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互いが互いを探り合い、挙動に目を凝らしている。狙うべき一撃は何か。相手の一撃は何かーー。
二人の間を極自然な夏夜の風が通り抜けていく。草を巻き上げて夜の空へと飛んでいく風が彼らを穏やかに包み込んだ瞬間。
先に踏み込んだのはビャクリュウだ。
力の掛かった前足と地を蹴った後ろ足の力で飛ぶようにして襲い掛かったのは大きく開いた顎。全てをかみ砕かんとする強靭な牙の一撃でエルフレッドを屠らんとした。
そして、半歩遅れて飛び出したエルフレッドは大剣による振り下ろし狙いか。引きずるような下段構えで走り出した今の状態ではハッキリとした狙いは解らないが、次の一撃で相手に大きな傷跡を残さんとしているのが有り有りと解るのである。
先程までの間合いの取り合いが嘘のように一瞬にして零になる。しかし、当人達にはその一瞬は三合は切り合える程に長く感じていた。一瞬、早く間合いに到達したビャクリュウが風が唸る程のスピードで顎を伸ばした。エルフレッドの左肩口から噛みちぎる軌道で襲い掛かったのだ。
対して一瞬、出遅れたかに見えたエルフレッドは下段構えの大剣を上段まで回し風を纏わせた。傲慢な風と呼ばれる自身の本質と合わさった風、そして、勢いもそのままに切り落とす軌道だ。
となれば、早くに攻撃を繰り出した巨龍の方が有利に攻撃へと移行できる。ビャクリュウの攻撃の軌道は上段構えのエルフレッドに対して非常に有効な位置にあるからだ。
だから、ビャクリュウの反応は一瞬、遅れた。
目の前から突然エルフレッドが消えて見失ったのだ。
「オオオオ!!!」
頭上から轟いた気合の声と膨大な魔力を込められた魔法ーー上級風魔法、打ち付ける神の鎚が猛威を振るう。振り下ろしの加速と叩きつけるような爆風の合わさった攻撃が、近距離転移にてビャクリュウの首上に現れたエルフレッドから放たれた。
彼の大剣がビャクリュウへと到達した瞬間、かの巨龍の背の鱗が波打ち爆散した。巻き込むような風に鮮血が吹き出す火山のように立ち上がり雨を降らせる。
手応えは十二分にあったが倒したとは思わなかった。彼は冷静にウインドフェザーを唱え飛ぼうしてーー。
身体を大剣こと引っ張られたのだ。
「ーーなっ!?」
何が起きたのか理解出来るハズがない。首の筋肉に食い込んだ大剣を力を込めることで繋ぎ止め、身体を捻ることで投げ飛ばしたなど荒技にも程がある。
自身も飛翔しようとしていたのが仇となり、エルフレッドの肩がゴキリと嫌な音を立てて激痛を訴え始める。相当勢いがついていたのか腕の関節も捻れた。
大きなダメージに対して腕一本ーー確かに割には合わないが、それでも互いの距離は大きく離れた。魔力を大きく消費することになっても回復を優先したいビャクリュウにとっては最も良い展開である。
そして、反対に投げ飛ばされたエルフレッドは良くない展開だった。魔力を扱う上で最も大事なのは魔力を扱うという意識である。予期しない腕のダメージに意識を取られていた彼は障壁を張ることが出来ず、ゴム毬のように地面を三度はねて転がった。
結果、甚大なダメージを受けた腕とは別に複数ヶ所を骨折ーー血反吐を吐くほどのダメージを受けて回復は時間を有することとなった。
とはいえ、イーブンという訳ではない。追撃は叶わなかったが今の攻防でも若干だがビャクリュウに多くの魔力を消費させることに成功している。予想よりもかなり微弱になってしまったが、元より巨龍戦での想定が早々上手くいくとは思ってもいない。
(更なる長期戦を意識せねばなーー)
朦朧とする意識に回復魔法を掛け、魔法回復を飲んだエルフレッドは視線の先に輝く朝日が見えてたことで意識を更に強めるのだった。
再び昼を迎えて攻防を繰り広げていたエルフレッドとビャクリュウは互いの風を打ち合わせた後に動きを止めた。牽制として風の刃を放ち合い、牽制しながら距離を詰めていた彼等の間が再度、一撃の間合いとなったからだ。
上がる心拍数に異常な発汗を覚えたエルフレッドを前にしてビャクリュウの表情もまた非常に険しいものであった。先のように一瞬の隙を待つ間合いの寄せ合いから、今度は目に見えない牽制の打ち合いに変わる。先の攻防と同様に自身有利の状況に持っていきたいという部分に関しては変わりないが、今回の攻防については先に崩して自身の有利を決定的なものしたいという両者の思惑が合致した結果だ。
若干エルフレッド優勢で進んできたこれまでの攻防、その流れを自身の有利にひっくり返したいビャクリュウと自身の限界がこない内に有利な状況を明確にしたいエルフレッドでは多少意味合いが違うが、それでも両者は今回の一撃で劇的に流れを引き寄せようと考えている。
その為、周りに漂う緊迫感はさっきの攻防の比ではなく、両者の熱量からくる圧倒的な圧迫感とそれに伴う精神の消耗は本戦闘に置いて最も大きなものとなっていた。何方かが一歩進むごとに繰り出される牽制は数十、数百と距離が近づくにつれてどんどん数を増やしていった。お互い、数多の戦闘を繰り返し、多くの戦い方があることを学んでいる。こうした静の中に静かなる動があることを互いが熟知し、数多のパターンで構成された牽制を繰り出すことから、小さく崩されることは多々あった。
だが、足りないのだ。例えば間合の足だしに反応して肩を動かしてしまったとして、それに対応して取れるダメージなど高が知れている。どころか、場合によっては後の先を食らって大きなダメージを受ける可能性があり、そもそもが引っ掛かったフリである可能性も否定出来ない。なので彼らが求めているのは明らかに崩れたと解る大きな隙を引き出すことなのだ。
夏の日差しもあいまってエルフレッドの汗は軽装に整えられた服を濡らして地面に滴らせるほどの量となっている。大剣の位置を変えたり、魔力を集中させるなどしてビャクリュウの体が後退を選ぶか、崩されるのを待っているのだ。ある程度、距離が詰まっていれば後退の踏み足さえ大きな隙に繋がる。そうすればエルフレッドの勝利にグッと近づくのである。狙わない手はない。
片やビャクリュウはせめてエルフレッドをイーブンの位置に引きずり落としたい。無論、より大きダメージが入り一気に有利な状況に持っていければ最高なのだが、元来、人族と巨龍は比較にならない程に差のある種族だ。そして、エルフレッド有利で続いてきた攻防の中で、イーブンの位置まで持ってこれれば実質的にはビャクリュウが有利な状況となんら変わりないのである。
そして、また実際に繰り出されたわけではない剣撃をビャクリュウが感じとった。大して反応を見せずに口からブレスを吐くようなフェイントを見せれば、エルフレッドはそれを無視するかの如く、一歩だけ足を進めるのだった。




