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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
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2

 同時刻ーー。自身の巣穴で身を屈め、瞑想をしていたアルドゼイレンは遠くで戦うエルフレッドの気を感じ取りながら、堪えきれない笑みを浮かべた。


「遂にその領域まで達したか。我が友よ」


 かの巨龍はそう呟くと自身の半生を振り返りながら、人族との共存の可能性を頭に巡らせていった。人族とは面白い。刹那の中に生き、しかし、巨龍の半生よりもかけがえの無いものを作り上げていくではないか。だから、アルドゼイレンは自身を人族被れと笑いながらも、それをやめることが出来ないでいたのだ。


(そして、遂に時は来た)


 待ち侘びた存在は突如現れた。最初に纏う風格の面白さに見に行こうと天空から近づいた時からエルフレッドという人族の英雄は自身が待ち望む存在になる可能性を秘めていた。そして、それは今成熟の時を迎えようとしている。


「我が夢の為、今一度、宜しく頼むぞ?我が友よ」


 口角が上がるのが止まらない。次に会う時は戦う時なのだとアルドゼイレンは自身の願望が果たされる時が近づいていることに喜びが抑えられないでいるのだった。













○●○●













 その戦いが始まって一時間は経った頃だろうか。その場にいる全ての人間が違和感を抱えて、戦闘を眺めていた。圧倒的な力でエルフレッドを攻め立てるシラユキ。防戦一方で何度もフラつき膝を着くが立ち上がり構え直すエルフレッド。その繰り返しが続く中で皆はどうしても不思議に思わざるを得ないのだ。


「何故じゃ?」


 そして、その違和感は当然、相対しているシラユキも感じていることだろう。一旦攻撃の手を止めて距離を取った彼女は激昂しながら彼へと叫ぶ。


「妾を愚弄するか‼︎何故なのじゃ‼︎エルフレッド‼︎」


 怒りに姿消えるほどの速度で彼の前へと現れて蹴りを放つシラユキ。それを顎に受けて再度フラつき膝を着くが、やはり、立ち上がり大剣を構えるエルフレッドは幾度繰り返されたように、また風を滾らせる。


「腑抜けたか‼︎お主の想いはそんなものか‼︎妾は斬り倒されるのも覚悟の上ぞ‼︎だというのに何故そちはーー」


 焔を纏い拳を振るったシラユキ。その攻撃は簡単にエルフレッドの頬を捉えて彼をフラつかせる。しかし、今度は膝を着かせるには至らなかった。エルフレッドの表情は何故だか悲痛なものに染まっているのだ。


「何故、そちは()()()()()()()‼︎」


 その瞬間、周りが感じていた違和感は正しいものだったことが証明されてしまった。彼は一回だけシラユキの体を崩そうとした。しかし、それ以降全く攻撃という行動を取らなくなってしまったのである。圧倒的な猛攻の前に防戦一方に見えた戦いは初めからエルフレッドに攻撃する気がないという全くもって前提が壊れた状況だからこそ、起き得ていたのである。


 エルフレッドは遂に大剣を構えるのさえ辞めてしまった。そして、悲壮感に満ちた表情で彼女を見つめるとあまりに辛そうな声で告げる。


「ーー効かないのです」


 彼はアマテラスの力を使うシラユキを全力で倒し、その後、仇を討ちに来るだろうコガラシをも倒して、アードヤードに帰還するという強い信念を持っていた。しかし、シラユキの攻撃を三度程受けた時、その気持ちが全て霧散してしまった。かつてビャクリュウと初めて戦った時、仕切りに巨龍が言っていた言葉が今のエルフレッドには理解出来るのだ。




 余りにも憐れだったから戦う気が失せてしまった。




 いつからそうなってしまったのだろう。シラユキの動き見ていたら解るのは彼女が全盛期の力を持っていれば、今のエルフレッドですら戦いになるかどうかも解らない程に強く、ビャクリュウも簡単に退けてしまったであろうという事実だけーーそんなにも強く気高い存在が何故、ここまで()()()()()()()()()()()()?


 その言いようのない喪失感は正に憐れとしか言いようがないのである。


「シラユキ女王陛下、恐れながら申し上げます。陛下にはもう戦う力は残っていないのです。今の陛下の攻撃では万回喰らおうとも私は倒れることはありません。フラつき膝をつくのはビャクリュウとの戦闘の疲れによるものです。もう、陛下は戦えないのです......」


 エルフレッドは思わず、目元を覆った。あまりに素晴らしい技術、速さ、多彩さーーその全てに力がないのだ。そんなことが有り得ていいのか?武の極地を見たというのにそれを使う彼女はもう、正に見た目通りの少女のような力しか持っていないのである。


「妾の攻撃が......効かぬだと......」


 本人の気付かぬ間に全ては取り返しのつかないところまで来てしまっていたのだ。ガタがきた体、その何処かからか抜けていってはいけないものが、抜けてしまっているのだと彼は涙を零す事しか出来ない。


「はい......恐れながら......見た目通りの少女のような力しか残されておりません......」


 この事実を告げれば、どうなってしまうのか。エルフレッドはそのことを考えて、悩んで、言えなかったが、もうこれ以上続けることは出来なかった。自身を屠れたであろう存在があまりにも弱々しい姿を晒していることが耐えきれなかったのだ。


「......そうであったか......妾は知らぬ間にそこまでーー」


 彼女は最後まで告げる事が出来なかった。苦しそうに胸を抑え、血反吐を撒き散らし、崩れ落ちるように地面に手を着いてしまったのだ。


「シラユキ様‼︎」


「「お母様‼︎」」


 半透明の結界さえ消えて、周りが悲痛な声を上げながら駆け寄って来る。そんな様子に天を見上げ、涙を流す事しか出来ないエルフレッドは目元を強く抑えて嗚咽を堪える。


「ハハハ......コガラシや......妾はどうも犬死するしかないようじゃ......犬だけに......」


「馬鹿な事を言うミャ‼︎もう戦わなくてよいのなら最後まで抗うミャ‼︎誰か‼︎医務の者を呼べ‼︎万病に効く薬を‼︎体を癒す回復魔法を‼︎」


 弱々しく微笑んだ。シラユキを抱き抱えながら叫ぶコガラシに謁見の間の前に控えていたであろう獣人達の慌ただしい足音が遠ざかっていくのが聞こえる。


「お母様‼︎私が見えるぅ⁉︎もう少し、もう少しだけ頑張ってぇ‼︎今、みんながお母様を癒す為に、ここまで来るからぁ‼︎私だって回復の術を使えるしぃ‼︎」


 泣きながら焔の理力を癒しに展開するルーミャに優しく微笑んでーー。


「ルーミャ......王たる者は無駄な事をしてはいかん......妾はもう助からなんだ......その力は苦しむ人々の為に使われるものぞ......ぐ......!?」


 再度、胸が強く拍ったのか更に吐き出された血で手が赤く染まったルーミャが、その現実を受け入れられずガタガタと震えている。近く訪れる別れが今、目の前にあると理解を拒んでいる。


「お母様。わた、私が......私が我儘を言ったせいで......」


 三人の中で一番取り返しがつかない状況になっているのは当然アーニャだった。今、目の前で起きている状況を作り出した原因は間違いなく彼女なのだからーー。


 親友の為に母を殺した。


 そう考えても仕方がないのである。


「アーニャ......すまなんだ......妾はそなたに......何も残す事が出来ん......愚かな母親じゃ......」


 シラユキは彼女を責めなかった。寧ろ、自身が死を持ってして何とか彼女に幸せを、と決意が果たせずに朽ちることを悔やんだのだ。声に反応してアーニャの方を向いてはいるものの若干ズレた焦点にその目が既に娘の姿さえ映していない事を知るのはあまりにも簡単なことである。


 あまりに手遅れな状況で、何の望みもない。絶望に打ち拉がれて、それを眺めることしか出来ない。エルフレッドの胸中に浮かんだのはそんな絶望の運命に対してーー。














 ()()()()()()()()という気持ちであった。

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