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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第五章 天空の巨龍 編(上)
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 魔法の本質を理解してビャクリュウを間一髪で倒したエルフレッドは自身の本質である傲慢な風について疑問を持ちながらも、報告の為にライジングサンの王城へと帰還した。そこで待ち受けていたのはかつて最強と評されたライジングサン女王陛下シラユキの命を賭けた策であった。彼とシラユキの戦いの結末は如何にーー。

「お母様‼︎止めて‼︎止めて下さいミャ‼︎ーーお父様‼︎何で止めないミャア‼︎」


 アーニャの悲痛な叫びに悲しげな表情を浮かべたコガラシは「それが彼女の願いだからミャ」と視線を逸らした。対峙するエルフレッドとシラユキを前にして双子姫はとても冷静な状態ではいられない。死装束の意味が解った。母は命を奪い合うことはしないといったが、万が一があったとしてと言った。結局は()()()()()()()()()があることを指しているのだ。


 いや、そんな楽観的な状況ではない事態はもっと切迫している。シラユキはアーニャに対して半神にしてはもう長くないと言った。そして、そんな体で戦おうとしていると考えれば母が生きている可能性など、もうーー。


「願いぃ?馬鹿じゃないの⁉︎お父様は本当に馬鹿よぉ‼︎愛する人が死ぬかも知れない時に願いなんて言ってる場合じゃないでしょ‼︎止めないとーー「ルーミャ‼︎お前は俺がそんな軽い気持ちでシラユキ様を見捨てると思っているミャア‼︎」


 普段は全く怒鳴らない父に一喝されて彼女は息が止まったように言葉を止めた。温厚な者ほど怒った時に怖いというがコガラシのそれは周りの全てを黙らせるような怒気に満ちていた。


「もう、どうせ隠せないから言うがミャ‼︎どちらにしても彼女はもう長くないミャ‼︎せめて最後にお前達に何か残したいという母の気持ちが何故お前達には解らない‼︎その悲痛な覚悟が伝わらない‼︎全てはお前達のためニャア‼︎俺だって、それがなければ最後の一日まで彼女を助ける方法を探し続ける‼︎神にだって挑んでやる‼︎それを、それを‼︎」


 怒りと悲しみにコガラシの瞳から涙が溢れた。「私達の為......」と呆然と呟いたルーミャが抵抗を止めた瞬間、そのどきはアーニャへと向かう。


「お前もミャ‼︎そんなに親友が大事ミャ‼︎それは何者にも変えられない者ミャ⁉︎お前が今すぐにその考えを捨ててエルフレッド殿と婚約するならばシラユキ様はまだーー「やめい。コガラシ。娘達はまだ若いのじゃ。大切なものが二つあったとして、それを選ぶ事は出来んのだ。だから、妾が最後に教えたいと思っておるのもある。時間は待ってくれん。そして、二兎を追う者は一兎をも得れんとな」


 優しい表情で微笑んだ彼女にコガラシは「俺は諦めきれないミャ‼︎何故こんな別れを選ばないといけないミャア‼︎聞き分けがないと怒ってくれ‼︎子供だと呆れてくれ‼︎それでもシラユキ様に生きて欲しいミャア‼︎」と触れられぬ不可視の結界越しに彼女へと縋り付く。


「すまんのぅ。エルフレッドよ。あの者は虎猫族故に愛が重いのじゃ。もう変えられぬ運命だとして変えたいと願ってしまうのじゃよ」


 彼はどこか呆れた様子の彼女に対して首を横に振り「私もどちらかと言えば、コガラシ様のタイプで御座いますので気持ちは非常に解ります......運命は変わらないと言うのですか?」と悲痛な表情で告げる。


「ほっほっほ。そうか。そちもコガラシと一緒か?それは面白い、であれば、リュシカ姫の事は諦めきれまい?エルフレッドよ。妾の体の事は妾が一番解っておるのだ。命の散り場所は自分で選びたくてのぅ。なれば娘の為という美談ならば妾も少しは報われると思わんか?」


 バサリと扇子を開き目を細めた彼女にエルフレッドは「覚悟は出来ているのですね?」と瞳を細めた。


「良い目をしておる。それでこそ妾の娘に相応しい男よ。是が非でも物にしたいものじゃ」


 彼女の戯言のような言葉に「致し方ありません。なんと言われようとリュシカを諦める気は御座いませんから」と遂に彼は大剣を抜いた。周りから様々な叫びが届いた。聞くに絶えない罵声も、母を思う娘の悲痛な声も、どうしたら良いのかと頭を抱え泣き叫ぶ声も二人の世界には届かなくなっていった。


「その意気や良し‼︎アマテラスの再来と言われし妾の実力とくと見よ‼︎」


 彼女の掛け声と共に白の焰が蛇のように畝りながらエルフレッドへと襲いかかった。轟々と光り輝く焔は双子姫のそれとは比べ物にならない程の熱を持って彼の身を焼かんとする。


 彼は大剣に自身の本質を纏わせて縦に両断する。太陽の白が風の緑に割かれるのを見てシラユキは笑みを深めた。


「属性さえも凌駕したか!ハハハ!益々素晴らしい!!」


「......私にも帰りを待つ者がおりますから」


 大剣を構え、風を滾らせた彼へと手を叩いたシラユキが襲い掛かった。纏うは風。正に神速の速さで彼の前へと現れた彼女はこれ以上、上のない技術を持ってエルフレッドの側頭部を蹴る。ぐらりと視界を揺らされた彼がフラフラと後退するも踏みとどまり、また大剣を構えた。


 しかし、シラユキの猛攻は止まらない。上下左右と拳が飛び、足が飛び纏った風が水に代わりに草木に変わる。


「何故、われが手を打つか‼︎アマテラスはヤオロズの神の頂点よ‼︎なれば、我が手を打てばヤオロズは従うのみ‼︎他の神の力も同じように与えられる‼︎その真髄をその身で思い知れ‼︎」


 エルフレッドが彼女の体を崩そうとしたのに反応して地の式神の力で虚空に大地を形成した彼女は後方へとフワリと宙を返り、舞うようにして距離をとった。扇子を構え、手を打って氷を纏ったそれで襲い掛かる。エルフレッドの大剣が扇子を弾くのに呼応して、クルリと旋回した彼女の一撃が彼の頬を打ち、口の中を切る程度の衝撃を与えた。


 彼は再度襲いくる彼女をいなしながら回復魔法を唱えて体制を整える。大剣を構え直し、再度途切れかけた風を纏い直し、猛攻を繰り返す彼女の攻撃に備えて体を捌く。速さ、技術、多彩さーーその全てがエルフレッドの上をいく攻撃の数々に見ていた者達は旋律を覚えざるを得ない。


 あのビャクリュウを倒したという英雄が、まさかの防戦一方なのだ。


「......凄い......あのエルフレッドがーー」


 実際に神化の暴走もあって戦った事のあるルーミャからすれば、その光景は俄かには信じ難いものだった。攻撃する間も無く、一方的に打ちのめされるエルフレッド。猛攻に次ぐ、猛攻で何度となく攻撃を受けて、反撃する間も与えられない。シラユキが手を打てば、半透明の結界の中の様相は春にも夏にも秋にも冬にも、空にも海にも森にも大地にも変わるのだ。


 これがヤオロズの神の頂点に立つアマテラスの力だというのかと、未だに太陽の焰しか使うことの出来ないルーミャは跡継ぎとしての目線で再度、母の偉大さというものを心から感じていた。


 そして、またクルリと旋回した母の扇子による裏拳がエルフレッドの顎を捉えて、フラリと後退した彼は一瞬、膝を着いたが、どうにか立ち上がり、大剣を構え直すと再度、風を滾らせた。周りは彼の狙いを測りかねていた。あまりに一方的な展開故に隙が見当たらず、攻めあぐねているようにも見えるが彼自身の意思は未だにハッキリとしているのである。


 あのビャクリュウを倒したという大技もまだ片鱗さえ示していない。もしや、溜めを要するような技なのだろうか?それ程までに強力かつ危険な技であるならば、あまり使って欲しくないというのが本音であるがリュシカの元に帰ると宣言した彼がこのまま防戦一方でやられるとも思えないのである。


 どうするのか、と今は母の身を案じ警戒心を強めるルーミャと戦闘を冷静に分析しているのか黙りこくっているアーニャに対して、コガラシは何が起きているのか、と不安げな表情を浮かべているのだった。

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