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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第四章 暴風の巨龍 編(下)
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 そして、長きに渡る牽制の打ち合いにエルフレッドはビャクリュウの距離の手前まで到達した。魔法であれば距離はそこまで関係無いが、この距離で一撃となると大剣での一撃がメインとなる。そうなった時、彼とビャクリュウとではビャクリュウの方が間合いが広いのは明らかだ。


 無論、先ほどのような近距離転移を狙うことも出来なくはない。しかし、相手も警戒心を強めていることは頭に入れた上での選択肢だ。基本的に狙えるのは後の先、もしくは大きな隙のみ。極限の集中力の中でフェイントを織り交ぜて隙を待つ互いにとって、その瞬間を見定め狙うのは至難の技であってーー。




 その瞬間は突然訪れた。



 大剣にて誘うような突きを見せていたエルフレッドにビャクリュウは大きく前足を伸ばしたのである。距離感を見誤ったのか、どうしてその行動に出たのか意図は摑めなかったが右肩が落ちるように明らかに体制が崩れている。エルフレッドは風を纏わせた大剣での左の袈裟斬りで落ち窪んだ肩から巨龍の首を狙った。


 そう首を狙うのは当然の事だった。


 ガキンッ‼︎と鉄を叩いたような大きな音が響いた。視線が合ったビャクリュウの目がニヤリと笑っているように見えた。彼の思考は一瞬にして後悔の言葉に埋め尽くされる。


 ()()()()()とーー。


 ビャクリュウは賭けに出たのだ。大きく態勢を崩すことの危険性を知っておきながら、肩が落ちれば必ず首を狙ってくるハズだと一点を読んで山を張った。それは彼の実力を認めての危険な賭けだ。もし彼が別の攻撃を選択肢していたならば、危なかったのはビャクリュウの方だった。隠れて踏み込んだ後脚をバネにビャクリュウは全身に白の風を纏い体当たりを決行。


 防いでも尚、鱗を弾き飛ばし肩口の骨を露出させるような大剣の一撃を耐え凌ぎ、エルフレッドの体を大剣ごと弾き飛ばしたのである。ありったけの力、ありったけの魔力を使ったその一撃は緊急の障壁を張った彼の体を数十mは簡単に吹っ飛ばしたのだ。


 流石のエルフレッドも全身を砕かれては抗いようはない。恐ろしく原始的で単純な攻撃であるが、その威力は今まで受けたどの攻撃よりも苛烈なものであった。残滓のように残った意識は自身の状態を正しく理解出来ない。寧ろ、理解した瞬間に全てが終わるように思えた。


 人間とは不思議なもので即死に近しい痛みを受けて尚生き残った時、全身がまるで健常であるかのような錯覚を覚える。不思議と体が痛くなく、寧ろ全てが通常のような、否、全快のような感覚だ。徐々に思考が混濁して命が消える瞬間までの間は酷く普通の状態なのだ。


 そして、思考は過去を巡り、何れは現を離れ消えていく。最後の瞬間は電気の切れた部屋のように真っ暗で何もない。ただの終わりだ。それを幸福と呼ぶのかは死にゆく者にしか解らない。


 エルフレッドは今、一秒を無限の時として過ごしている。小さな頃から棒切れを振って、錆びた剣でゴブリンを倒そうとして死に掛けて、どんどん成長していく自身を外から眺めている。幸せな時は何だったのかを探っている。学園に入ってから色んなものが変わっていった。自身の環境も、考え方も、変わっていった。全てが変わったといっても過言ではない。経験をしてーー。




 彼女に出会ったのだ。




 全身が発狂するような痛みを脳に送り込んだ。エルフレッドは奇声をあげ、のたうち回り、気が狂った。ありとあらゆる醜態を晒し、死んだ方がマシだと千回祈った。ああ、死んでしまう。このまま死んでしまうのか。と自身の思考が死ばかりを望む中でーー。




 エルフレッドは。













 生を選んだ。













 それは大惨事だ。そのまま死にゆけば良かったものの、死に際に意識が、魔力が残っていたのを良いことに回復魔法を行使した。全身が爆散したような状態で回復魔法を使えば、脳は自身の体に何が起きたのかを思い出す。あまりの激痛は寧ろ、衝撃を伴い脳を破壊するような何かのようだ。


 あまりに酷いそれに死を確認しにきたビャクリュウでさえ理解を止め、距離を取った程だった。それ程の得体の知れない恐怖を感じたというのもある。


「......や......し」


 エルフレッドの回復した声帯が何かを呟いた。


「く......た......」


 ありったけの魔力で回復を続けた。彼の魔力が尽きるまでの間、譫言のように繰り返されるそれの意味する所、それはーー。


「約束......した」


 ただ帰ってくると約束したからだという異常性はビャクリュウを以ってしても何も理解出来なかった。


 遂には立ち上がり、エリクサーを煽った。飛びそうな意識に自身に大剣を突き立て、再度、回復魔法を唱えたこの男は本当に人間なのだろうか?


「は、ははは、ははは。ありえない。こんなことがありえるのか?こんな馬鹿げたことがこの世にあって良いのか?」


 恐怖のあまりおかしくなって笑ったビャクリュウを前に浄化の風を唱えたエルフレッドは全てをなかったことのように大剣を構え、ビャクリュウへと向ける。




「ーー俺の傲慢は死さえも退けたようだ」




 只の戯言、しかし、相対する相手に取ってみれば只の戯言にも思えぬ言葉を放ち彼は笑った。恐怖に支配されたビャクリュウを前に彼は近距離転移で降り立って、その手を伸ばした。異常なまでの大気圧変動はビャクリュウの体の半分を支点としてあり得ない程の捩れを引き起こした。


 そして、全てを吹き飛ばす暴風がビャクリュウの体を分断し、蹂躙するさまを眺めていたエルフレッドはーー。


(願わくば、最後の日にならんことをーー)


 全ての感覚が失われるように崩れ落ちた。













○●○●













 フワリと白い羽根がエルフレッドの頭に乗っかって、彼は目を覚ました。永遠の”バイバイ”を理解して溢れる涙は何を意味するのか解らなかった。風に分断され、息絶えたビャクリュウの骸は得体の知れない恐怖に染まって絶望していた。


 それを成した自身さえ何も解ってはいなかった。最後に使った魔法の本質とやらも今では原理さえも解らない。同じ事をしようと考えても大気圧の操作など理解しようがなかったのである。そして、同時にーー。


(傲慢とは関係なかったな)


 圧倒的な力を以ったあの最大威力を魔法さえ、傲慢な風とは一切関係ない事だけは頭が理解していた。ならば、この先がまだあるというのだろうかーー。


 頭も体もおかしくなっている。極めて健常な様相だが何かが違う。魔法はーー使える。大剣はーー持てる。言葉はーー話せる。何かが明確におかしいにも関わらず、全てが正しくそこにある。その感覚だけが彼の体を付き纏っているのである。


 日付を確認すれば出発した日から六日が経っていた。約束の一週間まではかなりギリギリになってしまったなとーー。


 白い羽根が彼の手の中に戻ってきた。どうやら今回の勝利は一人の者ではないことだけは理解出来た。


「ありがとう」


 そう呟いた彼は苦笑してーー。


(勝ったとは言えないが......報告に行かねばなーー)


 残りの巨龍は二体。そして、残された事実は自身が戦った巨龍が討伐されたという事実のみ。


 胸を張って誇れるものではないが、脅威が去ったことだけは報告する義務があるとエルフレッドは白い羽根を空間魔法に閉まって転移した。纏わりつく謎の感覚、それが何なのか解らない。しかし、自身がより()()()()()()()()()()そんな高揚感だけは今の自身にも理解出来たのだ。

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