃで乱暴で侍女達も手を焼いていたのですの!それをレイナちゃんが上手く仲を取り持ってくれて侍女もフェルミナを可愛がってくれるようになって本当に大助かりでしてよ!」


 ホーデンハイド公爵家とカーネルマック公爵家の繋がりはユエルミーニエとアナスタシアの姉妹によって非常に強いものとなっている。


 祖父の代で一度二家による婿養子が取られていたがホーデンハイド公爵家は姫続きーー。カーネルマック公爵家は男子が産まれるも当主のみと不安定な時期が続いた。しかし、カーネルマック公爵家に嫁いだアナスタシアが一姫二太郎を産み、ユエルミーニエが二人の姫を産んだことで分家から婿を貰わずともホーデンハイド公爵家の青き血を取り戻すことが出来たのである。


 そういった経緯から二家の結びつきは深まった。更にホーデンハイド公爵家は獣人族の王配の血筋を取り入れることで他国にも影響力を持ったのである。


 そして、そんなホーデンハイド公爵家を実質的な当主として支えているのがこの[ユエルミーニエ=エルガモット=ホーデンハイド]であった。


 逸話の多い女傑の家の問題をあの母が人のためにと態々そんなことをーーと考えるとなにやら薄ら寒いものを感じるエルフレッドだったが美の極地のために何でもしている母と考えると納得がいくところではある。


「我が母の力が少しでも名家であられるホーデンハイド公爵家の方々の力になれたのならば幸いで御座います。それにしても、ホーデンハイド公爵夫人殿がやんちゃで乱暴者であったとは今の麗しき姿を見ていると想像もできません」


「まあ、こんな叔母さんに麗しいだなんてお口のお上手だこと!ふふふ、でもそうですの。今はそうは見えないでしょうけど。私も持病を持つまではそうだったのでしてよ?刺繍を縫うより野山を駆ける方が好きだった......そんな少女時代を送っていましたの」


 そう告げる彼女の目に物悲しい色が浮かんでいた。それを見ているとエルフレッドはなんとも言えない気持ちになった。


「だけど、そのお陰で今の旦那様と出会えましたの!ヤルギス公爵家が以前そうしたように強靭な獣人の血を交える事で剛健な子を作る。その話に嘘はないのだけれど実はアードヤード王立学園時代に持病を持つ頃には大層惹かれ合っててねぇーー、あらやだ私ったら惚気けちゃってごめんなさいねぇ!」


「いえ、私もそういう方と出会えればと思っております」


 エルフレッドは気付いていない。それが奥様特有の意中の人は居ないのかしら?作戦。要は探りだったと言うことにーー。


 その答えを聞いたユエルミーニエの瞳が一瞬キラリと光ったのだが、そのことにエルフレッドが気づくことはなかった。


「ふふふ、エルフレッド君なら大丈夫だと思いますの!」


 だって家を"含め"お母様方が争奪戦を繰り広げておりますから......と心の中でそう考えてユエルミーニエは頬を緩めるのだった。




 バロック様式で揃えられた荘厳な豪邸。それがホーデンハイド公爵家の本城である。エルフレッドはそこに臨時の家庭教師として招かれていた。実はこの話自体はレイナから出たものであった。最高位の学園には入れるがアードヤード王立学園に入るに到らないフェルミナに家庭教師をつけたいとユエルミーニエが頭を悩ませていたところ家の息子はどうか?となったのが切っ掛けである。


 レイナのことは信用していたがエルフレッドのことは歴代最強の戦闘能力を持つということしか解っていなかったためにその時は言葉を濁した。だが、今日になって人材の黄金時代を迎えた最高倍率のアードヤード王立学園においてオール満点の首席の一人である事が判明。


 ギルドに潜ませた諜報員より報告を受けて偶然を装って文字通り拉致した訳である。


「おかえりなさいませ、お母様。そして本日はようこそお越し頂きました。エルフレッド様。本日は突然の来訪の準備故、私ルーナシャ=ウルナ=ホーデンハイドのみの挨拶となり真に申し訳ありません」


 当然嘘である。あくまでも偶然出会い偶然連れてきた体を装う為のそれにエルフレッドが気づくことはない。


「いえ子爵の嫡男如きには過ぎた歓迎です。それにお名前の通り麗しき御令嬢にお出迎え頂けるとは感謝こそあれど不満など御座いません」


 エルフレッドの言葉にルーナシャは自身の黒く艷やかな髪を撫でつけると金色に輝く縦筋の猫目を丸くした。


「まあ!お母様、聞きましたか!本当にレイナ様に似て人を褒めるのがお上手ですこと!それに獣人の名前の意味を理解しているなんて本当に博識で御座いますわ!」


 彼女が嬉しそうに微笑むとユエルミーニエも「本当にねぇ!"麗しき美子"なんて早々出てくるものではないですの!」と大喜びである。


 エルフレッドとて全ての意味がわかるわけではないが押さえている名前がある。例えば、"ルー"は麗しき、"アー"は愛らしきといった意味で名付けられる。因みに"フェル"は太陽"ミナ"御子なので"太陽の御子"である。それはそれは名前通り元気な子供になるわけだ。


 ライジングサン本国よりも外交的な立場やミックスに多く見受けられる名前の付け方であった。


「気の利いた言葉などは母の受け売りのようなものですから......そう言われると少し照れてしまいます。さておき、よければ早速フェルミナ様の勉学を拝見出来ればと考えておりますが、どちらにーー」


 パッと二人を守るようにして仁王立ちした彼は飛来する何かを受け止めて物を確かめる。


「......ビー玉?」


 瑠璃色に輝くそれはとても品が良く一見して宝石のように見えなくもない。問題は何故それがこちらに向って飛んで来たのか、だったがーー。


「あっ、そ、それは‼︎ちょっとフェルミナ!お客様相手に何をしているの‼︎」


 そう言われて階段の柱の辺りから姿を現したのは中等部にしては小柄な虎耳、二股の縞々の尻尾を持つ金髪ショートヘアーの少女であった。


「来たなエルフレッド!レイナから最強らと聞いたのら‼︎わらしに勉強を教えたくらわらしを捕まれてみせるのら‼︎」


 ニャハハ〜♪と何が楽しいのかもう一発ビー玉をパチンコで打って彼女は屋敷の中へと走っていった。その様子にあ〜、と申し訳無さそうな声を挙げる二人を見て彼女が件のフェルミナであると理解した。


「......急に来て頂いたのにこんなことになって申し訳ありません。普段はもう少し大人しいのですが......」


 少し困惑した表情でそう言うルーナシャを見てあることに勘付いたエルフレッドは逆に申し訳無さそうな表情を浮かべた。


「いえ、逆に申し訳ありません。あの様子はきっと我が母が彼女を焚き付けたのでしょう。あのくらい何ら問題ない我慢してる分を全て発散させようと......。全く本当に困ったものだ」


 フェルミナは言った。レイナから最強だと聞いた、と。逆に言えば態々その話になった会話があったということだ。


 察するにこうだ。


 フェルミナは自分の力に自信があり、かけっ子なら負けないとか、男の子も倒せるとか、そう言ったことを言って自慢しようとしたハズだ。しかし、普段は良くしてくれるレイナがその手の話になると必ずこう言うのだ。


「フェルミナちゃんは凄いけど最強は息子のエルフレッドかな?」


 そうなると面白くないのはフェルミナだ。獣人の力をセーブし続けてフラストレーションを溜めながら生活しているのも関わらず息子の方が強いと言われる。セーブしても同級生を倒せるのに最強はエルフレッドだと言われる。


 面白くない、ムカつく、我慢できない、倒したい。


 そう言う気持ちにさせておいて、のこのこと本人が現れたら彼女は思うだろうか?


「全く我が母親ながら本当に策士で困ります。簡単に言いますと獣人としてセーブしている力を発散させるお手伝いをさせたいのだと考えております。部屋などには入らないようにして捕まえて来ますのでご了承下さい」


 エルフレッドがそう言うとユエルミーニエは困惑したような表情を浮かべた。


「それなら大丈夫でしょうけど、フェルミナはその獣人の力を使うと本当に速いのでしてよ?あまり暴れると物を壊すかもしれないですし部屋に隠れるかもしれないですの」


「ああ、その辺は問題御座いません。母親が誘導しているならきっと何らかのルールを強いているハズですから。それに手荒な真似は致しませんし物は壊させません」


 そう言うとエルフレッドはふぅと息を吐いて風の魔力を滾らせ印を切った。


「エルフレッド様!一体何を⁉︎」


 突然の魔法行使に驚くルーナシャに振り向いてエルフレッドは笑みを浮かべた。そして、軽く地を蹴ってーー。


「空を飛びます‼︎ウインドフェザー」


 次の瞬間には穏やかな風を残しエルフレッドは飛び立った。その光景を見送って二人は顔を見合わせる。


「お母様、人って空を飛べるのですね......」


「ルーナシャ。多分ですが空を飛べるのは一握りの魔法使いだけだと思いますの」




 そして、それから数秒もしない内に二人の耳にこんな言葉が届いた。




 ウワーン‼︎空を飛べるなんて反則らぁ‼︎この、このぉ‼︎


 ドコオオン‼︎バコオオン‼︎ズドオオン‼︎


 ......はいはい、フェルミナ様。普通の人にやったら死んでしまいますから止めましょうね?同じくらい勉強も頑張りましょう。


「お母様、人ってーー「ルーナシャ。それは絶対に違いますの。大丈夫なのはエルフレッド君だけですわ」


 少し獣人の血が滾ったのかワクワクした様子で手をグーパーするルーナシャを見てユエルミーニエは彼女の婚約者の身を案じながら苦笑するしかなかった。

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